第24章 天と地

白陸領の平地。



早朝の平地には霧が立ち込める。



前方の景色がよく見えない。



しかし確かにそこにはいる。



双方6000の兵士が。



ヘスタとアスタは前列でその気配を感じ取る。



第六感ではなく動物の野生の感覚。




「霧が立ち込めている。」

「前が見えないからー」

『危ない!!』




武器を持ってボーッと立っている宮衛党。



いつになったら白神隊は来るのかなと霧の方を見ている。



霧の奥には確かに人間の臭いがする。



しかし見えない。



ニキータは早く戦いたそうに尻尾をフリフリとしている。




そんな時。




ババババーンッ!!!




霧の奥が爆音と共に光る。




『うわあああ!!』




前列の宮衛党が大勢倒れる。



何が起きたかわからない宮衛党は大混乱で毛を逆立てて歯茎を剥き出しにしている。



霧の奥からもの凄い火薬の臭いがする。




「みんな突撃ー!!!!」




ニキータは驚く事に撃ってきた前方へ3000で突撃する。



とにかく爆走する宮衛党。



しばらく走ると目の前に白神隊の旗や盾が見えてくる。




「もう少しだー!!」




宮衛党がたどり着き、盾に体当たりして流れ込む。



しかしその場にいた宮衛党の全兵士が唖然とする。



盾を突破したが誰もいない。



霧に包まれた周囲は良く見えない。



白神隊は霧と共に何処かへ消えた。




すると。




ババババーンッ!!!!




『うわあああああ!』




ババババババーンッ!!!!




『うわあああああああ』




前方からも両側からも銃撃が来る。



宮衛党は3方向からの銃撃に次々と倒れる。



そして誰が指示するわけもなく勝手に後方に戻る。





「すわ! かかれええええ!!!!!!」

『おおおおおおおおおおー!!!!!!』




宮衛党が最初に布陣していたはずの後方から又三郎と白神隊が襲いかかる。



何が起きたのか理解できなくなっている宮衛党。



方向感覚が狂ったのかと思い前方に走り出す者も現れる。




「ふふ。 霧の中では不用意に走り出すのは危険ですよ。 かかれー!!!」

『おおおおおお!!!!』




前方からも竹子と白神隊が襲いかかる。



宮衛党は陣形なんてもはやなく四方八方に逃げ惑う。



しかし何処へ逃げても白神隊に襲われる。



とにかく混乱が収まらない宮衛党。



気がつけばもはや数える程度しか残っていない。



ヘスタとアスタもニキータを守る様に立っているが酷く錯乱している。




「前からも後ろからも」

「右からも左からも」

『もーわかんない!!!』




ニキータも錯乱して何も指示が出せない。



下手に動けば銃撃に晒される。



しかし待っていても竹子や又三郎達に襲われる。



そもそも何故後ろにいるのか。



勝負はついた。



竹子と又三郎がニキータの前に立つ。



女の子座りして固まるニキータ。




「ふふ。 明日から整列や行進の訓練をやってくれますか?」

「う、うん。 でも何が起きたのか教えてー!!!」

「こんな簡単な戦術に混乱している様では先が思いやられますよ。」




実に簡単な仕掛けだった。



白神隊は常に宮衛党の位置を把握していた。



霧の中で視界が悪くても完璧に。



宮衛党の前方にいる白神隊の本隊と3つの別働隊で包囲した。



本隊が銃撃して直ぐに後方に下がる事で宮衛党は混乱する。



そして火薬の臭いで別働隊が動いている臭いを感じ取れずにいた。



横に回り込んだ白神隊が銃撃する事で更に混乱する。



仕上げは背後からの強襲。



白神隊がここまで完璧に宮衛党を包囲できたのか。



それは混乱状態で常に宮衛党の兵士が声をあげていたからだ。



白神隊の兵士は声を一切出さない様に息を潜めていた。



荒い呼吸や怒号。



それが聞こえるのは宮衛党からだけ。



別働隊はただ声を聞いて動いていた。



宮衛党は全滅。



白神隊はかすり傷すらなく模擬演習は終わった。



あまりにお粗末すぎる戦闘を白陸中に晒すのは宮衛党のこれからに関わる。



そう考えた竹子が天上通信の記者が写真を撮れない霧の天候を選んだ。



戦う前からニキータは竹子に完敗していた。



ちなみに白陸の天候を霧にしてもらえる様に本部都市の気象の神に頼んだのは虎白だ。



そこまで色々してもらった自覚をニキータが持つのはいつになるだろうか。



ニキータは周囲で気絶する仲間達を見て酷く落ち込む。



見下ろす様に立っている白神隊。



竹子に関してはもはやニキータを見てもいない。



倒れる宮衛党の手当てをしていた。



心を入れ替えてニキータは明日から整列や行進の訓練をする。



圧倒的力の差を見せつけられた宮衛党。



腕には自信のあった兵士達は悔しくてたまらない。



これが戦術であり、力だけではどうにもならないという証明。



それは歴史が証明している。



竹子はよく知っていた。



どんな武人も戦術の前に敗れると。




「どうして白神隊があの様に部隊ごとに完璧に動けたのか知りたいの?」

「うんっ! 霧で前が見なかったのにー!!」




ニキータは悔しさで一杯だ。



竹子は微笑みながら落ち着いて説明をする。




「私の白神隊は常に息を揃えて動けるの。 命令系統がしっかりしているの。 行進始めと言えば行進して足並みを揃えて歩ける。 ただ歩くだけ。 でもそのただを揃える事もできない部隊は弱いの。」




