第22話 石の秘密

「これがここにあるという事は、コイツを好む魔物が近くにいる筈だが、しかし、石なんぞ使わないしな……。

 いや、待てよ?」

 俺は一人考えを巡らせる。

 その時リッチが急に攻撃態勢に入った。

 見上げると、ワサボカクタスの木の近くに、たくさんのミッドファエーが集まって来る。


 小さなマントヒヒのような見た目の、猿の魔物だ。顔だけ大きくてとてもバランスが悪いが、夜、木の枝の間から、外敵に顔だけを見せて、大きな姿だと思わせて威嚇して追い払うのだ。

 知恵があり、肉食で、イタズラ好きで、たまに集団で家畜を襲うこともある、やっかいな魔物だ。

 コイツらの仕業なのか?

 だが石を道のど真ん中に置くようなイタズラは聞いたことがない。


 可能性の1つではあるが、石を置くところをみないと何とも言えない。

 その時、また木の上から実が落ちて来た。今度は俺に当たらず地面に落ちる。

 すると、つん、つん、と、誰かが俺のスネを突いている気がして振り返った。

「──こいつは……!

 こんなデカい個体は見たことがないぞ?

 冒険者が来ないと、ここまでデカくなるのか。

 ……待てよ?」

 俺はすべての理由が分かった気がした。


「……本当に魔物が来るのでしょうか?」

 2週間後、俺とニルスさんは、広場の見える家の家人にお願いし、夜中起きていて、広場に魔物が現れるのを待っていた。

「はい、恐らくは。」

「でも、2週間に1回定期的に来るって、そんな律儀な魔物……。」

「シッ。来たようです。」


 月明かりの中、音もさせずそれは、ゆっくりと、少しずつこちらに近付いてくる。

 それが通った後に点々と、石がコロリと転げ落ちる。

 そして広場の中央まで来た時、それは動きを止めた。黒くて大きな影から、月明かりに照らされた白い石が次々と飛び出してくる。

「い、石が……!

 本当に魔物の仕業だったんた。」


 石がこんもりと広場に山になった頃、その巨大な影はまたゆっくりと、元来た方向へと戻って行った。

「あれは一体なんなのですか?」

「それは明るくなったらお教えしましょう。

 夜は危ない。一度寝て、それから対策についてもお話しします。

 朝になったら、村の皆さんを集めていただいてもよろしいですか?」

「……わかりました。」

 俺たちはそのまま家人の了承を得て、その日はそこに一晩やっかいになることになった。


 朝になり、俺はニルスさんが集めてくれた村の人たちと森に来ていた。

「みなさんは、この木をご存知ですか?」

「はい、なんか昔からありますけど、名前まではよく分かりません。」

「──これは、ワサボカクタスという植物の、未発見の新種だ。

 本来のワサボカクタスは、もっと小さく、せいぜい3メートルくらいまでしか成長しません。

 他の木と合わさって進化したのか、これが祖先なのかは分からないが、とても珍しい物です。」


「これが、魔物と何か関係が?」

「はい、この木は年中実をつける、とても珍しい木で、水の少ない場所でも育ち、その実にたくさんの水分を含む、雨量の少ない場所ではとても重宝されるものです。

 この実を食べる為に、木の下に集まって来る魔物がいるのです。

 ──ほら、今日もやって来ました。」


 言われて村人が振り返ると、全長10メートルはあろうかという、巨大な口を持つ全身トゲに覆われた、爬虫類のような魔物が現れた。

 皆、あまりの恐怖に、思わず出かかった悲鳴を飲み込む。刺激して襲いかかって来たらと思ったのだろう。

 魔物は落ちて来た実をパクリと食べる。そしてまた、木の実が落ちてくるのを待つように、木の下でじっとしていた。


「これはアナパゴスと言います。

 こんな見た目をしていますが、草食でとても大人しく、寝ているところを起こされない限りは攻撃もして来ません。

 こうして日がな一日、日向ぼっこで体温を上げながら、落ちてくるワサボカクタスの実を食べるのです。

 俺もここまでデカくなったのは初めて見ましたよ。

 放っておいても、何ら危険はありません。

 なんなら、触っても大丈夫です。」

 俺はアナパゴスの頭を撫でて見せた。特に気にする風のないアナパゴスの姿に、皆が一応ホッとしたような表情を見せる。


「この魔物と、石は、どのような関係があるのですか?」

「──あれはアナパゴスの卵です。」

「卵!?」

「アナパゴスは単体でも卵を月に2回生みます。卵の硬さはカルシウムの量に比例するんだが、あんな石のような硬さのものは初めて見ました。

 トイレにこびりついた尿石以上の硬さで、殆ど石と変わらない。

 さすがに卵だとはすぐに気付けませんでしたよ。」


「定期的に生みに来ていたということですか?」

「はい、アナパゴスは自分で卵を温めないので、陽のあたる場所で、草の生えていない平らな地面に、夜の間に卵を産むのです。

 あの場所が最適だったのでしょうが、通常アナパゴスが産む卵は40〜60個程度だ。

 それが100個ともなると、腹に収まりきらずに、産卵場所に到着するまでの間に、産み始めてしまったのでしょう。

 だから点々と続いていたわけです。」


 ニルスさんが不思議そうに首を傾げる。

「あれが卵だというなら、なぜ、捨てに来た場所に、次に来た時になかったのですか?

 アナパゴスがこれ一体しかいないのであれば、孵化したわけでもないのでしょうし。」

「──その理由はあれです。」

 俺は木の上を指差した。

 たくさんのミッドファエーがこちらを見下ろしている。


「あれはミッドファエーと言って肉食の魔物だ。奴らが卵を殻ごと食べてしまってたんですよ。

 殻もカルシウムで、大事な栄養源だ。

 だから来るたびに卵がなくなっていたのです。

 あいつらは少し凶暴ですから、刺激しないように。

 卵を置きに来るのを、餌をくれるとでも思っていたので攻撃しなかったようだが、本来なら、襲われていても、少しも不思議じゃないですからね。」


 いつも卵を捨てに来ていた人たちがブルブルと震えだす。

「どうしたらいいんですか?

 アナパゴスは放っておいていいのだとしても、ミッドファエーは危険なんですよね?」

「はい。

 ミッドファエーを退治しても、アナパゴスがここで卵を産み続ける限り、またやってくることでしょう。

 下手をすれば、ミッドファエーの群れがいることで近付いて来ない、もっと凶暴な魔物がやって来ないとも限りません。」


「そんな……。」

 村の人たちがザワザワしだす。

「では、何もしないアナパゴスには悪いですが、アナパゴスとミッドファエー、両方を討伐するのが一番、ということですね?」

「──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなりますよ?

 まあ、少しだけ時間をいただきたいですがね。」

 ニルスさんを初めとした村人たちは、不思議そうな、思案するような、顔をした。

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