第07/17話 当たり
彼は、まず、それぞれの実包を、隅々まで触ってみた。薬莢の表面を、ぐいぐい、と撫でまわし、抽筒板を、かりかり、と引っ掻き、弾丸を、ぎゅっぎゅっ、と握ってみる。それらのようなことを、六個すべてに対して行った。
しかし、どれが当たりでどれが外れかは、まったくわからなかった。
(一般的に、ダミーカートが作られる時は、使用済みの実包が用いられる……もし、未使用の実包を使おうとすると、当たり前だが、店で新規に購入する必要がある。日用品じゃあるまいし、ほいほいと買えるような代物ではない。何より、それなりに金がかかる。そういう理由で、使用済みの実包が用いられるわけだ。
そして、その場合、ダミーカートの抽筒板には、撃針が雷管を叩くことによって出来る、小さな凹みが存在する……)
しかし、箱の中にある実包は、どれも、抽筒板にそのような凹みは存在しなかった。店主であるベレッタの拘りで、ここの店が扱っているダミーカートは、すべて、未使用の実包から作られているからだ。なんでも、弾丸を引っこ抜いて、内部の火薬を取り除き、かわりに、重量を本物に近づけるための粉末を入れてから、弾丸を嵌め込みなおす、という手順で製作している、とのことだ。
(まあ、当たり前っちゃ当たり前だな……。そんな、当たり外れを明確に識別できるような目印があっちゃあ、このギャンブルは成立しねえ)
その後も武幡は、未練がましく、それぞれの実包を触りまくっていった。ありったけの力で、ぎゅうう、と握り締めてみたり、上下に、ぶんぶん、と振ってみたり、箱の中で、ことん、と落としてみたりした。しかし、いずれも、まったくの徒労に終わった。
彼は、ちら、と、右隣にある机の上に置かれているタイマーに目を遣った。作業場の備品で、現在は、ベレッタが操作権を持っている。アラームが鳴るまで、あと一分二秒、と表示されていた。
箱に手を入れてから、実包を選び、穴から取り出すまでは、五分、と限られていた。最初、小留戸は、ギャンブルの各手順において、制限時間を決めるつもりはなかったようだが、武幡のほうから提案し、設定させたのだ。
(タイムリミットがなけりゃ、時間稼ぎ、という作戦が可能になってしまう……つまり、相手プレイヤーを撃った結果、致命傷でなくても、体の、それなりに重要な部位に、怪我を負わせることができた場合、その後に自分のターンが来た時、どの実包を引くべきか悩むフリをして、ひたすら時間を経過させ、相手プレイヤーの体力が尽きて絶命するのを待つ、という作戦だ。
小留戸は、南部グループの親衛隊──私設軍隊の兵士だ。弾を食らった時にどう対処すればいいか、というノウハウがあるかもしれないし、もしかしたら、過去に被弾した経験があって、撃たれるとはどういうことか、という知識があるかもしれない。何より、見るからに全身が鍛えられていて、いくら銃創とは言え、多少の怪我を負ったくらいじゃ、死にそうにない。
いっぽう、こちらは、ただの未成年男子だ。ミリタリー関連の情報は、漫画やインターネットから得てはいるが、わずかな量だし、しょせんは素人の付け焼刃にしか過ぎず、撃たれた経験もない。肉体も、ひょろひょろとしている。おれにとっては、どこに弾丸が当たろうと致命傷、と考えたほうがいい。
要するに、相手が怪我を負った後、時間を稼ぎ、体力を消耗させて、死亡するのを待つ、という作戦が通用する可能性は、小留戸に対しては低いが、おれに対してはかなり高い、ということだ。だからこそ、タイムリミットを設ける、という点については、譲ることはできなかった)
もっとも、この件に関しては、向こうも、似たような懸念を抱いていたらしい。小留戸のほうが重傷を負い、武幡のほうが時間を稼ぐ、というケースも、まったく想定できないわけではない、と思っていたのだろう。タイムリミットを定めることについて、すんなり了承してくれた。
そこまで考えたところで、彼は、自分が現実逃避していることに気づいた。はっ、と我に返り、タイマーに再び視線を遣る。残り時間は、すでに十秒を切っていた。
(く……!)
