第11話 イケメン高校生と髪の伸びた日本人形(11)


 マネキンの首に巻きついた蛇の力はとても強く、ギイギイ、メキメキと音を立てる。


 声を押し殺しながらその光景を見ていた伊織は、あまりの恐怖に真っ青になり、今にも逃げ出したい思いでいっぱいだった。

 もしも、あれが何も知らずにいた自分だったらと考えただけで、ゾッとする。


 美桜がいいというまで、絶対に声を発してはならないし、この結界の中から出ることもできない。

 早く来てくれと何度も心の中で念じながら、待つしかなかった。


 自分の口を押さえる左手と、美桜に念のため持たされていた清めの塩を握りしめる右手に力が入る。



 シィィー……シィィー………


 そして、蛇はなんとも言えない不気味な声を発しながら、マネキンの首をバキッと折ってしまった。


「嘘だろ……っ!?」


 思わず声が出てしまう伊織。


 その瞬間、マネキンを締め付けていた全ての蛇が、一斉に結界の方を向いた。


「……あ……!」


 胴体に巻きついていた大蛇が大きく口を開き、鋭い牙を見せる。


「ま、待ってくれ……!!」


 黒い蛇が、敗れた結界の中にいた伊織に向かってくる。


 ズズズと床を這い、恐怖に体が動かない伊織の足元へ向かってくる————




「声を出しちゃダメって、言ったでしょ!?」



 部屋のドアが開き、飛び込んで来た美桜が伊織の前に立ち、蛇に触れる。

 真っ黒な蛇が美桜の手に触れた瞬間、光に包まれてスッと消えた。


 床を這っていた蛇は全て消えて無くなり、力が抜けた伊織はその場に腰から崩れ落ちる。


「あ、あんなもの……見せられて…………我慢なんて————」


 本当に怖くて怖くて、伊織の目から涙が溢れ出す。

 伊織はまるで小さな子供のように、自分よりはるかに小さい美桜に抱きついて泣いた。


「ちちちょっと……!! 放して!!」

「嫌だ!! いやだああああああ!!」


 子供みたいに泣いてるくせに、体は大人だ。

 美桜は抵抗したが、伊織は絶対に放してはくれなくて、美桜の胸元にすがりついて思いっきり泣いていた。



 * * *



「これが伊織様なわけないじゃなーい!」

「そうよ! 伊織様はこんな最低なことを口にするはずないわ!!」



 それから2日後、朝からあの動画の話題で持ちきりの中、渦中の髪の伸びた後の日本人形である美桜は、ほかの女子生徒や沙知にその話ができるわけもなく……


「はは……そうだねー」


 と、ごまかしていた。


(いや、あいつなんだけどさ。本当はそういうこと普通にいう最低人間なんだけどね!!!)


 いつも完璧な学園の王子様が、その最低なことを口にするような人間だなんて言っても信じてはくれないだろう。

 さらに、あんなにデカイ図体で、子供みたいに泣きわめくわがままな王子なのだなんて、普段のキラッキラの笑顔で人当たりの良いジェントルマンを演じている伊織からは想像することすら難しい。


 あれからすっかり夜眠れるようになったようで、今日は授業中の居眠りを伊織は一切していなかった。

 その代わり、ずーっと、斜め後ろの席の美桜をじーっと見つめていた。

 不意に目があうと、にっこりと微笑み返してくる。

 その度に美桜は気持ちが悪くて吐きそうになる。


(学校では話しかけないでって、言ってあるけど……本当に大丈夫かな)


 男性恐怖症である美桜の味方である女子たちは、みんな伊織のことが好きだ。

 もしも、伊織と一夜ならずも二夜もともに同じベッドで寝たなんて知れれば、大変なことになる。

 あの動画にモザイクがかかっていることが唯一の救いだったかもしれない。


(あーもう、だから、こっち見るな!!! 気持ち悪い!!)


 呪いの元凶であるあの日本人形も処分したし、もう伊織が夜眠れなくなることはないだろう。

 東堂が、あの呪いの人形を送って来た人物を調べると言っていたし、事件は全て解決したものと思っていた。

 もう美桜が伊織に関わることはないと思っていた。


 それなのに……



「ちょっといいかな?」


 キラッキラの笑顔の伊織が、食堂でカレーを食べようとしていた美桜の前に現れる。

 美桜の隣には、クラスで一番可愛いと噂されている沙知もいる。



「伊織様!?」

「ど、どうぞどうぞ! お座りください」


 6人がけのテーブルで、ちょうど一つ空いている席は沙知の前。

 そこに伊織が座ったものだから、誰もが伊織に声をかけられているのは沙知だと思った。


「吉沢さん、今日の放課後、うちに来てくれないかな?」


 頬を赤らめながら、もじもじしていた女子生徒たちが、目を見開いて、一斉に美桜を見る。


(え……?)


「大事な話があるんだ。来てくれるよね?」


 キラッキラの笑顔を崩さずに、噂のイケメン高校生はまた、髪の伸びた日本人形のような美桜を口説きにやって来たのだ。



「来てくれないなら、あの話、今ここですることになるけど……」


(あの話って、どの話!!!?)


 みんなに注目されている中、ここで話されてはならない話がいくつも脳裏をよぎり、美桜は真っ青な顔で頭を上下に降った。


「じゃぁ、迎えにいくから、よろしくね」


 脅されて真っ青な美桜とは対照的に、キラッキラの笑顔で伊織は食堂から去って行く。


(な、なんだっていうのよ!!!! もう、関わりたくないのに!!!)


 この後、一斉に質問攻めにあい、ごまかすのに必死で、美桜はカレーを一口も食べられなかった。


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