第69話 いつかどこかで
「「ココ!!」」
下水道の暗がりの中、銃口から吐き出された火薬の煙が晴れて行く。
男が突き出した右手の先、
「クソッ!!何なんだよこの猫は!?」
男が暴れ出す前に悠の両前足の肉球が彼の頭に当てられる。
“
人の体という不安定な足場だったが悠の技は男の脳を揺らすには十分だった。
震脚が打った肩の骨は砕かれ、肉球の先、頭蓋の中の液体に浮かんだ脳は激しく揺さぶられる。
「グッ……」
悠の放った浸透勁により男は白目を剥いて崩れ落ちた。
「ココ!! 大丈夫か!?」
「ココ!!」
「ティム!!」
「ねえちゃ!!」
トレア達が中州から橋を渡り悠達の下に駆け付けた。
ミリアは弟の体を抱きしめ瞳に涙を溜めていた。
「ココ……ありがとう……」
“うん……ティム、怪我は無い?”
「……凄い、ココはやっぱり天使様なんだね」
一撃で男を倒した悠にティムがキラキラとした英雄を見る目を向ける。
「いったい何をしたのだ?」
“格闘技の技の一つでね。浸透勁っていう人体の内側を攻撃する技を使ったんだ”
「内側って……やっぱりお前、悪魔なんじゃ……」
「ティムを助けてくれたのよ!! 悪魔な訳ないじゃない!!」
「おっ、おう、そうだな。すまねぇココ」
ミリアに一喝されたジョーがたじろぎながら悠に謝罪する。
「閣下!! 何事ですか!?」
「銃声が聞こえましたが!?」
下水道にブーツの音が響きランプを掲げた兵士たちが駆け付けてきた。
「賊だ、周辺を探索し仲間がいないか確認、同時に孤児達も捜索せよ。孤児が人質に取られている可能性がある、もし盾にされるような事があれば孤児の安全を最優先しろ」
「了解です。閣下、ここは危険です。我々に任せ閣下は護衛と共に馬車で王宮へお戻り下さい」
「私は残って陣頭指揮を執る」
「しかし」
“トレア、戻りなよ。君がいてくれないとこの子達が行き場を失うかもしれない”
悠はトレアのつま先に右前足をチョコンと乗せ、彼女を見上げた。
「クッ……」
トレアの両手がワキワキと宙を彷徨う。
恐らく部下の手前、悠を抱き上げ撫でまわしたいのを我慢しているのだろう。
「分かった……帰るぞ……ジョー、お前達も来い」
「ああ? 仲間残して行けるかよ、連れて行くのは俺以外にしてくれ」
「そうか……流石はリーダーだな」
「うるせえよ!」
笑みを浮かべたトレアにジョーは赤面して怒鳴った。
「ケイン、こいつ等連れて姉ちゃんと一緒に行け」
「……分かったよ。ジョーも気をつけて」
「へッ、誰に言ってんだ」
トレアはそんな二人の様子を見て緩んでいた表情を引き締め、護衛の隊長に指示を加えた。
「この者は孤児達のリーダーだ。下水道にも詳しい、そうだなジョー?」
「ああ、ここは俺達の庭だ」
「よし。彼を道案内として連れて行け。孤児達を全員回収したら彼らを連れて王宮に帰投せよ」
「ハッ! 二名は閣下と孤児達の護衛に付け! 残りは周囲の捜索だ!」
「了解です!!」
護衛の隊長らしき男がテキパキと部下に指示を下す。
やはりトップが優秀だと下もそうなるのだろうか。
そんな事を悠が考えていると下水道の入り口から更に兵士が駆け込んできた。
「将軍、いつも最低二十名は引き連れろと言っているでしょう?」
兵の奥からハンカチを口元に当てたロベルトがくぐもった声で苦情を言う。
「そんなにゾロゾロ引き連れて歩けば、街の者が委縮するではないか」
「貴女の身を守る為です。まったく何で私がこんな悪臭の立ち込める場所に……」
「その臭いは実際に来なければ理解出来なかった物だ。それよりお前達も孤児の捜索に加われ」
指示を出すトレアを見ながら悠はそろそろかなと考えていた。
流石にこれだけミッションをこなせば事務員が切り替えるタイミングも掴めてくる。
“アーニャ、君に会えて楽しかったよ”
「ココ?」
“それじゃあまた、いつかどこかで……”
言ってみたかったセリフを口にした悠の視界は薄れる様に変わっていった。
「ココ?」
「ニャー」
悠の意識が抜けたココはアーニャの足に頭を擦りつけた。
「なんで……どうして喋らないの?」
「ニャー?」
不思議そうにアーニャを見上げるココを彼女は抱き上げた。
「なんで……なんで……ちゃんとお礼ぐらい言わせてよう……」
頬に流れた涙をココはペロリと舐めとった。
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