第30話 余計なお世話
結局、文化祭が終わるまで妹には遭遇しなかった。
神は本当に世界を操作してくれたようだ。後夜祭は参加せず、俺は普通に帰宅した。疲れたから一刻も早く寝たかったのである。
明日は日曜日だから寝腐れる。最高だ。しかも月曜日は振替休日で死角なし。
文化祭も自分の役目も無事終わったから文句なしだろう。そこそこ楽しめた。
俺とアリナは普通の無所属高校生に戻った。
「あー疲れた」
「お疲れさん」
いつものようにテレビをぼーっと眺めながら妹に相手をしてもらう。
「うちの文化祭どうだったよ」
「楽しかったよ。兄ちゃんに会えなかったの残念だったけど」
「なら良かった。俺も楽しめた」
「アリナさんと付き合わないの?」
「頭のネジ20個くらい落としてきただろ。拾ってこい」
「文化祭ついでに好奇心で『日羽アリナさんって知ってますか』って生徒さんたちに訊いたんだけどね、なんと『あー、そういや最近榊木ってやつとつるんでるなぁ』みたいな返事をたくさん貰ったわけですよ」
「それはやべーっすねぇ……」
「もう付き合ってんじゃないの?」
「宇銀くん、よく聞きなさい。確かに一時期そういう噂は流れた。それは認める。だけどな、付き合っていないのはマジだ。俺はあいつの口の悪さを矯正するためだけに関わってるんだよ」
「でもさぁ、あれだけアリナさん美人なんだから付き合いたいって思っちゃうでしょ、ぶっちゃけ」
「多少なりは」
「もしアリナさんが誰かと付き合ったらどうすんの。今の関係続ける?」
アリナが誰かと付き合う想定は考えていないわけでもなく、ほんの少しだけ念頭にあった。とんでもねぇ美少女なのだから人は寄ってくる。この世の摂理として当然だし、付き合うこともまた自然だ。
深く考えていなかった理由はアリナは誰とも付き合わないだろうと思っていたからだ。誰であろうが基本的に拒絶するから、もうこいつは極度の人間アレルギーか何かだと決め付けていた。
しかし、もしアリナが付き合ったらどうするのかと妹に言われ、真っ正面からその問題に向き合ってみると意外と俺は言葉に詰まった。
「考えてもみなかった」
「マジかよ、兄貴。そりゃねーぜ」
「もしアリナが誰かと付き合ったときは――俺は関わるのをやめるだろうな。これくらいの常識は俺の脳みそにもインストールされてる」
「そうなっちゃうよね」
「俺が原因で不仲にさせるのも嫌だからな」
「兄ちゃんは悲しい人間だね」
「そうだな。前世はマンモスに踏み潰された原始人あたりだろう」
火曜日、放課後、薔薇園。
「――という話を妹からされたんだが、もしお前が誰かと付き合ったら薔薇園は解散で俺は消える。そういう方向でいくから安心しろ」
「突然なんなのよ」
アリナは不審者でも見るかのような目で俺を見た。今すぐ黙らないと皮膚をすべて剥がすわよ、とその目が言っていた。
もしかしたらアリナはこの件に関して俺が厄介者であると思っているかもしれない。だからはっきりさせておくべきだと思った。余計なお世話かもしれないが。
「端的に言えば、お前が誰かと付き合ったら俺は綺麗さっぱり消えるから安心して愛を育めということだ」
「う、吐きそう」
「大丈夫か」
「同じ人間とは思えないくらい気持ち悪いあんたが『愛』だのなんだの言ってるのよ。私の身になってみなさいよ」
「なるほど、気持ち悪そうだな」
余計なお世話だったようだ。
「じゃあ忘れてくれ。一応言ったのは俺の身のためでもある。もしお前が付き合ったら、その男が俺に対して何らかの物理攻撃をしてくるかもしれん。それは流石の俺でも嫌なんですわ。俺のせいで死体が増えちまうだろ、何人も、何十人も」
「私はすでに被害を受けているわ。噂のせいでね。あんたのせいよ」
「あれは俺のせいじゃない。アホの勝手な妄想だ」
「そ。もうどうでもいいわ」
「この話は終わりだ。さて、今日は何をするか」
ネタ切れになりつつあるも俺は天井を見上げながら案を考えた。
「あんたが誰かと付き合ったら私も消えるからお互い様よ」
不意にアリナから言葉が投げられる。
「何? 俺とお前が付き合う?」
「冗談やめて。あんたが誰かと付き合ったら、私もあんたが言うように消えるから安心しなさいってこと。同じよ、考えていることは」
「なんだこれ。どっちが先に彼氏彼女を作るのかっていう勝負みたいだな」
「勝負にもならないわ。私もあんたも誰とも付き合わなさそうだから」
「確かに」
俺は思わず笑った。アリナも本で顔を隠しながら肩を揺らした。
寒さを忘れられる温かさがじんわり胸に広がる放課後だった。
冬が近いため、生徒らはカーディガンを着たりして厚着をしている。
仙台の冬は寒い。東北の本領発揮はもう間もなくだ。
寒さ嫌いの俺もカーディガンを着用したが、足の方から冷気が入ってきて結局こごえる。息も白くなり、灰色の空の日が続いた。でも雪が降る気配はまだなかった。蔵王山脈はもう真っ白だろうけれど。
高校2年生の俺にとって、今年の冬は安らかに過ごせる高校生活最後の冬となる。来年は受験で、今頃は試験に向けて血眼になって勉強している最中だろう。
この時期になるとスマホのバッテリーの持ちが悪くなる。
化学変化と電圧に寒さが影響するようで、ポケットに突っ込んで温めながら登校している。なるべく使わないようにしてはいたものの、メッセージ着信のバイブレーションが鳴ったため、俺は仕方なく取り出した。
〈放課後、何かするなら連絡ちょうだい〉
アリナからだ。朝から連絡するなんて恋人みたいで変な気分になる。
同時に「とうとうアリナと連絡を取り合う仲になったんだなぁ」としみじみ自分の成長と成果を実感した。
最近はあまり活動していない。
寒さで運動部の手伝いをするのが辛かったからだ。部活をしている人たちには敬服する。
やることといえば放課後に薔薇園に集まって他愛ない会話、一方的な俺への罵倒、たまに生徒会の手伝い、たまに文化系部活動の手伝いだ。生徒会は文化祭以来よく交流するようになった。鶴が誘ってきて、断る理由もなくズルズルと行くのが毎度のパターンとなりつつあった。
俺はアリナに「特にないから自由だぞ」と返信しておいた。自由だがアリナは薔薇園に行くだろう。何かあっても無くても薔薇園に集まる。
今日、俺には予定があった。赤草先生にもう一度アリナのことに関して相談するためだ。
アリナについてもう一度認識を改めなければならないと強く思ったからだ。
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