第4話 メッセージ【下】

「付き合い始めたんなら、もっとそれらしいテンションで登校して来いよ!」


 まるで血の涙でも流さん剣幕でくわっと目を剥き、遊佐はがなりたててきた。


「な……なんだよ、『それらしいテンション』って……!?」


 おめでとう――なんて言葉が素直に遊佐から出てくるとは思っていなかったが、まさか怒鳴りつけられるとは……。ぎょっと身を引きつつ、言い返すと、


「俺ならな」と遊佐は怒りを滲ませた声で言って、がん、と俺の机に拳を叩きつけ

た。「坂北さんと付き合いだしたら、駅からここまでスキップで登校するわ!」

「知らねぇよ! なんでテンションのダメ出し食らわなきゃいけないんだよ」

「相変わらず、童貞色放ちまくってるから、てっきり、まんまと坂北さんを寝取られたんだと思っただろ!」

「童貞色ってなんだ!? てか、なんで寝取られ限定なんだよ!?」

「あ〜、もう……恨めしい」


 うぅ、と呻き声のようなものを漏らしながら、遊佐は顔を両手で覆った。


「この世の幼馴染が、皆、義兄妹になってしまえばいいのに……」

「どんな呪いだよ」


 呆れ果てつつ、ちょっと想像してしまった。そんなことになったら、実際、困るよな……なんて。


「――で?」一通り、妬み嫉み八つ当たりを呪詛でも唱えるかの如く呟いてから、遊佐は気を取り直すように溜息吐いて顔を上げ、「どこで、ヤッたんだ?」


 『どこ』……!?


「話が飛びすぎだろ! なんで、いきなり『どこ』から入るんだよ!? てか、そもそも……」


 ヤッてねぇよ――と言いかけ、ハッとして口を噤む。

 いや……いったい、何をムキになって大声で言おうとしてるんだ。朝の教室で――誰に聞かれていてもおかしくない状況で――堂々と宣言するようなことじゃないだろ。

 ごまかすように咳払いして、「遊佐には関係ないだろ」とぼそっと言って、カバンの中身を出そうと手を伸ばした――そのときだった。ブレザーのポケットに入れたスマホがブーッと震えるのを感じて、ぴたりと動きを止める。


「関係無いってなんだよ。こちとら、死活問題だよ」


 ぶつくさ言う遊佐を「なんでだよ」と軽くいなしつつ、スマホを取り出して画面を確認し――「え……」と惚けた声が漏れた。


「帆波たんか!?」


 急に嬉々として身を乗り出して訊いてきた遊佐に、「『帆波たん』はやめろ」と言うことすらできず、呆然としてしまった。

 確かに……画面に表示されていたのは、帆波からのメッセージだった。

 たった一言だけ。短く素っ気ない……のはいつも通りだ。今までも帆波がメッセージを送ってくるとしたら、『課題見せて』やら『〇〇貸して』やら……そんな横暴ワガママな要望ばかりだった。しかし、さすがには帆波らしからぬというか。あまりに唐突というか。

 目をぱちくりさせ、そこに表示されているメッセージを見つめていると、


「『早く会いたい』って?」

「いや……」と困惑のあまり、つい素直に答えていた。「『さしみ』って……」

「え……刺身?」


 わいわいと賑やかな朝の教室の中、俺と遊佐だけ黙り込み、ややあってから、「な……なんで?」と遊佐が間の抜けた声で呟いた。

 俺が聞きたい――。

 スマホのロックを解除し、改めてアプリを開いてメッセージを確認する。

 しかし、やはり、そこにあるのはたった一言。中学の卒業式の日に送り合ったお互いの家族写真の下に、ぽつりと『さしみ』と書かれてある。

 今日は俺の部屋に誘ったし、刺身を用意しとけ……てことか? いや……流石に無いよな。ケーキとかなら、その可能性は大いにあるが、いくら帆波とはいえ俺に刺身を要求するなんて不自然すぎる。

 となると、考えられるのは……。


「誤爆だな」と溜息交じりに言う。「親に送ろうとしたのを間違って俺に送ったんだろ」

「ああ、なるほどな。それなら分かるか。それにしても、帆波たんは刺身とか好きなんだな」

「帆波たんって言うな、て」


 ちらりと遊佐を一瞥して言いながら、確かに――と思っていた。

 帆波は生ものは苦手だったはずだが……。

 まあ、親とどんなやり取りがあったか、このメッセージだけじゃ知る由もない。とりあえず、間違っていることだけ伝えておくか。


 しかし、まさか……付き合って初めてのメッセージが誤爆で『刺身』とは、なんとも味気ないというか。そりゃ、付き合いだしたから……て、急に何もかも変わるわけじゃないだろう。あの帆波から『早く会いたい』とか、そんなメッセージが来るようになるとは思ってはいなかったが――それでも、どこか落胆している自分がいて……多少なりとも期待していたんだな、と気付かされたようだった。

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