第28話 天敵の天敵は天敵
ゾーイが威嚇の鳴き声を上げながら、一斉に攻撃態勢に移った。
半数を巣の守りへと残し、残りの半数がこちらに向かって飛んでくる。
俺に飛びかかってくる複数のゾーイを相手に、リッチが応戦する。
リッチの一撃で、ゾーイが地上に向けて落下していくが、後から後からきりがない。
数がい過ぎて、ランク差があるとはいえ、リッチだけでは捌ききれない。
俺は自分の武器である片手剣と小さい盾を、マジックバッグから取り出して装備し、ゾーイを迎え討った。
テイマーは基本、自身で戦う事は少ないが、俺はテイムする魔物のランクを引き上げない代わりに、自分も戦うことで、Aランク以上のダンジョンを、Bランクの魔物であるリッチと共に潜った男だ。
身を守る術も戦う術も心得ている。
さすがに魔物の力を借りずに、Sランクを1人で倒せるようなことはないが、Aランクまでなら俺1人でも、1体ずつなら討伐が可能だ。
リッチが相手をしきれず、俺に狙いを定めてきたゾーイの頭を狙って叩き落としながら、前へと進む。
「ある程度数を減らさないと、近付けないかも知れないな。」
盾で攻撃を止めた瞬間、片手剣の側面や背で殴り、気絶させているだけだが、それでも一定の間は、目を覚まして再び襲っては来ないだろう。
段々と襲ってくる数が減ってきたゾーイが、ピロエ、ピロエ、と鳴く。群れのボスが、退却を仲間に指示する鳴き声だ。
その鳴き声を合図に、こちらに向かう途中だったゾーイと、巣の周囲を飛んでいた残りのゾーイたちが、一声に木から飛び立っていく。
「……しばらくは大丈夫そうだな。」
リッチが近くにいた最後のゾーイを叩き落とすと、スッと俺の肩にとまった。
俺はゾーイたちが巣を作っていた木を調べた。
幹から大量の硬い棘が飛び出し、足を引っ掛けて大人が上に登れそうな程だ。
同じような木が何本も周辺に立ち、そのすべてにゾーイが巣を作っていた。
どうやらこのあたりには、シュシュモタラの木が群生しているらしい。
俺は棘に足を引っかけて、上に登ってみることにした。
上にいくにつれ、普通の枝と、柔らかい葉が広がるところに到達する。枝や葉に触れ、葉をひっくり返してみる。葉には小さな虫の魔物である、マニダラが無数にうごめいていた。
「ああ、なるほどな、そういうことか。」
俺は体を棘で引っ掛けないように気をつけながら降りると、山を降りて、ロリズリー男爵家へと向かった。
俺が山を降りていくのを見たゾーイが、再び集まり、巣のある木に戻ると、集団で俺を見下ろしていた。
「もう調査が終わられたのですか?」
ソフィアさんが驚いたように目を見開いて口を開ける。
「──はい、原因はゾーイが巣を作っている木にありました。」
「木……ですか?」
「あの木はシュシュモタラという木なのですが、あの木について、何かご存知ですか?」
「……いえ。
確か、あの辺りに生えている木は、幹がトゲトゲしていて、恐ろしい見た目のものだったと記憶しています。
あれが、シュシュモタラなのですか?」
「はい。
幹は無数の棘が生えていますが、上の方にいくにつれ、柔らかい葉が生えています。
新芽もそうですが、房のような実がなるのですが、中身の種が食べられるのです。
どちらもとても栄養豊富で、美味しいですよ。」
「……それは知りませんでした。
とても、食べられるような木だとは……。」
「見た目が外敵を拒絶する為に進化しているので、知らない人間や、棘を恐れて木の上に上がれない、動物や魔物は近付きませんからね。
シュシュモタラの木がどんなものかを知っている地域では、よく食べられているものになります。
俺もとても好きですよ。特に新芽が最高ですね。
もっちりとした食感と、ほろ苦さがたまりません。
子どもは苦手かも知れませんが、大人は好きな人も多いと思いますよ。」
俺の言葉に、ソフィアさんが思わず、ゴクリ、と唾を飲み込み、あらいやだ、はしたなくてすみません、と両手で口元を押さえた。
「それで、どのようにすれば、ゾーイはいなくなるでしょうか?」
「──ゾーイが現れたのが、一ヶ月前とのことでしたよね?」
「はい。」
「それであれば、心配ありません。
早くて3日、遅くても1週間以内には、ゾーイの数は自然と減ることでしょう。」
俺がそう言うと、ソフィアさんは、信じられない、と言った表情を浮かべた。
「自然と……ですか?
では、今回のケースは、討伐しなくても、問題なかったと?」
「はい、そうなります。
ゾーイが巣を作っていたシュシュモタラの木。
その木には、マニダラという、小さな虫の魔物が、葉にびっしりとついていました。
それがゾーイが急に、本来の生息場所と異なる場所に現れた原因です。
そして、そのマニダラが、ゾーイの数を1週間以内に減らすことになります。
──我々冒険者の間では、“天敵の天敵は天敵”、と呼ばれる事象が起こる前兆です。」
「天敵の天敵は天敵……ですか。」
ソフィアさんは不思議そうに首を傾げた。
「落ち着く頃にまた参ります。
おそらくは問題ないと思うが、もし解決していなければ、その時は別の対策を考えましょう。」
ソフィアさんと話す俺の様子を、ロリズリー男爵が疑わしげに、扉を少しだけ開けて、こちらの様子を覗いていたが、俺が扉を開けると、慌てて駆け出し、自身の執務室へと戻って行った。
俺は1週間後の再会を約束して、ロリズリー男爵家をあとにした。
1週間後、俺は再びロリズリー男爵家を訪ねていた。
ロリズリー男爵は、前回とは打って変わって、満面の笑みで俺を出迎えてくれた。いきなり抱きつかれたのには、さすがにギョッとしたが。
「アスガルドさん……。あなたは本当に凄い。
あれだけいたゾーイが、たったの1週間で全部いなくなるなんて。
いったいどんな魔法を使ったんです?」
「魔法などではありませんよ。
この結果が起こる条件が揃っていた。
ただ、それだけのことです。」
「条件というのは、マニダラという虫の魔物がいたことですか?」
ソフィアさんが訪ねて来る。
「それも要因の1つです。
と言いますか、そもそもゾーイが現れた原因が、そのマニダラなのです。
マニダラは、ゾーイの大好物なのですよ。」
「マニダラが現れたことで、ゾーイが集まって来たと?」
ロリズリー男爵が言う。
「いるから集まったのではなく、いるから呼ばれた。が正しいですね。
本来ここは、ゾーイが巣を作るのに適した木が、あまり生えていません。
自然に集まってくることはありませんので。」
「──呼ばれた?
一体誰に?」
「それは山に向かいながら説明しましょう。」
俺はソファから立ち上がると、ロリズリー男爵とソフィアさんも、山に来るよう促した。
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