第6章 花は夜毎に狂い咲く
第54話 花は夜毎に狂い咲く(1)
「なーなーミオちゃん、僕と一緒に理科室行こうや」
「やめろ! 俺の美桜に気安く触るな!!」
(いや、あんたこそ気安く触るなし!)
あの蟲の事件以来、美桜は伊織だけではなく陸にまでつきまとわれるようになった。
休憩時間や移動時間の度に、伊織は陸から美桜を守るためだと常に美桜を後ろから覆いかぶさるように抱きしめている。
今も理科室に移動するだけなのに、番犬のように陸を睨みつけている。
「なんや、そんなこと言ってええんか? また呪うで?」
「ふん、お前がどんなに呪おうと、俺は美桜にずーっと触ってるから効き目ないぞ!!」
(あーもう……勘弁してよ)
伊織の息が耳にかかる度、美桜はびくりと肩を揺らしてしまう。
なんだかものすごくムズムズするし、ふわふわする。
以前は触られただけで拒否反応で吐き気を我慢していたのだが、それとも違う何か……別の感覚がして……それが何かわからなくて、美桜はただ込み上げてくる別の何かに耐えていた。
(だいぶ触られても平気になってたのに……どうしたんだろう、私)
「それに、俺は呪い逃れだからな! 美桜がいる限り、俺はもう夜もぐっすり眠れるし、最強なんだ」
「なんやそれ……君ら、もしかして、一緒に寝てるん? いやらしいわぁ……破廉恥さんやなぁ」
他の生徒たちからの視線も痛くて、美桜は今すぐ消えてしまいたいと思った。
確かに、一緒に寝たことがないわけではない。
でもそれは、決していやらしいものではなく、伊織が呪いや霊を怖がってうるさいからだった。
美桜は伊織が見える薬を再び飲んだせいで、また怖いものが見えると泣き叫んで自分を頼ってくると思っていたのだが、予想に反して伊織は効果がすっかり切れてしまった今も、美桜を頼って突然訪ねてきたりはしていない。
学校にいる間は、こうしてべったりくっついているけれど、それは美桜に気安く話しかけてくる陸を警戒してのことだ。
それに、陸でも対応できないならと蘆屋家の本家に伊織の呪いを頼んだ人物は諦めたようで、実際伊織の周りでは今何も起こっていない。
誰にも呪われていないし、夜もぐっすりと眠れているようで、伊織の肌艶は良くなりイケメン王子としての容姿の美しさに拍車をかけている。
「僕は別に、ミオちゃんとそーゆーことしたいとかは思ってへんで? ちょっと知りたいだけや。ミオちゃんの力がなんでそんな強いんか、本当は何者なのか……詳しく知りたいだけ……月島くんのようにいやらしい下心なんてちぃーとも持ってへんからな」
陸は陸で、その一件女子とも思える中性的な顔で男性恐怖症である美桜の視覚を混乱させてくる。
スカートを履いていなければ、やっぱり何度見ても女子にしか見えない。
学校へ来ると、毎日こんな感じで二人に絡まれて、今まで静かに平穏に心の中でだけ悪態をついていた美桜の周りはいつの間にか騒がしいけれど、楽しい日常に変わっていた。
美桜本人は気がついていないが、親友の沙知や祖母たちからは美桜は最近表情が柔らかくなったと思われている。
「もう、二人ともいい加減にしてよ! さっさと理科室行かないと! 月島くんも、いい加減離れてよ……歩きにくい!!」
ぷくっと頬を膨らませて、美桜はそう言ったが以前のように眉間にシワはよっていない。
「歩きにくい? それなら、理科室までお姫様抱っこで運んでやろうか?」
「何言って! ばっかじゃないの!?」
伊織は冗談でそう言いながら、抱きしめていた腕をパッと離すと、お姫様抱っこするフリをするために左手を美桜の膝裏へ伸ばそうとした。
「やめてよ、待って!」
美桜がそう言うと、その体勢のまま伊織は動かなくなる。
「はは、なんや月島くん! 待てでほんまに止まるなんて、まるで君、犬みたいやなぁ! ミオちゃんは君の飼い主なんか? ははは」
「…………」
素直に美桜の言うことを聞いたか伊織は、確かに陸のいうとおり犬のようだった。
しかし、伊織の体は本当に、ピクリとも動かなくなっている。
まるで時間が止まったように。
「え? あれ?」
(なにこれ……一体どうしたの?)
瞬きも、呼吸による体の動きもない。
「ね、ねぇ、どうしたの? 月島くん?」
「ん? なんや? どないしたん?」
笑っていた陸も、異常に気がついて伊織の様子をまじまじと見つめた。
「これ……止まって…………へんか?」
「なにこれ、え? なんで?」
伊織が、動かない。
「……どういうこと?」
とっくに他のクラスメイトは理科室に移動していて、三人しか残っていない教室には授業開始のチャイムが鳴り響いた————
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