武幡は、適当な実包一発を摘まむと、ずぼっ、と、穴から右手を引き抜いた。
「それでは、武幡。実包の使用を試みておくれ」
ベレッタがそう言ったのを聴いてから、彼は、右隣にある作業机の上に置かれている拳銃に視線を遣った。もともとは、十枯が携帯していた物だ。
小留戸は、博打に必要とは言え、自分たちの拳銃を武幡へ譲ることに反対した。「浜田ちゃんが持っているじゃないか。それを使えばいいだろう」
「おれたちは、拳銃は、あれ一丁しか所持してないんだ」武幡は負けじと言い返した。「それを勝負に用いる、ということは、すなわち、その間、こちらがあんたたちをわかりやすい形で牽制する手段がなくなってしまう、ということだ。それは、避けたい。
そりゃ、あんたは、暴力でなくギャンブルで決着をつけることについて、いまさら異議を唱えるつもりはないんだろう。だが、おれたちにしてみれば、そんなの、百パーセント信用することはできない。その思いは、理解してほしいね。
別に、いいじゃないか。そっちは、たくさんの武器を持っているんだ。拳銃を一丁、おれに渡したところで、あんたたちの総合的な戦力に大した影響はないし、おれが、拳銃を一丁、新たに入手したところで、あんたたちに反抗できるわけでもない」
二人はその後も、しばらく言い合った。そして、最終的には、小留戸のほうが折れた。十枯に、携帯している拳銃を、こちらへ渡させたのだ。
武幡は、箱を、右隣にある机の上に置いてから、拳銃を左手に取った。リボルバーで、いわゆる中折式だ。シリンダーの後方、斜め下あたりに軸があり、それを支点として、拳銃全体が折れるようになっている。
通常は、シリンダーは、拳銃本体に埋まるようにして組み込まれており、そのままでは、実包を込めることができない。そこで、拳銃を折る。そうすると、シリンダーの底面が剥き出しとなり、装填することができるようになる。そんな仕組みだった。
武幡は、拳銃を折ると、シリンダーの底面に視線を遣った。箱から引いた実包を、六か所あるチャンバーのうち一か所に入れる。素人丸出しだが、実際、素人なのだから、仕方がない。
その後、彼は、拳銃を伸ばした。シリンダーが、元どおり、拳銃本体に埋まった状態となる。
武幡は顔を上げ、前方を見た。小留戸のほうは、すでに準備を終えていた。頭に、部下たちの物と同じ、フルフェイスの防弾ヘルメットを被っている。さきほどまで、彼の、こちらから見て右隣にある机の上に置かれていた物だ。
「プレイヤーが、選んだ実包を装填してから、相手プレイヤーに銃口を向け、トリガーを引く時、相手プレイヤーは、事前に、防弾ヘルメットを被ることができる」というのは、彼の提案したルールだった。なんでも、「ぼくは別に、ナルシストじゃないけれど、もし死ぬんだったら、顔だけは綺麗なままにしておきたい、と思うんだ。いや、本当、ナルシストじゃないけれど」とのことだ。
武幡は、両手でグリップを握り、拳銃を持ち上げた。銃口で、小留戸を差す。
ちら、と、顔はそのまま、眼球だけを動かして、タイマーのディスプレイを確認した。まだ、動きだしてから、三十一秒しか経過していない。実包を取り出した後、拳銃に装填し、トリガーを引くまでの時間については、五分、と制限されていた。
視線を、小留戸に戻す。小留戸の体は、手足も胴も太い。これだけ的が大きければ、いくらこちらが素人とは言え、どこかには当たるのではないか。そう、武幡は期待した。
彼は、すうう、はああ、と深呼吸した。心の中で、さまざまな気持ちが渦巻いており、遠心力の影響を受け、体を内側から突っ張っていた。もしかしたら死んでしまうかもしれない、という恐怖。勝てば待ち望んでいたアイテムが入手できる、という興奮。決して負けるわけにはいかない、という緊張。
しかし、相手を死なせる可能性がある、ということに対しての、遠慮だの背徳だの嫌悪だのといった感情は、渦に巻き込まれるどころか、心のどこにも存在しなかった。その事実に気づき、武幡は、思わず笑いだしそうになった。
(ま、そりゃ、当たり前だ。こちとら、二年前からずっと、身柄を狙われているんだぜ。どれだけ、酷い目に遭ったことか……他人の、それも追っ手の身を案じるほど、おれはお人好しじゃねえ)
ちら、と、タイマーに視線を遣る。残り時間は、一分を切っていた。右手人差し指に力を込めると、トリガーを引く。
かちり、という音が鳴った。それだけだった。
「武幡、外れだ」ベレッタが、わかりきっていることを言った。「拳銃を置いておくれ」
彼は、ふう、と、短く溜め息を吐いた。拳銃を、右隣にある机に、こと、と置く。
小留戸は、ヘルメットを脱いだ。こちらから見て、彼の右隣にある机に、ごと、と載せる。
ベレッタは、武幡の右隣にある机の上に置かれている箱を持った。それを、小留戸の、こちらから見て右隣にある机の上へと移動させる。
「それでは、小留戸。実包を引いておくれ」
彼は、すでに、ゴム手袋を右手に嵌めていた。左手で、箱を机から持ち上げると、体を正面に向ける。右手を、穴に突っ込んだ。
ごそごそ、かちかち、かたんかたん、という、さまざまな音が聞こえてきた。小留戸が、実包を選んでいるのだ。
しかし、彼は、武幡とは違って、大して悩まなかった。一分も経たないうちに、右手を穴から抜く。その人差し指と親指の間には、実包が挟まれていた。
「それでは、小留戸。実包の使用を試みておくれ」
ベレッタがそう言ったので、武幡は慌てて、右隣にある机に置かれているヘルメットを取り上げ、すぽ、と頭に被った。一瞬、思わず、顎紐を留めようとしたが、なにも、本格的に装着する必要はないな、と考えなおし、やめた。
シールド越しに、小留戸の様子を窺った。さすがは現役の兵士、いや、元の持ち主、とでも言うべきか。彼は、慣れた手つきで拳銃を折った。武幡のように、シリンダーを凝視するようなこともしない。側面を自身に向けたまま、実包を装填すると、拳銃を伸ばした。
よく見ると、小留戸の左手親指に、絆創膏が巻かれていることに気づいた。どうも、つい最近、傷を負ったようで、白いパッドに、黒い楕円形のシミが広がっていた。
彼は、右手でグリップを握ると、拳銃を持ち上げ、銃口をこちらに向けてきた。間髪入れずに、トリガーを引く。
ばあん、という音がした。
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