第2話


 ――次の日曜。


 予定通り、ふたりは映画へ向かった。



 待ち合わせ場所で立つビャクヤは、イメージ通りの白いワンピース姿だ。

 どの一瞬を切り取っても絵になる。


 駅前の謎のオブジェ(?)の前で、ビャクヤと合流した朝凪ひの。

 彼が小柄なこともあって、周りからすればふたりのことは姉弟に見えているだろうか。少なくともデートとは誰も思うまい。


 微笑ましい視線を向けられているが、当人たちはどこ吹く風だ。

 見られることに慣れているビャクヤと、見られていることを気にしない朝凪ひの。いちいち周囲の視線にどうこう言うふたりではなかった。


 彼はラフな格好だった。

 一応、異性とお出かけなので気を遣ってこそいるものの(つまり近所のコンビニへ行く時ほどのラフさではない)オシャレはしていなかった。

 無難な服装でまとめている……毒にも薬にもならず、引っ掛かりがないファッションだ。なので話題に上げても弾みにくい。


 彼がそういうスタンスであると、浮いてしまうのがビャクヤだ。このデート……一応のデートが、勝負であると感じているのはビャクヤだけということになり……、


「…………」


「あ、早いね、待ったでしょ」

「いいえ、今きたところよ」


 と言いつつ、実際は十分前には立っていたけれど。


「そっか……待たせたみたいで、ごめん」


「? ……だから、今きたところ、」と言いかけ、少し前から待っていたことを知っていたのか、と思い至る。


 同時に、彼も早めに来ていたことになるが、約束の時間にわざわざ合わせたのは彼なりの気遣いか。

「早めに行っても迷惑かもしれないし」と彼なら言いそうだ……いやたぶん言う。ビャクヤも彼のことを分かってきたところだ。


 ……色々と先を行かれているな、と悔しくなった。彼に自覚はないだろうけど。


「睨んでないでさ、ほら、行こう。ネットで予約しておいたからすぐにチケットが取れるはずだよ」


「え、予約? ……わたしが先に予約してたらどうするつもりだったの……」


「? だったら好きな方のチケットを使えばいいんじゃないの?」


 先払いなので損するではないか、とは思い至らないのか。いいや……損を想定していないところ、彼の懐の大きさが見えた。


 彼の考えかもしれないが、大人の経済力と知識が見え隠れしている。親に仕込まれたのかもしれない。

 それを素直に実践するあたり、彼の素直さが出ていて、ビャクヤが「う、」と、ちょっとだけ胸を撃ち抜かれた。


 結果、バレているけど、さり気なくやっているところが、彼らしいし、彼らしくないとも言えるし……「うん、良いね……」


 ビャクヤは弱味を握られたことを、まだ気づいていなかった。


「じゃあ行こうか、白姫さん」


「うん、行きましょうか、朝凪くん」




 ――映画を見終えて。


 ホラーではあるが、話が面白く見入ってしまったビャクヤは、お約束である「きゃーこわーい」な密着ができなかった。

 単に映画を見て楽しんでいた……それでいいのだけど。これはデートであることを忘れてはならない。


 デートなのだから……朝凪ひのを落とすための作戦なのだから、見るべきは映画ではなかったのだ。


 大チャンスをふいにしてしまったことに気づき、ファミレスで落ち込むビャクヤ。……映画の後に入ったのはオシャレなカフェではなく――ファミレスにしたのは彼のセンスである。


 背伸びしがちな男子は背丈に合わないオシャレなお店を選んで場違いを経験するものだが、彼は最初から慣れ親しんだ場所を選んだ。

 学生ならこういうところが性に合っている……それを肌で感じ、分かっているのか。


 すると、彼が周囲を見回しながら一言。


「そう言えば、ナンパされないね」


「わたしほどになると逆にナンパはされないのよ。自分こそが一番カッコいい、と思っている人しか挑んでこないんだから……そのへん、分を弁えているわよね」


 先ほど、ドリンクバーで彼と一緒に混ぜたオリジナルブレンドのドリンクを飲みながら。


「あ、これ美味しい」と呟けば、「もう作りかた忘れちゃったけど」と彼が答える。……なにをどれくらい入れたのか、さっきのことなのにもう遠い昔のようだった。


 視線こそ集めているが、ビャクヤに声をかけようとする男はいなかった。現役アイドルですら自分自身がアイドルをしてもいいのか、と躊躇してしまうほどの美貌だ。


 宇宙人ゆえに――ビャクヤは住む世界が違うと思われている。スペックの高い低いではなくそもそも器自体がまるっきり違うように。


 彼もそうなのだろうか。住む世界が違うから……だから声をかけてこない、と??


 それもあるかもしれにが、ここまで露骨にビャクヤから声をかけ、好意を示していると言うのに、どうしてなにも思わないのか。思ってくれないのかっ。


 がまんしているわけではなく、自分を卑下しているわけでもない。ビャクヤの美貌を見ても一切の興味がなく。……ビャクヤよりも、単に個人に興味がない可能性も、まああるだろう……彼の美的センスは普通とは違うのかもしれない。


 映画を見たことで遅れた昼食を食べながら。


「朝凪くんの好きな女の子のタイプは?」


「……んー、美人」

 と、素直に答えてくれた。

「可愛い子でもいいけど……背が高くて頭が良くて、包容力がある……お金もあるといいかもね。だから稼げる子……明るく元気、嘘をつかない……気遣える女の子、かな……」


 並べられた条件。

 聞けば聞くほど、ビャクヤは叫びたくなった。


「いやわたしはぁ!? ある程度は当てはまってるわたしが目の前にいるけど!?」


「白姫さんはちょっとない」


「なんでよッ!」


 声を荒げてしまった。

 ついつい立ち上がってしまい、他の客の注目の的となったビャクヤが……「おほん」と咳払いをして落ち着きを取り戻す。ゆっくりと席へ座った。


「それは……どうしてかしら」

「…………ふむ」


「答えられないの?」


 さっきまでの空気が嘘だったみたいに、険悪な雰囲気だった。


 ビャクヤではダメな理由を、朝凪は言えなかった。


「…………なんとなく……?」

「むかっ」


 答える気がない(しかも誤魔化す気もない)朝凪に愛想をつかしたように――ビャクヤが席を立った。


 しかし気にはしているようで、彼のことを視界には入れながら、食べた分のお金を置いて、


「もういいから。わたしっ、帰る!」


 ノリで水をぶっかけてやろうかと思ったが、踏みとどまって……店を出る。


 すぐに追いかけてきてくれることにちょっと期待をしながら。

 しかし、彼は店から出てこなかった。しばらく待っても彼の姿は見えず……「チッ」と舌打ちをして……。

 どうして彼のことでこんなにもイライラしているのか、理由を自覚しながらも、だが認めたくなくて……彼女は駅前まで向かった。


 今日、彼と待ち合わせたオブジェ前まできたところで――――



「……え?」


 そこで、黒スーツ姿の、他の惑星の――宇宙人と遭遇した。

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