第29話 神の子と呼ばれた少女(9)
「清めの塩なら……ほら、この前みたいに東堂に買いに行かせればいいだろ?」
清めの塩がなくなったくらいで、なぜ美桜がこんなにもめんどくさそうな顔をしているのか、伊織にはさっぱりわからなかった。
東堂に買いに行かせなくても、贈り物にかけるのに美桜が用意した清めの塩なら伊織の家にある。
それを取りに行かせればいいじゃないかと思った。
「……あのね、この呪いをかけたのは私だって言ったでしょ? その塩が、私の力より浄化能力が上なら、効き目もあるけど————そんなもの滅多にないわよ?」
「え……それじゃぁ、お前が用意したあの塩は? 別のものなのか……?」
「……あれは、別の神社で作られた通常のやつよ。詐欺師が作った偽物ではないから、効果はあるけど……私のものと比べたら……ちょっと」
「そ、それなら、ささっと新しいの作ればいいだろ!?」
(このまま放置して、もしまたうっかり美桜の映像を俺が目にすることがあったら、またあの変なのに取り憑かれるかもしれないじゃないか! 呪いさえなければ、今日も見ようと思ってたのに……)
すっかり神の子ミオちゃんのファンになってしまってる伊織。
それに、祖母から美桜に起きた過去のことを聞いて、余計にあのまだ何も知らずに無邪気に笑っていた頃の姿が愛しくてたまらなくなっていた。
だが、当本人である美桜がものすごく嫌そうな顔をしている。
実は、この清めの塩を作るのには体力がいるのだ。
家庭で素人がフライパンで炒って作るようなものとは全然違う。
まる三日間寝ずに祈祷し、この神社に古くから伝わる舞を舞わなければならない。
そのことを知らない伊織は、美桜の顔があまりに不機嫌そうで、何も言わずに二人の会話を黙って聞いていた祖母の表情も曇っているように見えて焦った。
つい先ほど、美桜が嫌がるようなことをしたら、泣かせるようなことがあれば————と、釘を刺されたばかりだ。
(や、やばい。めっちゃ嫌そうな顔してる!! お祖母さんの方も、めっちゃ俺の方見てる!! 眉間にシワよってる!!)
————ポロリ
そしてなぜか、突然祖母の目から涙が……
「えっ!? お祖母さん!?」
「ば、ばあちゃん!? なんで泣いてるの!?」
祖母はハンカチで涙をぬぐいながら言った。
「美桜が……美桜が男の子とこんなに仲良くおしゃべりできるようになったなんて————!!」
(そこ!?)
あの男性恐怖症だった美桜が、こんなにも普通に伊織と会話をしていることが、よっぽど嬉しかったようだ。
「よかったわぁ……これでもう思い残すことはないねぇ。いつお迎えが来てもいいわ。あぁ、でもお式はあげて、花嫁姿も見ないと……!! ひ孫を見るまで……っていうのは、ちょっと欲張りかしらねぇ」
「何を言ってるの!? 一体なんの話!? ばあちゃん、しっかりして!!」
「ひ孫の初めてのお遊戯会までには、スマホの使い方を覚えて動画編集とかしちゃおうかしらねぇ……」
「ちょ……ばあちゃん!?」
泣きながら勝手に色々妄想を始めてしまった祖母に、美桜と伊織が慌てていると、ガチャリと勝手口のドアが開き、台所から居間へものすごく目つきが悪い上に、屈強そうな老人が入って来た。
「なんじゃぁ……誰じゃ貴様! うちのもんに何をした!!」
「じ、じいちゃん!!」
(じいちゃん!? え!? めっちゃ人相悪い!!)
目つきも人相も悪そうだが、立派な神主。
美桜の祖父だ。
「おじいさん……それがね、聞いておくれよ! ひ孫が生まれるんだよ!!」
「ちょっ……ばあちゃん!!!?」
祖母の発言に、祖父はカッと目を見開くと伊織を睨みつけ、伊織の胸ぐらを掴み持ち上げられる。
老人なのにものすごい力だ。
「貴様……ワシの大事な孫を手篭めにしたのかあああああああ!?」
「し、してないです!!!!! 東堂!! 黙って見てないで助けろ!!」
「あ、すみません。あまりに面白くて、つい……」
「ついじゃねえええええ!!」
吉沢家の居間は、とっても賑やかになった。
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