Remort Surveillance

 マグロ、サーモン、タイのを買物カゴに入れて、僕はルナに「イカも入れようか?」と聞いた。無言で頷く彼女に異論は無いと見える。あとはイクラと蟹缶、そしていろどりにスナップエンドウや錦糸玉子なんかも入れたい。


「フタヒロさん、これも買っていいですか?」

「かまぼこ? 構わないよ」


 都梨子とりこの大好物がカゴに投入される。

 そう、僕たち三人は、モールの中にある大型スーパーに来ていた。専門店の並ぶフロアでルナの服を買ったり、都梨子とりこがハマっているアニメの原作漫画の最新刊を買ったりと、久しぶりに色々と歩き回った。

 メインはちらし寿司と決めてあるけど、それ一品では寂しい。今日は少し趣向を凝らして、ちょっとずつ食べられるようなものも用意してみようと思う。都梨子とりこがカゴに入れた蒲鉾も、その一つに入れることとしよう。


「…………」

「ん? どうした、ルナ?」


 ルナが僕の袖を引っ張って、鮮魚コーナーの向かいにあるワゴンを指さした。そこには複数の主婦(であろうマダムたち)が屯し、何やら殺気立った雰囲気で中のものを取り合っていた。


「おぉ、ワゴンセールか。何が安かったのかな?」

「天ぷらっぽい感じですかね。エビの尻尾が見えました。あぁ、それだけじゃなさそうですよ、ここで作ってるお惣菜を色々と出してるみたいです」

「…………!」


 ルナがポケットからスマホを出して、僕に手渡した。耳に当てるよう促されたので従ってみると、スマホのルナが「万引き、見っけ!」と囁いた。

 今は探偵業をやっているが、これでも昔は警察官だ。万引きと聞いて無視するわけにはいかない。その声は都梨子とりこにも聞こえたようで、現役警察官の彼女もスッと目付きが凛々しく変化した。


「ルナ……どの人だ?」

「グレーのカーディガンを着た髪の長い人。今、映像を出すね」

「は? 映像?」


 咄嗟にスマホを耳から放し画面を見れば、そこには長い髪を後ろで束ねた女性の横顔がアップで映し出されていた。顔の輪郭に合わせて四角い枠が黄色く光っていたけど、すぐ赤色に変化してチカチカと点滅しだした。


「何これ? いつの間に? どうやって撮ったの?」

「私は撮影してないよ。ここの監視カメラに繋いだだけ」

「つ、繋いだだけ……って」


 随分と、簡単に言ってくれるじゃないか。

 スーパーの監視カメラとLUNAシステムを繋げて、その映像を自由に操作することまでできるとは……彼女の凄さは少しずつ理解してきたつもりだったけど、まだこんな技術を隠し持っていたのか。

 しばらくすると万引き犯の画像が小さくなり、解析終了とばかりにその女性のプロフィールが出てきた。名前から住所、連絡先と家族構成……驚くべきは万引きの犯行歴が、画面の一番上にアラートとなって表示されていることだ。とりあえず、万引きの常習犯というのは確定だ。さらに彼女の詳細を知りたければ「ここを押してね」みたいなボタンまで出ている。マジで何これ?


「フタヒロさん、対象者が現場から離れようとしてます」

「おっ! あぁ、あの人か。都梨子とりこ、どうする?」

「どうするも何も、現逮げんたい(現行犯逮捕のこと)です!」

「そうだよな。まぁ、騒がれないようにやるぞ」

「はい」

「…………!(かっこいー!)」


 都梨子とりこは追尾、俺はルナと一足先にサービスカウンターへカゴを預けて、スーパーの出口で待ち構えることにした。しかし、ここの出口は三ヶ所ある。すんなりと僕らの待つところへ来てくれるとは限らない。

 そこでルナは「このスマホで追いかけられるよ」と、スーパーの監視カメラであろう映像を複数に割って画面に出した。その内の一つに、万引き犯の後姿が何知らぬ顔で映っていた。まだ買い物を続けている……さらに犯行を重ねる可能性も高そうだ。

 案の定、別の棚でも小さな菓子箱をカゴではなく自分の袋に入れたりして、じっくりと店内を徘徊していた。レジで会計を済ませるまで、合計六回の犯行がスマホで確認することもできた。ルナ曰く「全て録画してある」そうなので、もし取り逃がしても心強い。


