第8話 イケメン高校生と髪の伸びた日本人形(8)


「あの女……!!」


 シャワーを浴び終えた伊織は、タオルで頭を拭きながら、ものすごく怒っていた。

 こんな扱いを受けたのは、産まれて初めてだ。

 このイケメンすぎる顔に向かって、吐くとは……


「坊ちゃん、落ち着いてください。男性恐怖症について調べてみましたが、そんなに高圧的な態度では、ますます心を開いてくれませんよ。できるだけ、優しく接してください。いつもやっている、王子様を演じて入ればいいだけですよ?」


「それは……だって、あの女、俺の言うことを聞かないから!!」


 世間体を気にして、学園では王子様キャラを演じている伊織にとって、美桜は今まで接してきた女子たちとは何か違う。

 本能的に伊織はそう感じ取っていて、いつの間にか王子様キャラを忘れて素が出てしまった。


 本当は欲しいものは全て自分のものにしないと気が済まない、わがままな人間なのだ。


「それより、部屋はどうなった? 俺の寝室にあんなことをしやがって……!!」


 伊織が使い終わったタオルを苛立ちながら床に投げつけると、東堂はそれをやれやれと拾いながら、現状を報告する。


「坊ちゃんの寝室には明日、清掃業者を入れます。今夜は来客室をお使いください。吉沢美桜さんも、そちらに移しておきますので」




 * * *



 またメイドたちに風呂に入れられ、着替えさせられ、美桜はベッドの上に置かれてしまう。


(どどどどどどどどうしよう!! で、でも……あいつが悪いのよ!! 私に触るから!! あんなことするから!!)


 とんでもないことをしてしまった罪悪感もありつつ、真っ青な顔で座っているとガチャリとドアが開いて、先ほどまでブチギレていたのとは違う表情の伊織がつかつかとベッドに向かって歩いてきた。


 キラッキラの笑顔だ。

 でも、目の奥が笑っていない。


 それが余計に怖くて、身構える美桜。


「さっきは無理やり触って悪かったね。もう何もしないから、安心してほしい……」


(できるわけないでしょ!!?)


「俺は、ただおま……君に、助けてもらいたいだけなんだ。俺はただ、あの苦しみから解放されて眠りたいだけで、決して、決して君に対して何か悪いことをしようとか、そう言うことではなくて————」


 できるだけ優しく接するように頑張っている伊織に対して、美桜はプイッと顔を背ける。

 そもそも、美桜には伊織を助ける理由がない。


 なぜ苦手な男を助けなければならないのか……美桜は納得がいっていない。

 それに、せっかくの修学旅行を拉致されて、勝手に過去について調査されて……美桜にはなんのメリットもないのだ。


「せめて、こっちを見ろよ……」


「いいいい嫌です!!」


「一晩だけで、いいから……金でも、なんでも欲しいものがあるなら、いくらでも……——やる、から……だから……——っ」


 できるだけ伊織を見ないようにしていた美桜の視界に、黒く動くものが入る。


(え……?)


 ズズズっと音を立てて、床や壁を這う黒い蛇が、数匹、シィィー……シィィー………と鳴きながら、近づいてくる。

 昨夜自動販売機の前で見たものと、同じ呪いの蛇だ。


 ベッドの上にいる美桜にその蛇は触れることなく、床を這って、全ての蛇は同じ方向へ進む。


「……ちっ……時間か————っ……う」


 蛇が進む方向を見ると、伊織の体を黒い蛇が、締め付けている。

 伊織は苦しみながら、美桜の隣に倒れこみ、シーツを握りしめて痛みに耐えていた。


「……っ……う……——」


 気がつけば、時刻は深夜2時。

 黒い蛇が壁や床から現れて、伊織の体に絡みつき、締め上げる。


 美桜は伊織の体に巻きついた大蛇と、目があった。



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