【ヒトコワ】奇人エピソード短編集

ジロギン

宗教勧誘の女性

 山崎 和也(やまざきかずや:仮名)さんという男性から聞いた話。


 2年前。山崎さんは大学を卒業し、新社会人となった。それと同時に実家を離れ、東京都内で一人暮らしを開始。


 当時の給料は手取りで月16〜17万円ほど。固定費を下げないと貯金ができそうになかったため、家賃の安いアパートに入居した。


 築44年の木造アパート。雨風が強い日は、建物ごと吹き飛ばされないか心配になるほどガタガタ震える。部屋は6畳の1Kで、家具を置くととても狭く感じた。隣人の咳き込む声が聞こえてくるほど壁は薄い。


 とても住み心地のいい家とは言えなかったが、給料が上がるまでは我慢するしかなかった。


 一人暮らしを始めて2ヶ月ほど経ったある夜。19時半ごろ。


ピンポーン


 インターフォンが鳴った。古いアパートのため、来客があった場合はドアスコープを覗くしか確認方法がない。


 山崎さんがドアスコープを覗くと、視界の左隅の方に誰か立っているのが見えた。しかし見えるのは肩だけ。薄紫色の服を着ているようだった。


 誰かわからなかったが、山崎さんはとりあえずドアを開けて確認してみることにした。開いたドアの隙間から、真っ白な女性の顔がヌッと入ってきた。黒く長い髪で目は虚ろ、口は半開き、頬はやつれていて何日も食事をしていないように見える。


 映画「リング」の貞子を彷彿とさせる女性だ。怖い話のテンプレートのような女性の出現に、山崎さんは「うわぁっ」と声を出してしまった。


 顔だけが入ってきたので驚いたが、ドアスコープで体があることは確認している。目の前の女性はオバケではなく生きている人間だ。


 最初、女性の視線は部屋の中へ向けられていた。見ず知らずの人に部屋を覗かれるのは気持ちのいいものではない。山崎さんはそれとなく体で女性の視線を遮った。


 女性の両目は山崎さんの顔へと向けられた。


『私、〇〇教という宗教の活動を行なっている者です…この辺の人たちに会報誌をお配りしてます…』


 女性は弱々しい声でしゃべり続ける。


『いま、幸せですか。』


 突然の問いに戸惑った山崎さん。裕福とは言えず、古いアパートに住まなければいけない現状は幸せから程遠い。


 それでも、この女性よりは幸せだろう。そう思った山崎さんだったが、口に出せば厄介な宗教勧誘が始まるのは明らか。


「そういうの興味ないんで。他あたってもらえますか。で、二度とウチには来ないでください。」


 と言って無理矢理ドアを閉めた。女性の顔を挟みそうになったが、女性は見た目によらず、肉食動物が来たのを察知して巣穴に帰るプレーリードッグのようなスピードで顔を引っ込めた。


 部屋に戻り、布団の上に寝そべってスマホをいじり始めた山崎さん。数分後、あることに気づく。


ガリガリガリガリガリガリガリガリ


 どこかから物音がする。


ガリガリガリガリガリガリガリガリ


 何かを引っ掻いているような音だ。


 耳をすまして音の位置を確認する。音源は玄関の外にあるようだ。


 耳をそっとドアに近づける。


バンッ!バンッ!!バンッ!!!


 ドアが激しく3回叩かれた。驚いた山崎さんは、その場で尻もちをついてしまった。


 ガリガリという音はしなくなった。恐る恐るドアを開けてみると、そこには誰もいない。


 ドアの外側を確認すると、ドアスコープの10cmくらい下に無数の引っかき傷がついていた。ネコなどの動物が傷つけたにしては位置が高すぎるし、バンバンバンという音は明らかに人間がドアを殴った音だ。おそらく先ほど来た宗教勧誘の女性がやったのだろう。


 女性を鼻であしらったことで恨みを買ってしまったのだとしたら、また報復にやってくるかもしれない。怖くなった山崎さんは、すぐに引っ越しを決めた。


 違約金やドアの修繕費がかかってしまったが、それらを払ってでも同じ部屋に住み続けたくなかった、と語ってくれた。


※ご本人や関係者に配慮し、内容を一部変更しています。

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