第164話


「じゃあ、また。くれぐれも戸締りはしっかりね」

「分かってる。また」


 烏川と分かれ、部屋に入るなり僕はクローゼットを開け放つ。


「………」


 流石に制服で行くわけにもいかない。変に思われない程度には服装を整えないと。


 数分ほど物色したのち、致命的なことに今更ながら気づく。


「………まともな服が、無い」


 外出用の一着分はある。ただそれだけ。


 話を聞く限り最低でも3日は滞在することになる。その間、このダボダボで間抜けな部屋着パジャマを晒せと言うのか。


 逡巡のすえ、ある人物に連絡を入れる。


『〜?ーー』


 相手は電話に出るなりアッサリと了承してくれた。やはり持つべきは友人だと改めて感じる。


 集合時間を決め、すぐさま電話を切る。「ついに本命、決めたのか?」と冷やかしの声が聞こえたからでは決して無い。ただ用事が済んだから、それだけだ。


「(………よし)」


 烏川達に変に思われないよう、身嗜みも整えないと。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






「というわけで、少しの間、休暇もらえる?」

『いいよー♪』


 アッサリと許可が下りる。つくづく思うのだけれど、組織自体は殺伐としたものなのにどうしてか上司達は私に甘い気がする。


「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

『もっちろーん。っていうか廻影くんと一緒なんだよね?』

「え?ええ、まぁ」

『なら良いよ良いよ!実質出張?みたいなもんだし。服とかある?無いなら経費で買っちゃう?』

「いやそれくらい自分で買うわ。大丈夫ならそれで良いのだけど」


 頼りにされるのも気が重いけれど、これはこれでなんだか変な気分だ。


「もしかして、厄介払い?」

『いやいや。暁海ちゃんはどーしてそうネガティヴに考えるかなぁ?』


 どうやら違うらしい。


『昔っから暁海ちゃん、遊びに行きたいなんて言ったこと無かったでしょー?』

「まぁ、そうね」


 正直未だに趣味や他の生きがいを見つけることが出来ずにいる。


『今あたし、本部に居るんだけど、この報告聞いて皆んな「遂にあの暁海が友達と遊びに行くんだってさ!」って今後ろでお祭り騒ぎだよ?』

「ちなみにだけれど、主に誰が?」

透夜トーヤ君』

「嘘でしょ………?」


 普段は無愛想で、口も悪いあの人が?


「(まあ、不器用なだけで優しいことは知っているけど……)」


 自分の兄の知らなかった(知らなくてもよかった)現状に私は苦笑いするしかなかった。



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