第7章 新兵

ミカエル兵団に吸収された白陸の残党。



虎白が12死徒魔呂に連れて行かれて1日が経つ。



指揮官の竹子達の表情は暗く兵の士気も低い。



平蔵達も特にする事もなくミカエル兵団の天使と共に城の警備をしている。




「それにしても虎白様はどうなってしまったのか・・・」

「さあな。 いいか白陸兵。 一番危険なのは生け捕りだ。 身柄の交換条件に何を言われるかわからない。」




遠くに見える天上門を見つめる平蔵に天使は言った。




「全ては天上界のためだ。 こちらに不利な条件を提示してくるなら鞍馬殿は見捨てる他ない。」

「なんと!! その様な事ができるか。 我らの主だ。」

「捕虜になった時点で主じゃない。 冥府に捕まるなら死んだ方がましだ。」




平蔵は顔をかいて天使を見る。




「捕虜になると酷い拷問を受けるのか?」

「そんな事は知らない。 交換条件を突きつけられるから迷惑だという話だ。 だから死んだ方がましだ。」

「なんと・・・それでも天上界最強の天使の兵か?」




現実的で冷酷。



生きているかわからない虎白のために危険な事はできない。



ミカエル兵団は昔から天上界のため以外には動かない。



命より天上界。



これこそミカエル兵団の強さであり冷たさだ。




平蔵は顔をしかめて歩いていく。




「なあ太吉。 虎白様は無事かの。」

「さあ・・・冥府に救出に行くだなんて言わないよな・・・」




相変わらず太吉は弱気で門の上から遠くを見ている。




「賢いお方だ。 きっと無事であろう。」

「とにかくわしは死にとうない・・・」




平蔵は落ち着かない。



兵士なのに主を守れず何もできない。



安否のわからない主の帰りを待つ事しかできない。




「平蔵さん。 まあ落ち着きましょうよー。 きっと無事ですよ・・・」




ハンナが近寄って来て平蔵の背中をさする。




「私の彼氏は冥府に捕まっても何年も生きていましたから・・・結局帰って来れなかったけど・・・」

「うむ・・・我らは何もできないのか・・・無力じゃな。」

「そのうち命令が下りますよ。 冥府侵攻作戦とか出るかもしれませんよ? そうしたら私はカインを探したい・・・」




平蔵は驚いた顔でハンナを見た。




「もしや。」

「ええ。 私は兵士になって色々考えました。 最初は彼氏の仇討ちだって思い入隊したけど何だか彼氏が冥府で生きている気がして・・・いつか鞍馬様がもっと強くなったら冥府に侵攻できないかなって・・・」