落ち着いて話す竹子の言葉を理解しようとニキータは竹子にしがみつく様にして竹子の顔を凝視する。




「ふふ。 戦闘では隣にいる味方が倒れるかどうかという状況。 常に呼吸を合わせて動かないと勝てないの。 ふぁらんくすって言う戦術をゆくゆくは教えるね。 呼吸が合わないと絶対にできないから。」




ニキータはもはや竹子に何も言わない。



言われた事をニキータが素直に聞く事で兵士達も従う。



竹子と白神隊の強さを目の当たりにしたニキータはとても素直になった。




「まずは整列。 そして行進。 その次は行軍。 そして戦闘訓練ね。 今の宮衛党は部隊ではなく集団だからね。 忘れないで。 実戦に出る事は今じゃ到底不可能なの。 ごめんね。」




優しくも厳しい竹子。



しかし愛情すら感じる。



不完全な部隊が前線に出ても何の役にも立たない。



かつて虎白と白陸国を建国した。



その時は白神隊なんて当然いなく寄せ集めに等しい兵士で戦った。



統率が上手く取れず何度も苦戦してきた。



その最前線にいた竹子だから自信を持って言える。




「じゃあニキータの掛け声で整列させて。」

「うんわかったー!! 宮衛党ー!! 整列!」




バラバラッ




「これを何度も繰り返して全体の動きが揃ってくるまでやるの。」

「わかったー!!」

「ちょっと私は行く所があるから又三郎。 よろしくお願いします! 兵達は宮衛党の指導をよろしくお願いします。」




そして竹子は去っていく。



又三郎が怖い顔をして宮衛党を見つめる。



宮衛党を囲む様に白神隊の兵士が指導する。





「じゃあもう一回ねー!! 全体整列っ!!」




バラバラッ




3000の宮衛党。



竹子が去り際に又三郎に言った言葉。




「この数で揃うのは到底不可能でしょう。 隊を小さくして練習するべきです。 しかし。 その事も彼女達が自分で気づくまで何も助言しなくていいです。」




ニキータは全く揃わない事に苛立ちを覚える。




「もー何でよー!!」




見かねたヘスタとアスタが近寄る。




「いきなり」

「この数で整列はー」

『無理無理ー!!』

「でも宮衛党は3000いるもーんっ!!」

「最初はー」

「分隊ごとにー」

『分けるべきっ!!』




うなだれるニキータ。



ヘスタとアスタも顔を見合わせて困った顔をする。



そこにウランヌが来てニキータを見る。




「ヘスタとアスタの言う通りよ。 いきなりこの兵力で整列なんて。 20から30の分隊に分けて各分隊ごとに息を合わせる。 その後に小隊、中隊と規模を大きくしよう。」




頬を膨らませて不満げなニキータ。



しかし確かにこのままでは一向に進まない。



ウランヌがニキータの肩に手を置く。




「又三郎さんに言ってみよう。」

「え!? ニキちゃんが言うのー!?」

「当然! 今はあなたが総帥。」




ニキータは又三郎を見る。



何か言うわけでもなく怖い顔で立っている。




「あのお。」




ギロッと睨まれてニキータは怯える。




「どうした犬。 何か気づいたのか? 申せ。」

「ちょっと数が多すぎるかなーって。 最初は分隊ごとに分けようかなーって。」

「うむ。 構わん。 好きな様にせい。 あまりに酷い様なら一喝するがな!」




ニキータは仲間の元へ戻ってくる。




「白神隊!! 整列っ!!」




ザッ!!




「分隊ごとに分かれて待機!!」




ザッザッ!!




一糸乱れぬ動きで白神隊が整列したかと思えば分隊ごとに間隔を空けて立っている。



そして又三郎はニキータを見る。




「えっとじゃあ20から30に分かれてねー!!」




周囲をキョロキョロと見渡す宮衛党。



それも当然。



宮衛党には階級がなかった。



分隊長がいないので誰の指示に従えばいいのかわからない。



それを見て理解した又三郎は頭を抱える。



白神隊からは失笑が生まれる。



簡易的に又三郎が班長を決める。




「そこ元とそこ元。 あとそっちのも。」

「おーし! おめえら。 俺の言う事聞けよー! ガルルッ!」




ただ整列するための目印にすぎないのに班長にされただけで喜ぶ半獣族。



この純粋さが良さでもあり悪さでもある。



又三郎はそんな事いちいち相手にせずに班長ごとに20ほどの分隊を編成させて整列させる。



この訓練を延々と繰り返した。




8時間後。




「大隊整列!!」




ザッ!




