第59話 マウント合戦

 女性の月のものというのは、人によってはとんでもなく重いらしい。

 とある女性のケースだと、まず、三日三晩吐き続け、下からも下す。

 出血の量が多く、血が減るから体温が下がり、温めても温めても寒い。

 子どもの頃、帰り道で倒れて、夏場だというのに、灼熱のアスファルトの上に横になって温まったり、エアコンの排気口の前で体を温めたり、なんて事もしょっちゅう。

 また、それに伴う、絶叫する程の痛み。周囲が引くほどの大声を思わずあげてしまう。──そして気絶。

 当然その間何も食べられない。学校にも行けない。

 2日で4キロ体重が減るのは当たり前。

 いわく、一度食中毒になったことがあるが、それの方がマシ、というレベルらしい。

 4日目でようやくベッドから起き上がれるようになり、ヨーグルトを食べる。


 結婚前は、本気で子宮を取る手術を考えていたらしいが、幸運にも愛する人と出会い、子どもを授かったことで、やっぱり取らなくて良かったなと思ったのよ、と、その女性に後ろから抱きつきながら言われて、どう返していいか分からず、まごついてしまった思春期の息子が俺である。

 ちなみに出産と同時に体質が変わり、今では、痛みに絶叫はするものの(たまにガチで

こっちがビクつく)1日目から食事も取れるようにもなったし、痛みも気絶までは行かなくなったらしい。


 だから、程度に関わらず、生理中の女性には、優しくしてあげなさいね?と言われて育った俺だが、同じように言われて育ったのかは分からないが、エンリツィオはマリィさんの自宅のベッドの脇の椅子に腰掛けて、ベッドに寝かせたマリィさんの腹を、優しく撫でて温めながら、

「……相変わらず重いんだな、生理。」

 と言っていた。

 マリィさんは、覚えてたのね、と言いたげな、嬉しそうな、困ったような、複雑な表情をしていた。

 多分、そういうとこなんだろうなあ。

 女が惚れちゃう理由も、忘れらんなくなる理由も。


 男は誰しも、自分を好いてくれている女性を無下にはできないというか、取り敢えず嬉しいので、その気もないのに優しくしてしまうという場合があるのだが、エンリツィオは特にその傾向が強い気がする。

 他人に興味がなさそうな、冷たそうに見える見た目なだけに、というか、実際大体の人間相手には素っ気ない奴なので、少し優しくしただけでも、特別扱い感がなんかパない。

 特にエンリツィオを好きな女からしたら、たまらないんじゃないかな、と思う。

 自分から捨てた女相手に、罪ですこと。


「……少し休め。

 血が足りねえ癖して無茶しやがるから、こんなことになんだろ。」

 マリィさんは、だって、とでも言いたげな表情になり、それを飲み込んだ。エンリツィオに危険が迫ってると思ったら、思わず体が動いてしまったのだろう。

 エンリツィオいわく、“俺のことが心配で心配で、たまらない”マリィさんからしたら、それは無理のないことだろうなと思う。

 エンリツィオもアシルさんも、マリィさんの気持ちから出た行動なのは、おそらく分かっている。

 余計な事をするなとか、首を突っ込むなとか、マリィさんの身を案じる気持ちからくる言葉を、言おうと思えば言えたのだろうけど、2人とも何も言わなかった。


「──そろそろ行くぜ?

 俺はまだ、やることがあるんでな。」

 そう言って、ベッドの脇の椅子から立ち上がろうとしたエンリツィオの手首を、マリィさんが瞬時に掴んだ。

 そのままベッドに引きずり倒すと、サッとその身を翻し、あっという間に、エンリツィオに対してマウントを取ったのだ。

「マァ〜ァリィイ……!」

 エンリツィオが、マリィさんと両手をそれぞれ、恋人つなぎみたく組み合って、押し戻そうとするも、一方的に押されてしまっている。


 多分本来の身体能力だけでも、コイツに勝てる相手が滅多に存在しない筈の単純な力勝負で、エンリツィオが押し負ける姿を見る日が来ようとは。

 エンリツィオは歯噛みしながら、それでも顔だけは余裕そうに笑いながら、早くもベッドに背をつこうとしている。

「──私のスキルは身体強化。

 力じゃ簡単に私に勝てないことぐらい、あなただって分かってるでしょ?」

 強い女に男が無理矢理押し倒されそうになっている姿って、何か新たな性癖の扉を開きそうな気持ちになってくる。

 俺も恭司もアシルさんも目の前にいる訳だから、当然マリィさんはエロ目的で、エンリツィオを押し倒している訳ではないだろうけど。


「──さあ、言って。

 あなたがあの場所で、護衛もつけずにうろついていた理由は何?」

「俺のオンナが死んで大分経つモンでな……!

