第17話 拒絶

「アリナくん。話がある」

「嫌よ」

「そうはいかん。重要な話だ」

「ふん、やっと無期懲役が決まったのね。一生監獄にいるといいわ」

「俺は悪いことは決してしない。赤草先生を見るとイケないことを囁く悪魔の幻聴が聞こえてくるときもあるが、理性は保てている」

「なんで世界はこの犯罪者を野放しにしてるのかしら」

「面倒だから話を始めるぞ。アリナ、お前が話の中心にいる」


 俺はテニス部からまた支援要請があった、という嘘話を持ち出した。中谷拓にアリナを近づけるにはそれしかない。ただえさえアリナの行動範囲は狭いのだから放り出すしかないのだ。

 もちろん中谷拓の存在は一切伝えない。

 あくまで中谷拓の元へ誘導するだけ。彼の恋愛事情には干渉しないことにした。


「そう言えばあんた、昨日はどうだったの?」

「何がだ?」

「波木白奈があんたと2人っきりになりたいって言った件よ」

「あぁ、特に何も。てか、お前この花をなんで撤去しなかったんだよ! マジで入った時ビビったわ! ふざけんなよ!」

「ふふ。結婚式会場みたいでいいじゃない。それで、ちゃんと愛は成立したの?」

「だから別に告白じゃねえよ……」

「なら何だったのよ。せっかく素晴らしいセッティングをしたのだから教えてくれてもいいじゃない、ゴミクズ」

「中学時代の話を少ししただけだ。恋愛がらみじゃない。残念ながらな」

「ま、だと思った。あんたの遺伝子は引き継がれなさそうだもの。ほら、あんたのミトコンドリアが叫んでるわ。うちの主人は根性なしの腑抜けだって」

「うるせえ。俺は独身貴族目指してんだよ」


 これ以上の無駄話は時間がもったいない。

 俺は薔薇園を出てトイレで体操着に着替えた。レディーに優しい彗くんはアリナさんに室内を譲った。宮城県知事から表彰されるレベルだと思う。

 アリナが着替え終わるのを薔薇園前で待っている間、俺は白奈にメッセージを送った。


〈今からそっちに向かう〉


 間も無くして返事がきた。


〈待ってるー〉


 白奈との打ち合わせは問題ない。あとは拓がどう動くかだ。

 廊下でアリナを待ち、そしてドアが開かれる。


「見てた?」

「いいえ」

「見てたら殺すから。ピラニアの池にぶち込むわ」

「見てません見てません。ほれ、さっさと行くぞ」


 ポニーテールにした彼女は顔には表さないもののやる気はあるようだ。未だにこいつのやる気スイッチがわからない。




 ファイトーファイトーと黄色い声が飛び交うテニスコートに来た。

 相変わらず運動部員は「ファイト」が好きだな。「戦え! 戦え!」と言いまくる光景を外国人が見たら驚くだろう。まるで闘技場の観客じゃねぇか。お前ら全員コロッセオの客だろ。

 男子テニス部が活動しているコートに目を向け、中谷拓を探す。彼はすぐ見つかった。こっちをガン見していた。初めて俺たちがテニス部で活動したときもガン見していたのだろう。


「今日は何するのよ」

「ボール拾いだ。ラケット持ってあっちに行くぞ」


 アリナは素直に従った。本当は楽しみだったはずだ。ラケットを振るときは生き生きしてるからな。このツンデレめ。

 当初よりラケットの扱いに慣れた俺は次々と飛んで来たボールをぱこんと打ち返した。快感だった。日頃の仕打ちのお返しとしてアリナのケツを叩きたかったところだが、そんなことをすれば俺の両腕がもがれるのは必至だろう。

 俺たちは以前のようにボールを飛ばし続けた。





「休憩ー!」


 女子テニス部部長の合図で休憩となる。それに便乗するかのように男子テニス部側も休憩に入った。

 俺とアリナはみんながたむろするところに向かい、溶け込むように座った。

 ぼんやり2人で野球部やサッカー部の練習を見ていると俺のスマホが鳴った。


〈アリナさんに拓くんが突撃するから退避〉


 指示通りに俺は退避することにした。


「アリナ、ちょっと白奈に話があるから行ってくる」

「ここで発情とか最低。死ね」

「俺はなんて最低な野郎と思われてるんだ。つーか意外とお前ってそういうこと言うよな。どっちが変態で最低だよ」

 

 反論される前に逃走し、そそくさと白奈に近寄った。


「よう。状況は?」

「そろそろ拓くんがこっちに――あっ、来た来た! アリナさんのところに!」


 拓が体育座りするアリナの側に立った。

 アリナはアリナらしく無視を通した。


「アリナ先輩、お久しぶりです」


 拓は緊張で顔を強張らせてそう言った。

 対してアリナは気怠そうに首を動かして拓を見る。


「誰」


 拓は目を点にして唇を震わせた。苦笑いを浮かべて続ける。


「覚えてませんか? 中谷拓です。中学の時にお世話になった拓です」

「知らないわそんな名前。あんたなんか知らないし、覚えてもいない。鬱陶しいから消えて」

「先輩怒ってるんですか? 僕――」

「喋んないで。気安く傍に寄ってこないで」


 見てる俺も辛かった。

 流石に拓が可哀想だ。好きな人にここまで拒絶されるとは思ってもみなかっただろう。

 彼が知っているアリナは眠っていて、今は凶暴なアリナがそこにいる。

 俺はアリナが二重人格とわかっているから理解できる状況だが、拓にとっては理解不能だろう。「ガラリと性格が変わった先輩」という現実だけがある。

 アリナはたたみかける。


「いつまでそこで立ってるの? 気持ち悪いからあっちへ行って。二度と話しかけてこないで」


 拓はアリナが冗談で言っているわけではないことを感じ取ったのか背を向けた。その背中がひどく小さく見えた。

 アリナはまた虚ろな目で視線を正面に戻した。去っていく拓を彼女は一瞥もしなかった。

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