うつむくハンナの横で平蔵は唖然としている。




「そうか・・・いつの日か会えるだろうか。 無事だといいな。」

「はい。 また会いたい・・・」




ハンナの決意は固かった。



平蔵は一礼して更に周囲を歩く。



虎白がいなくなって1日半が経とうとしていた。



そんなある時。



平蔵は門兵をしていた。




「おう戻ったぞ。」

「く、鞍馬様!!」




虎白は何食わぬ顔で戻って来た。



しかしそこには平蔵の目を疑う者がいた。




虎白の横には魔呂がいた。




平蔵は慌てて槍を構える。




「大丈夫だ。 こいつは俺の家族だ。」




そう言って城の中に平然と入っていく。



平蔵はただひたすらに困惑した。





何だというのだ。


敵に捕らわれたと思えば捕らえた敵を連れて戻ってくる。


最初から作戦だったのか。


この女は何故鞍馬様の隣にいるのだ。


わしにはわからぬ。


家族だと。


どういう事だ。


信用できるのか。


この1日半もの間一体何をしておられたのか。






平蔵はその場に立ち尽くす。



虎白は莉久達に魔呂を紹介している。



平蔵と同様に周囲の兵士も唖然としている。



ミカエル兵団は武器を構えて魔呂を睨んでいる。




そんな時。



伝令が城門に走ってくる。




「伝令だー! 白陸の正門で間違いないか?」

「ああ。 ここだ。 何用か?」

「鞍馬様に論功行賞の召集がかかった。 それと12死徒を現在捕らえているな?」

「あ、ああ・・・確かにいた。」

「それも連れて来てほしい。 急いで鞍馬様に伝えてくれ。」




そう言って伝令は戻っていった。



平蔵は慌てて城に入り虎白に伝えにいく。




「そうか。 わかった。 行くぞ魔呂。」




終始何食わぬ顔をしている虎白。



純白の顔に鋭い目つき。



しかしその口角は上がっている様にも平蔵には見えた。




何故こんなに冷静なのだ。


何もかも計算している様な顔。


この女を味方に付けるのも計算して腹を刺されたのか。


そもそも何故死なぬのだ。


傷痕すらないのか。


腹を刺されて1日と少ししか経っていない。


仮に生きていたとしても動けぬのが普通。


得体の知れぬお方だ。


我が主は恐ろしい。


しかしなんと頼りになるお方だ。




そしてその後、虎白は論功行賞で南側方面軍の前衛総大将になり兵力も大幅に増兵されて多くの新兵が白陸に加わった。



先日の戦闘で主力の大半が戦死した事により新兵は増兵されて直ぐに白陸軍の主力になった。



一番危険な南軍前衛の総大将。



その軍隊としてはあまりに戦力が心もとなかった。



「ここが白陸かあ。 狐の神の国。 どうなる事やら。」



黒い鎧兜に身を包んだ青年。



不安げな表情で白陸の正門に着く。



周囲には彼と同じ様に正門前に立つ多くの者達がいる。



誰もが彼と同じ様に不安な表情を抱えている。




「かいもーん!!!!」




正門がゆっくりと開く。




「白陸軍の師団長の平蔵と申す。 補充兵は速やかに城内に入り整列せよ。」




虎白と共に下界から天上界に来た平蔵達は指揮官に昇進していた。




平蔵は1個師団長。



指揮兵力1万。



太吉は1個大隊長。



指揮兵力2000。



健作も大隊長。




主力が戦死したが補充兵が9万も増えた事により生き残った白陸兵は全員が将校に昇進していた。




「補充兵整列!! 鞍馬様に敬礼!!」



ザッ




敬礼する先には虎白と竹子が立っている。




「随分と増えたな。 師団長。 兵士を各隊に振り分けろ。 制服は準備できたか?」

「申し訳ありません。 さすがに9万もの兵士の分はまだできていません。」

「急がせろ。 各隊振り分けができたら訓練を開始する。」

「ははっ」




平蔵の指示で分隊長が補充兵を連れて行く。




「じゃあ君と君と・・・あ、私は分隊長のハンナ。 よろしくね。」

「お願いします。」




ハンナも分隊長になり女性兵士を中心に分隊を組織していた。




今回の補充兵9万には様々な種族がいた。




人間、半獣族、エルフ、鳥人族、魚人。




「俺は人間の分隊長かあ・・・」




アライグマの半獣族。



名はコカ。




「だな・・・僕達は莉久様の師団に入りたかったな・・・」




レッサーパンダの半獣族。



名はリーク。



2人は人間の指揮官の夜叉子の師団に入った。




「おい師団長が来るぞ。」




黒髪の美女がコカ達の前に現れる。




「あんたらの師団長の夜叉子だよ。 よろしく。」




コカとリークは顔を見合わせた。



夜叉子の雰囲気。



噛み殺されそうな威圧感。



人間とは思えない殺気。




「まるで猛獣に睨まれている様だ・・・」




コカとリークは夜叉子の威圧感に魅了された。




「人間だけど百獣の王の指揮下に入れた様な気分だ。 これは良い師団に入れたかもね。」

「うん! 僕はこの師団で頑張るぞ。 いつか僕も師団長になってやる。」




新たな戦力。



そして兵士達は正式に白陸兵になり、偉大な上官に追いつくために訓練を開始した。




そんな頃。




虎白達には奇妙な情報が入ってくる。




「連日周辺国が中間地点に斥候を放っていますが誰1人として戻って来ない様で。」

「危険だから斥候を送るのは止めさせろ。」




天上界と冥府の中間に位置する土地。



あまりに広大で渡り歩いた事のある者は1人もいない。



そして1時間毎に天候の変わる異常な場所。



中間地点。



冥府が天上界に来るにはこの中間地点を通るしかない。



かつて虎白と魔呂も冥府から逃げ出してこの中間地点を通って戻ってきた。



天上軍南側領土の前衛の国主達は総大将の虎白からの許可なく斥候を放っていた。



そして誰1人戻って来なかった。



広大で土地勘のない中間地点で迷っているのか。



敵が近寄っているのか。



それがわからない虎白は捜索隊を派遣しなかった。