「だいぶよくなったの。 行進に移るかの。」




まだ完璧とは言えないが何とか整列はできる様になり行進の訓練をする。



何日も何日も費やした。



その間も白神隊は自分達の訓練を行ったりもしていた。



白神隊の中隊長ハンナは少しずつ成長していく宮衛党に愛情すら覚えていた。





「はいはい頑張ったね。 お疲れ様。」

「中尉殿ー足が痛いーガルルッ!」

「今だけよ。 戦場ではあちこち痛いし頑張って。」

「怪我してるかもー診てくださいー!」

「もー。 はい大丈夫! 訓練に戻って。」




クリーム色の髪の毛に青い目。



真っ白の肌に抜群のスタイルのハンナは宮衛党の男性兵士からとてつもない人気が出ていた。



指導してもらいたい。



あわよくば甘えたい。



何かとハンナに相談しに来る兵士が後をたたない。




「ふー。 可愛いけれど頑張って訓練してくれないと私達の訓練に集中できないよ。」




困った顔をして足並みが揃い始める宮衛党を見る。





それから数日。





ザッザッザッザッ




「宮衛党ー全体止まれっ!」




ザッ!




「いやったー!!!! 白神隊見た見たー!?」




ニキータがぴょんぴょん跳ねている。



白神隊からは笑いが溢れる。



ハンナも安堵の表情で微笑む。



又三郎だけは笑っていない。




「おい貴様らー!!!」




ビクッ!!




「では行軍訓練に移るぞ! 隊列を保ったまま戦地へ向かう訓練だ! これができない連中は戦場で陣形を保つ事なんぞできぬわ!!! 白神隊についてまいれ!」




白神隊が速やかに整列して3列隊系になる。



又三郎を先頭に完全武装のまま歩き始める。



全く乱れない足音。



装備の音と足音以外は無音。



会話や咳払いすらも聞こえない。



非常に統率が取れている。



宮衛党は装備をまだ持っていない。



ほぼ手ぶらのまま3列隊系で白神隊に続く。



何時間も歩き続けた。



白神隊は歩速が全く落ちずに歩き続けている。



宮衛党は足並みが乱れ始めている。



又三郎は振り返る。




「そろそろ脱落者が出始める頃じゃな。」

「少佐。 衛生兵を準備させますか?」




ハンナが心配そうに背後を気にする。




「いらんじゃろうな。 1回目の行軍で足並みを揃えて歩けるとは思っておらぬ。 肝心なのは全員で歩き終える事じゃな。」




又三郎はそう言って前を見て歩き続ける。




白神隊の最後尾と宮衛党の最前列の間がどんどん開いていく。



ニキータもヘスタ、アスタもウランヌも追いかける事で精一杯になっていた。



しかしそれでも距離は離れていく。




「総帥! 倒れるやつが現れました!」




ニキータの背後から聞こえる声。



するとヘスタとアスタが後ろに下がる。



倒れる兵士に肩を貸す。




「ほら頑張って」

「全員で歩き終えないと」

『認めてもらえない!!』




その光景を見てウランヌも下がって兵士に肩を貸す。



ニキータも同じ様に。



すると誰が指示したわけでもないが周囲の兵士が互いに肩を貸して必死に白神隊を追いかける。



その光景を見た白神隊の最後尾が又三郎に伝える。



口頭伝達をして最前列の又三郎にまで状況が伝わる。




「おお。 そうかそうか! では白神隊は駆け足で目的地まで前進!!」

「少佐! せっかく必死に頑張っているのに!」

「ハンナ中尉も甘いのお。 先代の隊長達に鍛えられたとは思えんな。 必死に追いかけてくるからこちらも必死に置いて行くのじゃ!」




又三郎は不敵な笑みを浮かべて白神隊を走らせる。



仲良く遠足をしているのではない。



これも立派な訓練。



後方では宮衛党が愕然としている。




「まだ走れるの!?」

「ニキータどうする? 走ったら脱落者がもっと増えちゃうよ。」




ニキータは悩んだ。



このままでは置いていかれる。



しかし無理に走ったら全滅しかねない。




「んー! 部隊のみんなが全滅するわけに行かないもんねー!! 白神隊の足跡を追いかけて進もう!!」

「総帥!! 気にしないで! 走ろう!」




背後の兵士からは走ろうと声が聞こえる。



ニキータはまた悩む。



兵士は明らかに無理をしている。



どうするか。




「いや。 歩くだけでいいよー!! とにかく歩き終える事が大事なのー!! 絶対に全員でね!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る