第22話 夜にこびりつく目

 放課後は生徒会と実行委員会を何度も行き来する毎日だった。だが別段大変だったわけではなかった。


「生徒会はどう?」

「なかなか面白い」


 生徒会室で感想を求めて来た二渡鶴にそう返す。

 実際生徒会は面白かった。あらゆる企画に絡む組織だから普段関わることはないであろう部活や地域や教育委員会に触れることができ、視野を広げるいい機会になっている。


「だとしたら良かった。生徒会って変なイメージ多いからそう思ってくれるならありがたいよ」


 鶴の言う通り生徒会へのイメージは確かに変わった。

 やりたくないスタンスに変化はないが。


「挙手してまで入りたいとは思わないけどな。俺は帰宅部が一番性に合ってる」


 いつものようにトマトジュースの蓋を開け、のどに流し込んだ。ちなみに今日はもう3本飲んでいる。


「だよねー。私だって立候補したわけじゃないし」

「じゃあ仕事するか。借りてる資材とか道具の個数を確認してくる。隣の女子高校生とな」


 アリナはムスッとした顔のままため息をついた。


 生徒会室で和んでいた俺とアリナは重い腰を上げて作業に取り掛かることにした。

 生徒会のメンバーたちは宣伝ポスター制作に集中していた。俺と話していた鶴もポスター作りに戻るのかと思いきや、戻らずに「私も行くー!」と言い出した。


「自分の仕事はいいのか?」

「うん、終わってるし。それに私の美的センスそうでもないからポスターは任せてるの。小難しいことには頭回るんだけどね」

「完璧な人間はいないってことだな」


 生徒会室から出て廊下を3人で歩く。

 俺はこの状況に心が震えた。


「すげえ。学力トップの頭脳と学年トップの美女を連れ歩いてる。両手に花とはこのことだ。なんて俺は贅沢なんだ。痛風にでもなっちまうな」

「彗は学年トップの変人だけどね」

「いや違うな。銀河一の帰宅部員だ」


 鶴がクスクス笑った。

 アリナは「ホントつまらない男」と俺を見下した。平常運転のリアクションだ。こんな時に「違うわっ! 彗くんは銀河一素敵な人よ!」と言ってくれたら多少の好意が生まれるとは思うが——。


「何か私に期待してるわけ? ゾッとするわ」


 うん、あり得ないな。

 そういえばアリナから一度も名前を呼ばれたことがない気がする。彗とも榊木とも呼ばれたことはない。あんた、クズ、ゴミ。この3つのうちのどれかだ。1つ目は人間に対して使うものだが、残り2つは人間じゃねぇ。


「両手に花じゃなくて、両手に天使と悪魔だな」


 校舎裏の倉庫に到着。

 俺が先頭に立ち、背後には鶴とアリナ。トライアングルの立ち位置で歩いている。

 俺は驚愕の事実を知った。背後で鶴とアリナが仲よさそうに話しているのだ。

 これはどういった天変地異の類だろう。アリナは若干の抵抗感を露わにしながら話してはいるものの会話は成立している。俺とアリナの会話はただの罵倒のしあいだから動物の威嚇行動と変わらない。ゆえにアリナが仲良さそうに会話している光景は衝撃だった。


 鶴は楽しそうに笑っていた。

 横目でチラリと確認したが、あらかじめ録音したものを再生しているわけでもなく普通に肉声同士の会話だった。どうやらアリナはマジで喋ってる。初めて我が子が歩いた時とか、こういう気持ちになるんだろう。


 倉庫内の照明をつけた。

 窓やドアを解放する。埃で少女らは咳き込み、アリナが「全部吸い込みなさい」と無理難題を押し付けた。俺は掃除機じゃない。


「さて確認するか。鶴かアリナ、リストを読み上げてくれ」

「わかった。じゃあアリナさんこれを。私はこっちを読み上げるから」


 鶴は2つあるリストのうち1つをアリナに手渡した。

 女子にこの埃っぽい空間で力仕事を頼むほど俺は野蛮なやつじゃない。英国紳士も腰抜かしちまうくらい紳士なのだ。


「じゃあ私から。お玉が12、まな板が9」

「了解」


 料理道具が乱雑にぶち込まれているプラスチック籠を見つけ、がざがさと漁る。


「お玉12、まな板9。あったぞ」

「よーし、チェックチェックと」


 次はアリナだ。


「木材5、ドライバーセット10。早く探しなさい」

「はーい、はーい、木材5に、ドライバーセットが1、2……10。OKだ」

「すごい、算数できるのね」

「だろ? 数学もできるぞ。ちなみにアルファベットも全部言えるし、1人でお留守番もできるし、夜は1人でトイレにも行けます」

「黙って仕事しなさい」

「はい」


 鶴とアリナが交互にリストを読み上げ、俺はひたすら探す。こんな調子で道具を数えた。

 面白いのが鶴とアリナの対比だ。

 鶴は上品に足を揃えて座り、アリナは足を組んで大柄な態度で座っていた。

 ギャルっぽい鶴が上品な態度で清楚っぽいアリナが威圧的な態度なのだ。


 順調に数えていたら着信音が倉庫内に響いた。


「おいおい、上映中は携帯の電源を切るかマナーモードにするってママに教えてもらわなかったのか」


 鳴ったのはアリナのスマホだった。俺以外に連絡する相手がいるのか。

 アリナは無言で着信画面を見つめ、耳に当てると倉庫から出た。

 鶴と目が合う。


「あ~あ、きっとアリナさんの彼氏だよ。彗は敗北者だね。かわいそー」

「むしろさっさと彼氏ができてほしいくらいだ。俺を解放してくれ」

「彗はアリナさんのこと好きじゃないの?」

「俺の扱いを散々見てきたのならわかんだろ。家畜以下の扱いされて誰が喜ぶんだよ」

「でもアリナさんすっごく綺麗じゃん。男の人って若くて綺麗なだけで好きになるって聞くよ」

「それは若さを失ったおっさんかおばさんの台詞だろ。だけど俺もアリナの中身を知らなかったら好きになってたかもな」


 アリナが戻るまで休憩だ。ポケットからトマトジュースを取り出す。


「どんだけトマトジュース好きなの」

「ポケットに1本は常備してある。最高にうめえし最高に健康にいいんだ」

「でも飲みすぎは良くないと思うなー」

「健康にいいものは飲みすぎても問題なし」


 鶴は呆れたようにジト目した。

 アリナはすぐに戻ってきた。


「よし、作業再開か」

「帰るわ」


 アリナはぴしゃりと言い放った。そして鶴に視線を移す。


「用事ができたから帰るわ。悪いわね」

「ううん、大丈夫。残りは彗とやっておくよ」

「あいつが変なことしてきたらすぐに警察に通報するといいわ」

「すぐするから大丈夫!」


 いや大丈夫じゃねえよ。俺に味方はいないらしい。


「まぁ急な用事なら仕方ねぇな」


 そう呟いた瞬間、アリナと目が合った。

 初めて見る目だった。悲しげな、しょんぼりとしたような目だ。

 しかし、その目はほんの一瞬のことで、アリナはすぐに翻って倉庫から出て行った。


「へ、変なことしたら通報するからね!」

「あぁ……」

「ばーかばーか!」

「あぁ……」


 鶴の警告に俺は力なく反応した。

 今晩はあの目のせいで寝付きにくくなりそうだ。

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