第5話 全くもって君は天使なんかじゃない
「私の名前はニーア・アンダーソン。ねえ、ゲイリー、「
少女……いや、ニーアは、ゲイリーの真正面に立ち、次いで、そびえたつ本棚のひとつにもたれかかるように姿勢を崩すと、ゲイリーにそう質した。
「「
ゲイリーはいまだ呆然としている脳内から、その知識を必死に引っ張り出した。
…・…「
そう、人類における宇宙植民時代の、はじまりのはじまりの時期の話だ。宇宙船の超光速有人飛行の技術が確立した500年前、人類史上はじめて植民可能な星を求め地球を飛び立った宇宙船。その名は人類による宇宙開拓史に、燦然と輝く存在だ。若者を中心に、千人あまりの勇気と希望に溢れた開拓民を乗せ、「
そして、長い旅の末、植民に値する星を発見、開拓し、そこを拠点として人類は、宇宙開拓の手がかりを得、その挑戦は輝かしい成功に終わった。そして人間は今の繁栄に至ったとされている。いわば、「
……だが、それがニーアと何の関係があるというのだろう?
ゲイリーはニーアの紫色の瞳を覗き込みながら、訝った。すると、その瞳がきらっ、と微かな光を帯び輝いた。いや、そびえ立つ無数の書架のなか、光の加減でそう見えたただけかも知れぬが。そして、次いでその美しい唇が動き、さらっ、と語を放つ。なんとも驚くべき発言を。
「このガラスドームにある本は全て、「
「移設だって……? この本、この無数の本全てが?」
「そう、船からそっくりそのまま移したの。「
無数の本が並ぶ書架に視線を投げつつ、ニーアは話し続ける。ゲイリーは、思わぬ話の展開に、ただ沈黙して彼女の話に聞き入るほかない。
「……私の仕事、それは、ここにある無数の紙の本を、全て電子書籍に置き換えること。私はその仕事を担ったの。あの、「
その言葉に、ゲイリーは思わず息をのんだ。そして震える声でニーアに問いかける。
「ちょっと待て、冗談だろう? ニーア、君はあの船の乗員だったというなら……! ……だったら君は少なくとも、500年近い時を生きているということじゃないか」
「冗談じゃないわ。長く寿命を保ち、この仕事に適応できるように、私の身体の大半は機械化されているの。いわば私は、アンドロイドね」
「……君が、アンドロイドだと?!」
ゲイリーは驚いてニーアの顔を見つめ返した。艶やかな長い亜麻色の髪、わずかにそばかすが見え隠れするバラ色の頬……それは確かに美しく整っているものの、生身の人間のそれにしかゲイリーには見えない。どう、目をこらしても。
……なにもかもが、悪い冗談だ、とゲイリーは思った。そしてむくむくと胸の中に、疑念が沸く。
……俺は、この少女に騙されようとしているのではないか?
そのとき、唐突に、ゲイリーは頭に激しい痛みを覚えた。傷の痛みではない。アルコール依存症の禁断症状からくる頭痛だった。次いで手が震え出す。彼は溜らず、呻き声を上げながら、その場に蹲った。その傍らにニーアが駆け寄る。ニーアは、彼の身体を抱き起こそうと、震える手に触れた。同時に、銀色のワンピースに包まれたニーアの柔らかな胸のふくらみが、ゲイリーの頬に接する。
その途端、ゲイリーの中で得も知れぬ劣情が湧き上がった。
次の瞬間、ゲイリーは震えたままの手で、ニーアの身体を強く突き飛ばした。
そして、本棚の隙間の床に彼女を押し倒すと、その身の上に跨がった。ニーアの口から悲鳴が上がる。だが、それに構わず、ゲイリーは欲望の赴くまま、彼女のワンピースの胸元を掴むと、力のままその銀の布地を引きちぎった。
「何をするの……! やめ、て……!」
「騙そうとしやがって……! 君が生身の女だということを確かめてやる……!」
耐えがたい頭痛の中、ゲイリーは己が何をしてるかも、もはや、はっきりと分からぬまま、抵抗するニーアを床に押さえつけ、ワンピースの布地を執拗に破り捨てる。程なくして、ニーアの形の良い乳房が露わになる。
ゲイリーは乳房に手を伸ばしつつ、勝ち誇ったように大声で嗤った。
「ほら、やっぱり、生身の人間じゃないか……!」
だが、ゲイリーの狼藉もそこまでであった。
次の瞬間、今度は、ニーアがゲイリーを、ものすごい力で突き飛ばしたのだ。ゲイリーは本棚に激しく衝突し、身体を床に転がせる。その隙にニーアは立ち上がると、そのままの姿勢で、助走も付けず垂直に跳躍した。そして、その身体はゲイリーの頭の遥か彼方の、ガラスドームの天井まで浮遊した。
さらにニーアは身を空中で反転させ、ガラスドームの天井を蹴ったと思うと、その反動で急降下し、転がったままのゲイリーに強烈な蹴りを食らわす。それも一度でなく、二度、三度と。
ゲイリーは溜らず叫んだ。
「うぐっ……!」
床をのたうちまわる彼の傍らに、ニーアは静かに降下し床に着地する。そして、無表情にゲイリーを見下ろしながら、呟いた。
「……これでわかった? 本当だったら、もう2、3発蹴りを入れても良いところだけど、怪我人にそれはよくないわね、見逃してあげる」
口の中に血の味を感じながら、ゲイリーは、おそるおそるニーアを見上げる。するとニーアは付け加えるように、語を継ぐ。
「お酒なら地下室に真空パックのヴィンテージ・ワインがいくつかあったはず、それをどうぞ。……それでは、私はまだ仕事があるので」
そう言い残すと、ニーアは胸元が破けたワンピースのまま身を翻し、ガラスドームの書架の奥に消えていく。
……今だ床に転がったままのゲイリーは、その後ろ姿を黙って見つめるしか術がなかった。
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