第56話 花は夜毎に狂い咲く(3)
陸は動けるようになった伊織を見て、自分の仮説が当たったのだと嬉しそうに笑った。
「ははっ!! やっぱ、言霊や! ミオちゃんすごいなぁ!! こんなこともできるんやな!」
「え、ちょっと……いいい意味がわからないんだけど!?」
「せやから、言霊やて! 月島くんについてたキラキラも消えてるで? 美桜ちゃんの言霊で月島くんがほんまに待て状態になっとったんや!」
「へ!?」
言霊はある意味、一番簡単な呪術である。
ただし、使い手によって効果は様々。
徐々に効き始めることもあれば、たった一言で効き目があることも。
美桜は無意識にそれをやってしまったのだ。
「言霊? は? 何を言ってるんだ? 一体何が……」
伊織は二人の話していることがさっぱりわからない。
早く説明しろとうるさい。
「まぁ、坊ちゃん、落ち着いてください。美桜様自身、まだ何が何だかわかってらっしゃらないようですから……」
東堂に諭されて、一応おとなしくなったが、やっぱり不満そうにしながら陸を睨みつける。
「すごいなぁ……それに、悪いもんやない。キラキラしてんねん。ミオちゃんの言霊はいいやつや。だから、わからんかったんや」
「それじゃぁ、もう一度、私が待てって言えば……?」
美桜は伊織に向かって、試しにもう一度伊織に「待って」と言ってみた。
「は? 何を待つんだ?」
だが、伊織は普通に動けるし、何も起きない。
「あ、あれ?」
(何も起きないじゃない……)
これには、陸も首をかしげる。
「キラキラがついてへん……なんでやろ? 偶然やったんか?」
これが答えだったのではないのか、はっきりはしなかった。
そのほかにも、いろいろな説を考えて見たが……なんだかどれもしっくりこない。
その内、考えるのに疲れているとすっかり夕方になっていて、美桜の腹の虫がなった。
* * *
月島家で夕食のシェフ特製の激ウマカレーをたらふく食べた後、東堂は美桜と陸をそれぞれの家に送り届けるために二人を車に乗せた。
「ちょっと、月島くんは乗らんでええやろ? しかもなんで真ん中におるんや。いくらでかい車やゆーても、わざわざ後ろに三人乗る必要ないやろ?」
「うるさい、文句があるなら、お前が助手席に行け!」
陸と美桜が近づくことが許せない伊織を間に挟んでだったが。
結局、陸が助手席に移り、後部座席で伊織は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
(全く……めんどくさいわね。この二人……)
先に陸を送り届け、その後美桜の家に向かう。
「なぁ、それで、結局、俺が動かなくなったってのはなんだったんだ?」
「いや、だからね、それがよくわからなくて……」
美桜は改めて、状況を伊織でもわかりやすいように説明したが、やっぱり止まっていた実感がまったくない伊織には理解できなかった。
伊織からしたら、急に瞬間移動していただけなのだ。
「お前の待てだけで、止まるとか……それじゃぁ、俺がまるで犬みたいじゃないか。じゃぁあれか? お手って言われたら、手が出るのか?」
「まさか……」
確かに美桜は呪いをかけることもできれば浄化して消すこともできる。
特に呪いをかける場合は、それなりに儀式的なことが必要だ。
昔の映像を見た人間が鬱になるように呪いをかけた時も、ぬいぐるみを使っているし……
何も使わず、言葉だけで簡単に呪いをかけられるとは思えない。
(そんなバカなこと……)
そうこうしているうちに、車は富士廻神社の前に着いた。
二人の会話を黙って聞いていた東堂は、車を停めてハザードランプをつけると、冗談のつもりで美桜に提案する。
「試しに、言ってみたらどうですか?」
「え?」
東堂は伊織の美桜に対する態度から、実はこの坊ちゃん、ドMなんじゃないかと思い始めている。
「お手ですよ、坊ちゃん、本当は美桜様の犬になりたいとか思ってるでしょう?」
「東堂! お前、何言って……!!」
ちょっと図星だったので、伊織は顔を真っ赤にして怒った。
「————お手」
美桜は冗談のつもりでそう言ってみたのだが、伊織の手が自然と動く。
伊織の意思とは関係なく、美桜の手のひらに、吸い寄せられるようにポンと手を乗せた。
「はっ!? なんだこれ……勝手に——」
「えええっ!?」
その後も、何度か同じように繰り返してみるが、美桜の言霊はすぐに効いたり、効かなかったり……成功率は100%ではないが、確かに伊織の体は勝手に動いた。
試しに東堂にもやってみたが、東堂にも同じことが起きていた。
(何これ……怖い! 私の力……一体どうなってるの?)
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