「とにかく今は各国防備を整えて兵士をしっかり訓練させろ。 もし斥候が戻ったら報告させろ。」









白陸でも過酷な訓練は続いていた。





「はあ・・・はあ・・・」

「ふっ。 半獣族のくせに情けないね。」




ボロボロの新兵達が夜叉子に見られている。




「もう一度走ってきな。 ちゃんと装備も忘れないでね。 ほら。 1人脱落したよ。 どうするの?」



人間の兵士が倒れ込む。



コカはジッと見ている。



「いいよ人間なんて。 どうせ俺達の事嫌いなんだろ。」

「さあ。 立って。 一緒に走ろ。 装備は僕が背負うよ。」

「いいよリーク。 行こうぜ。」

「ダメだよ。 同じ師団の仲間だよ。」



リークは人間を立たせて共に走った。




「いい感じにまとまって来たね。 そろそろ「あれ」の訓練するよ。」

「お頭・・・まだこいつらには早いんじゃ?」

「敵はいつ来るかわからないからね。 連れてきな。」




夜叉子の部下はどこからか連れてきた。



手錠に首輪で繋がれた。



冥府軍捕虜。




「こいつは私の妹からもらってきた。」

「た、助けてください・・・」




ガクガク震える冥府兵。




カシャカシャ




震えて首輪の鎖が音を鳴らす。




「うるさいな。 殺すかどうか決めるのは私じゃないよ。」




夜叉子は口角を上げて山岳を完全装備で走る新兵を眺めている。




「はあ・・・はあ・・・あーキツい・・・」





完全装備で山を走るコカ達新兵。




「後少しだ。 夜叉子師団長が待っているぜ。 俺達が一番だ。」




コカとリークは一番乗りで夜叉子の前に辿り着く。




「良く戻ったね。 ねえ。 これ見て。 冥府の捕虜。」




2人は顔を見合わせる。




「なんだこいつ。 夜叉子様。 こいつをどうするんですか?」

「ふっ。 あんたらが殺すんだよ。」

「えっ!?」




ガクガク震える捕虜はコカとリークを見る。




「た、助けて・・・」

「天上法では冥府軍の捕虜は取ってはいけないのでは?」

「そうだね。 だからこいつは生かしておけないよね。 だからあんた達に殺してもらおうと思ってね。」




夜叉子の部下は周りでニヤケながらコカとリークを見ている。




「私の兵士に敵を殺せないやつはいらないよ。」




悍ましい冥府軍と言えども無抵抗の捕虜。



恐怖で震え続けている。



コカとリークは初めて殺す相手がまさか捕虜だとは思わなかった。



困った顔で捕虜を見る。




「できないなら他の師団に移りな。」




冷たい目でジッと2人を見ている夜叉子。



目を合わせるだけで殺されそうな冷たく恐ろしい目。



コカは絞り出す様な声でリークに言う。




「やるぞ。」

「で、でも捕虜だよ・・・」

「こいつを解放したら仲間を殺すかもしれないだろ。」




ガクガク震える捕虜は必死に叫ぶ。




「そんな事はしない!! 助けてくれっ!!」




コカは腰に差すナイフを出す。





「本当にやるのか?」

「ああ。 敵には変わりない。」

「・・・・・・」




そしてコカは捕虜の髪を掴み喉にナイフを当てる。




「止めてえええ!!!! 死にたくない!!! カアッ・・・」

「良くやったね。 これであんたも兵士だよ。」




周囲の夜叉子の部下は高笑いをして拍手した。



夜叉子の師団の通過儀礼。



喉から血を流して倒れる捕虜に油をかけて火を付けた。




「さあ。 実戦訓練に移ろうか。 気合い入れていきなよ。」




夜叉子は山岳戦を最も得意とした。



少数で奇襲するゲリラ戦や多くの罠を配置して冷酷に敵を刈り取っていく戦術は夜叉子の代名詞とも言える。



味方の被害はほとんどなく、敵に大損害を与える。



軍人としては素晴らしい指揮官だった。



残酷すぎる殺し方を抜きにしたら。



白陸軍は過酷な訓練を続けて新兵達は必死に戦闘能力を上げていった。












そんな日々。



国主の虎白は前衛総大将として周辺国の視察を行い、奇妙な動きを続ける冥府に警戒していた。




「もう何ヶ月も攻めてきていない。」




城の窓から訓練を続ける兵士を見る。




「彼らを無駄死にさせるわけにはいかない。」




拳をギュッと握り美しい空を見る。




「虎白様。 各師団の水準も上がってきました。 まだ実戦は不安ですが。 そろそろ全体演習を始めましょう。」

「おう莉久。 そうだな。 師団だけで戦うわけにもいかないものな。 俺も行くか。 鎧を持ってきてくれ。」

「ここに用意しました。」




虎白は莉久の頭をなでて装備を付ける。




「じゃあ行くか。」




そして全師団に召集がかかり10万の白陸軍が集結した。




「兵士達は頑張ってくれてるからこんな事大きい声で言えねえけど。 いきなり10万もの兵士を指揮するのは大変だぞ・・・」




虎白は兵士を眺める。




「不安ですか?」

「まあな。 兵力が増えればそれだけ死ぬ奴だって増える可能性がある。」

「そのために訓練しましょう。 僕達の故郷の安良木皇国(やすらぎこうこく)は過酷な訓練の日々で精鋭だらけですから。」
































訓練を中断して召集に応じた全師団が城の前に集結する。




「こうして全軍が揃うと物凄い規模だ。」




平蔵は自分の師団を連れて先頭に並ぶ。




10人の師団長が一堂に会する。




竹子。



優子。



莉久。



甲斐。



夜叉子。



鵜乱。



平蔵。



健作。



リノ。



ルーク。



リノとルークはかつてライノと共に加わった無法者の補充兵達から頭角を現した2人。



各師団1万で構成されていてその下に大隊、中隊、小隊、分隊と小さな部隊に分かれている。



そしてその頂点に立つのが虎白。



10万全軍の指揮官。



全体演習を開始する前に虎白はこの先に起こる戦いの事を考えて兵士達をジッと見ている。




「さあ。 行くか。」

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