第50話 月は見えずとも(9)


 美桜が見つけた古文書に書かれていたのは、蘆屋の者が使っていた呪いが妖怪へと変化したモノである。

 蠱毒こどくという、昔の中国で行われていた呪術で作る猛毒があり、それを作る過程で生まれたモノらしい。


(妖怪を退治するってことはしたことがないけど……————でも、やるしかない)


 あの蟲は、主人を主人にとって悪いものから守るようにできており、人を意のままに操ることができる。

 冨樫についていたのも、おそらく同じことで、冨樫が殺した人間の怨念から冨樫を守っていたのだ。

 陸に同じものがついているということは、冨樫と陸は蘆屋の呪具を使い、伊織を呪っている人物と関わりがあるに違いないと美桜は思った。


(蘆屋の人間が近くにいるなんて、危険すぎる————)


 最悪、あの蟲さえなんとかできれば……と、美桜は急いで学校へ。

 伊織が薬を飲んで、見えるようになったところで、どうにかできるようなものではなさそうだ。

 そうして、息を切らしながら校舎へ入ると、入院する前まではなかったものが目に入る。


(い……糸?)


 校舎中に、まるで蜘蛛の巣のように赤黒く怪しい光を放つ糸が……

 恐る恐る美桜が1本だけそれに触れると、ジュッと燃えるように浄化されたようで、触れた糸だけが消えた。

 美桜はそれに触れることができるようだが、美桜の正面から歩いて来た女性教師はそれが見えていないため体をすり抜ける。


「あら? 廊下で何してるの? 授業中でしょ?」

「せ、先生、あの……そのブレスレット————なんですか?」

「え? あぁこれ? 身につけているだけで、悪いことから守ってくれるらしくて——……今みんなつけてるから、先生も買ったのよ。小日向くんから」


 糸がそのブレスレットから出ていることに気がついて、美桜は沙知がつけていたアンクレットを思い出した。

 デザインはだいぶ違うが、蘆屋の呪具と同じものを感じる。


「ちょっと、貸してもらえませんか?」

「何言ってるの、ダメよ。これは肌身離さず身につけていないと効果がないんだから……」

「————じゃぁ、ちょっと触るだけで」

「え?」

「じっとしてください!」


 美桜に手首を掴まれて、女性教師は固まった。

 ただ触れただけなのに、ブレスレットが急に熱を持ち、パワーストーンが

 バラバラに飛び散ったのだ。


「……ちょっと!! あなた一体何を!!」


 教師は怒ったが、美桜は全く悪びれることもなく言った。


「これは呪具です! 悪いことから身を守るなんてとんでもない、これ自体が悪いものです!!」

「え?」


 おとなしい生徒だと思っていた美桜が、急に大声を出したため教師は怯んだ。

 そして、その時————


「きゃあああああ!!」


 教室の方から、悲鳴とともにドーンという大きな音が響き渡った。




 * * *




「おー……なんや、伊織くん、これが見えんのか?」

「あぁ、見えてるよ! お前、この学園の生徒に何するつもりだ!?」

「心外やなぁ……! 別になんもせーへんって。僕はただ、ちょっとみんなを使いやすいようにしただけやで?」


 糸は見えるが、伊織にはそれに触れることができない。

 伊織の動きで、見えていることがわかった陸は、最初は驚いた様子だった。

 しかし今は、ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべ、見えるだけで触れることができない伊織をバカにしている。


「伊織様!? 一体どうしたの!?」

「きゃあああっ!」


 糸も蟲も見えていない生徒からしたら、授業中の教室に入って来た伊織が突然暴れ出したようにしか見えない。

 伊織は近くにいた生徒の手首からブレスレットを無理に外そうとしたのだが、全く外れる気配もなく……それならばと、ハサミで切ろうとした。

 しかし、ブレスレットの紐が自動的にぎゅっと絞られ生徒の手首を締め付ける。


「痛い!! 何これ!!」


 それはどの生徒も同じで、伊織が誰か一人の生徒のブレスレッドに何かしようとすると、連動しているかのように他の生徒の手首のブレスレットも締め付けられていくようだ。


「痛い!」

「いやぁ!!」


 授業を邪魔された教師が、伊織を止めようとしたが、その教師の手首にもブレスレッドはついていて、締め付けられる。

 教室中がパニックだった。


「あーあ、せっかく僕が数日かけて準備したものなんだから、丁重に扱ってくれんと……月島くんは、せっかちさんやなぁ」

「何言ってるんだ!?」

「あんまりを怒らせんといてや。みんなの手首もげるで?」

「ドクちゃん??」


 陸は蟲を指差した。


「この子のことや。月島くんにも見えるんやったら、別の手を考えたんやけどなー……なんで急に見えるようになったん? 月島くんってびっくり人間か何かなん? あーそうか、だから本家の人間もうまくいかんのやな」

「……お前、さっきから何言って——……」

「まぁ、ええわ。悪いけど、僕は君を始末しなきゃいけないんよ。ちょっと作戦通りにいかんかったけど、まぁ、しゃーない」


 ————パチンッ


 陸が親指と中指をこすって指を鳴らすと、ドクちゃん——蟲が羽を鳴らして伊織の正面へ勢いよく飛んできた。


「ピシャアアアアアア」


 蟲の口から赤黒い何かが吐瀉され、伊織の顔に————


「きゃあああああ!!」


 急に伊織が倒れこみ、悲鳴が上がった————








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