 ちょっとつまみ食い出来る相手を漁りに来たってヤツだ……!」

「──誤魔化さないで。

 女なんていくらでも適当に口であしらえる貴方が、私の手紙に何も言ってこないのは、この国に来るに当たって、私と関わることで、知られたら困ることがあるからよ。

 この国で、何か調べたいことがあるんでしょう?

 いつもみたく命令すればいいじゃない。

 私が誰よりそれを上手くやれるのは、あなたが一番よく分かってることの筈よね?」

 余裕のマリィさんに対し、力を限界まで入れることで、息を止めてでもいるのか、エンリツィオの声が上ずり、話し方がおかしい。


「それが危険なことだから、私を関わらせないようにしてるんでしょう?

 あんまり私をナメないで。

 貴方の考えなんてお見通しよ。

 ──貴方が探しているのって、大人数の召喚を可能にしたのが、この国の王家だって噂の出どころの事よね。

 貴方たちがされた勇者召喚が、ある時を境に大人数をまとめて連れて来られるようになった。

 勇者召喚の方法は王家しか知らないことだけれど、──大人数召喚の方法は、アプリティオしか知らない。

 だから他の国はアプリティオに頭が上がらず、この国が急速に発展した。

 アプリティオ王宮に仕事で携わる者なら、誰でも一度は聞いたことのある話だわ。

 貴方が召喚されたニナンガとアプリティオは、はじめは同じくらいしか開拓されていなかったのに、──彼が召喚された代から、差がつくようになったのよ。

 どの国がどれだけ勇者を召喚しているのか、知るすべもない国民には、知る由もない話だけれどね。」


 アプリティオが、大量の勇者召喚を可能にした……?

 彼、とは、エンリツィオの死んだ恋人の事か。

 アプリティオが大量の勇者召喚を可能にしたことで、エンリツィオの恋人は日本で召喚に巻き込まれて死に、この世界にやって来た。

 だとしたら、恭司が神獣で転生した理由なんかも、この国の王様なら分かるかも知れねえってことか?

 ひょっとしたら、王女である江野沢も、──その方法を知っているのかも知れない。

 俺にはまだ聞かれたくない話だったのか、エンリツィオがマリィさんと押しあったまま、ちらりと、目線だけで俺の方を見てくる。


「王家の召喚に関する噂の出どころは分からないけれど、貴方が探している、魔女ジルベスタの居場所なら、私を使えばすぐに分かるわ。

 ──さあ、どうするの?

 私を使う?使わない?」

「……答えは……、こうだ!!」

 エンリツィオは両足でマリィさんを挟むと、体をひねってマリィさんからマウントを取り返す。

「力じゃ簡単に私に勝てない、だあ?

 ──オマエが俺に惚れてる時点で、オマエは一生、俺には勝てねえよ。」

 ニヤリと笑いながらそう言うと、マリィさんの両手首を片手にまとめて掴み直し、エンリツィオはネクタイをグイッと引っ張って首から抜くと、片手で自分の服のボタンを外し出す。


「ちょっと出てろ。

 ──すぐに終わる。」

「エンリ……!!んっ!んぅっ!!」

 マリィさんの言葉は、エンリツィオの唇で塞がれた。

 開いた両手の指と羽の隙間から、それを見ていた俺と恭司は、アシルさんに背中を押されて、マリィさんの部屋から出た。

「──すぐ、って事は、最低3時間かな。

 ちょっとその辺で時間でも潰そっか。」

 微笑むアシルさんに、俺たちはうなずき、食事をしたり、観光したりしてブラついたが、エンリツィオは何と、5時間も戻って来なかったのだった。

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