第45話 月は見えずとも(4)
「————うるさい……っ!!」
「うわっ! びっくりした!!」
静かな病室……それも超豪華な特別個室に突然大きな声が響く。
あまりに突然だったため、伊織はびっくりして鼓膜が破れたんじゃないかと思った。
「大丈夫か? かなりうなされてたけど……」
「え……?」
美桜は何が起きているのかわからずに目をパチパチ。
見覚えのない天井に、片耳を抑えながらこちらをのぞき込む伊織の顔があった。
「怖い夢でも見たのか?」
「夢……?」
教室で倒れた美桜は、月島家お抱えの医師がいる病院へ運び込まれ、この特別個室のベッドの上で眠っていた。
医師の診断では、精神的ショックか極度のストレスによる反射性失神ではないかとのことで……美桜が目覚めるまで伊織はつきっきりでいたのだ。
なんだか美桜が苦しそうにうなされていて、何かをブツブツと寝言を言っていたため、伊織は聞き取ろうと耳を近づけた途端、大声ではっきりと「うるさい!」と言われてしまった。
(……今の……昔の夢だ)
あの時、富樫の背後にいた蟲と、陸の背後にいた蟲は確かに同じものの気がした。
富樫のあの蟲の後ろにいたのは多くの理不尽に失われた命たち。
当時、人殺しとは何か知らなかった美桜は、それがあの場で口にしていいことではないと知らなかった。
だが、今ならわかる。
あの富樫という大物俳優は、気さくで親しみやすいようなふりをしていたけれど、あの男は多くの人を殺してきた殺人鬼だ。
(あれだけ恨まれるって、かなり多くの人数を殺してたはず……)
普通、あそこまで多くの人の怨みが集まれば、それは呪いとなる。
呪い殺される可能性は高い。
だが、富樫にはそんな様子はなかった。
(あの蟲が、護っていた……?)
そんな考えが美桜の頭をよぎる。
正体がわからないものほど、怖いものはない。
触れれば浄化することができる美桜でも、あの蟲から感じる得体の知れない恐怖には身震いするくらいだ。
(そんな……まさか……ね)
「大丈夫か? 美桜?」
まだどこか遠くを見ているような、虚ろな目をしている美桜が心配な伊織がもう一度声をかけると、そこでハッと美桜は気がついた。
(ちょ……!)
「近い近い近い!! 近づかないでって、言ってるでしょ! 出て行ってよ」
「そう言われても……お前が手を離さないから」
「え……?」
やっと意識がはっきりして、美桜は自分の状況を理解した。
伊織の制服のネクタイの先をぎゅっと強く掴んだまま寝ていたようで、無意識に引張ていたのは美桜の方。
顔も近くなって当然だ。
「あ……」
(嘘でしょ……なんで私、こいつのネクタイ掴んでるの!?)
パッと手を離して、気まずそうに美桜は伊織から目をそらした。
* * *
「吉沢さん、大丈夫かな?」
「伊織様がついてるし、大丈夫だと思うけど……」
一方、美桜と伊織がいなくなった教室ではみんなが心配していた。
クラスメイトが突然倒れたのだから、当然である。
陸は美桜が倒れた原因が自分の背後にいる蟲であると、知ってか知らずかじっと空席になった二つの席を見つめる。
「そんなに心配なら、僕が占おうか?」
クラス全体に聞こえるような、大きな声でそう言うとニコニコと微笑む。
「あの二人の生年月日、誰か知ってる人おる?」
「私、知ってるけど……占いって、どう言うこと? 小日向くん」
沙知が陸に尋ねると、ニコニコとした笑顔から、ニヤニヤとした笑顔に変わる。
「なーに、僕も心配だけど、みんなはもっと心配やろ? 助かるかどうかわかれば、少しはみんな安心やろ? 前にいた学校でもなぁ、僕の占いは当たるって評判だったんよ。信じられないなら、そうやな……君のでいい。生年月日教えてみ。今日転校してきたばっかの僕が君のこと当てたら本物やと思わん?」
「それは……そうね」
沙知は自分の生年月日を陸に教えた。
みんなが見ている中、突然始まった占い。
それはズバズバと見事に的中し、美桜と伊織がいない間に、陸はすっかりクラスの人気者になっていく。
「すごい……どうしてそんなことまでわかるの?」
「すごいやろ? ミオちゃんより……」
「美桜ちゃん? え、どうして美桜ちゃんと比べるの?」
沙知は首をかしげる。
陸はそんな沙知の表情を見て、ニヤリと笑った。
「なんや、みんな知らんの? 神の子ミオちゃん……小さい頃、テレビでてたやろ?」
美桜がいない間に、美桜の隠していた過去が明かされていく————
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