「この位置から店を出るとなると、俺たちも向こうへ移動した方がいいな」

「ううん、このまま待ってても大丈夫。お店の中で移動していたルートと、あの人の性格を取り合わせて分析したら、向こうの出口よりもこっちに来る確率が高いよ」

「確率?」

「高いって言うか、確実」

「そんな行動分析までできるのか?」


 半信半疑で待機してたら、本当に僕たちの待っていた出口にやって来た。都梨子とりこもしっかりとマークしている。あとは店から出るところを捕獲するだけだった――。


 三十センチに満たない真四角のお盆に大ぶりの笹の葉を斜めに添えて、その上に枝豆、かいわれと竹輪のマヨネーズ和え、鶏のつくね、茹でたブロッコリーや皮を剥いたプチトマトなどを少量ずつ盛り付けていく。左側の空いたスペースにはメインのちらし寿司を盛った小ぶりのお椀を置き、右側にはサイコロ状にカットした高野豆腐が乗った豆皿を乗せた。都梨子とりこの好きな蒲鉾も忘れちゃいけない。


「お待たせ。今日はちらし寿司御膳だよ」

「わぁ! なんだか素敵!」

「…………!」


 このお膳で欠かせないものが一つある。山葵だ。実は、ここに乗ってる全てのメニューに、何かしらの山葵の片鱗が散りばめられている。枝豆は、冷凍ものを自然解凍する時に、ぬるま湯へすりおろした山葵と塩を入れたもの。皮の中までは染み込んでこないが、口に含んでキュッと中身を出す時に爽やかな香りが広がる。


「いつもの枝豆と違いますね! 日本酒にも合うわ!」

「ルナ、このくらいだったら山葵も大丈夫かな?」

「…………(ツーンときそうで、こないのがクセになりそう)」


 うんうんと二度も頷いて食べてくれた。もちろん、ルナの分は山葵の分量を少なめにしてある。口に入れた時のツーンとした感覚が苦手な人は多いけど、分量さえ間違えなければ、どんな料理にも合う万能のスパイスなのだ。中には山葵を「スパイスでは無く植物だ」と言う人もいる。しかし、僕は歴としたスパイスだと思っている。

 山葵は、日本酒との相性も良い。今日は徳利とお猪口を用意して、僕と都梨子とりこは日本酒を、ルナにはジャスミン茶を用意して、いつもとは違う夕飯を楽しんだ。


「このマヨネーズにも山葵が混ざってるんですね」

「うん。横にあるブロッコリーやトマトを、それで付けて食べたら美味しいよ」

「…………?(つくねにも?)」


 僕の答えを待たずに、つくねをパクッと口に放り込むルナ。むちっとした食感だけだと物足りないので、細かく刻んだ山葵を練り込ませて爽やかさを足してみた。彼女の口にも合ったようで、ちらし寿司のお椀と交互に味を楽しんでくれている。

 もちろん、すりおろした生山葵も忘れてはいない。こちらは、蒲鉾や高野豆腐にちょこっと乗せて食べてもらう。都梨子とりこも大好物の板わさを前に、至極ご満悦だった。


「これだけ山葵でアレンジしたおかずがあると、ちらし寿司そのもののイメージも変わりますね」

「そう言ってもらえると、ちらし寿司も喜ぶよ。ところで、ルナ。ちらし寿司をリクエストしたのは、何か特別な理由でもあったのかな?」


 ただ「食べたい」というだけでは、中国出身のルナにちらし寿司なんてメニューは出てこないはず。何かしらの経験や記憶が、彼女にそれを選ばせたんだろうと推測した。都梨子とりこは「何でもいいじゃない。探偵さんの推理に付き合わなくていいよ」とか言って蒲鉾をモグモグさせていた。しかし彼女は、少し考えた素振りを見せると、スマホに一瞥して目を閉じた。


「特に思い出とかは無いよ。ちょっと前に、新聞の広告で見たんだ。私の住んでる所では見たこともなかったから気になっただけ。でも凄いよね、調べてみたら日本中に色々なスタイルのちらし寿司があるなんてさ。フタヒロさんが作ったら、どんなのができるのか興味が湧いちゃって……」

「フタヒロさんの推理、全然ダメでしたね」

「ははは……まぁ、嬉しいことに変わりはないよ。具材はまだあるから、食べたいものだけでも取って乗せちゃいなよ」

「…………!(はーい!)」


 そういえば、今まで探偵業をやってきた中で、あまり推理するってことが無かったなぁ。ハズレて当たり前か……ルナのシステムと協力し合えば、推理の精度も上がったりして?

 しかし、今日も驚かされたよ。検索、監視、分析、まだ他にも凄い機能を持ってそうな気がする。本当に僕の仕事を手伝って欲しいくらいだ。とはいえ、万引き犯を捕まえるのも含めて、しがない探偵業で役立たせるには勿体ない。

 やはり、国や警察で……いやいや、それをルナが望んでいるとは思えないし、そもそも利用されるのだって嫌かもしれない。まだ二十歳にも満たない少女なのだ、もっと他のことに目を向けてもらって、これからの人生を楽しんでもらいたいと望むのが正解だろう。



 君もそう思うだろ……ジェーン。



 見上げた天井の先で、前に保護したことのある女性の顔が浮かんだ。

 彼女も「そうよね」と応えてくれたような気がした――。

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