第38話 恋と呪いは紙一重(8)


 美桜は感じた恐怖を認めたくなかった。

 こんなことは初めてだし、もしかしたら、何か悪いものにでも触れたか、取り憑かれてるんじゃないか————なんて可能性を必死で探す。

 沙知の問いに、適当に答えながら。


「その……ほら、うちって一応古くからある神社でしょ? それで……月島くんからお祓いの依頼を受けたってだけなの————じいちゃんが」

「お祓い?」

「その……なんでも、心霊スポットに行ってから調子が悪いとかで……」


 沙知は美桜の祖父が神主であることはもちろん知っている。

 それも、富士廻神社はこの地域では有名なパワースポットだ。

 お祓いの依頼が入ることは珍しいことではない。

 だが、美桜の方が祖父より力が強いことは知らないし、そもそも見えることすら知らないので、小首を傾げる。


「でも、それじゃぁなんで美桜ちゃんとあんなに親しいの?」


 美桜は顔は動かさず、目だけ動かして沙知のまわりを観察した。

 だが、それは沙知からしたら目が泳いでいるようにしか見えず、さらに問い詰められ、美桜はよくもまぁこんなに口からデマカセがでるなと自分でも驚くぐらい必死だ。


「えーと……その、別に親しくないよ!! なんか、あれなの……!! じいちゃんのお祓いがすごい効果があったとかで……その報告を一方的にされたっていうか……そんな感じで」

「……? よくわからないんだけど」


 小首を傾げたまま、二重の大きな目で見つめられて、美桜は罪悪感に駆られる。


(絶対おかしい……!! なにか、何かが変なはずなの……でも、何が? 見つからない……)


「と、とにかく!! 月島くんとは別にその……みんなが噂してるような変な関係じゃないから! さっちんだってわかってるでしょ? 私が男の人とうまく喋れないし、苦手なこと!」

「…………そうよね。美桜ちゃんは伊織様とお話するのも大変だものね」


 美桜の男性恐怖症っぷりは、一番近くで見てきた沙知が一番知っている。

 それを少しでも克服するために共学である月島学園に入れられたわけだが、美桜は女子のグループの中にしかいなかった。

 伊織とどうこうなるタイミングなんて、想像もつかない。


 なんとか沙知が納得してくれた途端、沙知のオーラが元にもどり、美桜は一安心。

 カレーを食べながら横目でチラチラとまた沙知を観察するが、やはり沙知におかしなところはない。


(……気のせいだった? 何かを……見間違えたのかな?)


「あ……」


 そう思いながら、カレーと一緒に食卓に並べられていたサラダのミニトマトを食べようとして、落としてしまう。

 ミニトマトはコロコロとテーブルの上を転げ落ちて、床で跳ね返ってテーブルの下に。


「あら、なにか落としたのかい? 美桜」


 祖母は美桜が体勢を低くしてテーブルの下を覗き込んでいるのを見て、そう聞いた。


「うん……トマトが————落ちて……」


 テーブルの下に入り込んだミニトマトを拾い上げたその瞬間、沙知の左足首に付いているものに気づく。


(糸……?)


 それは伊織が見た、あの髪の長い半透明のソレと繋がっている糸だ。

 長く伸びていて……先は壁の向こう側のようで見えない。


「ねぇ、さっちん……」

「なーに?」

「足首……に、何かつけてる?」

「あ、気づいちゃった?」


 沙知は靴下を下げて、美桜に足首を見せる。


「学校では流石に表に出せないと思って……バレないように中に入れてたんだけど……可愛いでしょ?」


 沙知の足首には、細いゴールドチェーンのアンクレット。

 赤い小さな宝石がついたハート型のチャームがついた、可愛らしいアクセサリーだ。


「ママの知り合いがね、占い師さんで……願いが叶うおまじないが掛けられてるらしいの。叶うまで外しちゃいけないって————」

「ちがう……」

「え?」


(呪具だ……)


 美桜はチャームに触れた。

 その途端、糸はプツリと切れて、アンクレットのチェーンも切れる。


「えっ!? 美桜ちゃん!? 何するの!?」


 チャームの裏に、小さな文字が刻まれている。


「蘆屋——……」


 それは、あの日本人形や指輪に刻まれていたものと同じものだった。




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