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 まず、ルナにはキャベツのみじん切りをお願いした。包丁を使わずに手早くみじん切りができるアイテムを、僕は前から持っていた。自分ではなかなか使う機会がなかったが、ようやくここで『びゅんびゅんチョッパー』が日の目を浴びることになろうとは嬉しい限りだ。

 簡単にザク切りしたキャベツをボウルに放り込み、あとは「少しずつチョッパーの中に入れて、びゅんびゅんやってくれ」とお願いした。細かくしたい食材を容器に入れ蓋をし、あとは取手付きの紐を引っ張っては戻すことを繰り返せば、食材はみるみると細かく切り刻まれてゆく。力を抜けば紐が勝手に戻ってくれるので、容器の中にある三枚刃にさえ気を付けておけば、子供でも簡単に扱える便利アイテムだ。ルナも上手に、そして楽しそうにびゅんびゅんしてくれた。その間に、僕は餡にするキャベツ以外の材料を用意することに専念した。


「これで、餡は良し! 次は皮で餡を包む作業を一緒にやろう」

「りょっ!」


 ルナの言葉使いは、すっかり口調にアップグレードされていた。彼女が喋れるようになって数日、あまりに丁寧な言葉使いだったので、都梨子とりこが「変更できるなら、もう少し感じにしてみたらどう?」と言ったのがきっかけだった。かしこまってないで、もっと十代に相応しい喋り方にしたらどうかと、彼女は勧めていたようだ。ついでに「トリコ」と発音が変だった部分も、何度も言い聞かせて修正させていた。

 彼女の凄いところは、パソコンのスキルだけではなかった。皮で餡を包む手際の良さが素晴らしかった。流れるようにひだを作って閉じていくのはもちろん、皮に乗せる餡の量も絶妙だった。さすがは中国出身といったところだろうか、仕上がりの見た目も申し分ない。


「わぁっ! ルナちゃん、上手ね」

「ほんと、僕よりも上手く包んでるよ」

「えへへ」


 都梨子とりこも手伝いに来てはいたが、もともと料理は得意ではないので、頃合いを見て「私の出番は無さそうね」とニコニコしながらリビングへと行ってしまった。

 しばらくは静かだったが、何かに気付いた様子で、僕のノートパソコンを持ってきながら「ねぇ、これって電源が入ってなくても、ルナちゃんは話せるの?」と聞いてきた。確かに畳まれた状態で、電源が入ってるようには見えない。


「うん。今はスマホがあれば大丈夫なように設定してあるよ」

「じゃあ、もうパソコンは不要ってこと?」

「みんなと話すくらいなら要らないよ。それを使う時は、検索とかかなぁ」

「検索?」

「するでしょ? 検索。フタヒロさんもしない?」

「まぁ……するけど。スマホでもできるような」


 両手が餃子作りで塞がっていたルナは、都梨子とりこに「ちょっと立ち上げて」と言ってパソコンを起動するようお願いした。ディスプレイの壁紙が、いつのまにか可愛い水玉模様になっているではないか。まぁ、好きに使ってくれと言ったから文句は無いけど。

 スマホのルナが「サーチ、オープン」と命令すると、水玉模様のディスプレイが少しずつグレーの無機質なデザインへと変化し、中心に検索ワードを入力する画面が現れた。


「じゃあ、誰でもいいから検索したい人を言ってみてよ」

「……人?」

「うん。これで検索するとね、とことん調べてくれるよ」

「誰でも……いいのかい? 都梨子とりこ、誰にする?」

「うーん。いざ、誰でもって言われると、すぐに名前が浮かばないものですね」

「じゃあ、フタヒロさんでいいんじゃない? 都梨子とりこさんも、今まで知らなかったフタヒロさんを見つけちゃうかも?」

「げっ! それは……あ! おい、都梨子とりこ! やめろってば!」

「さーんせーい! ルナちゃん、かしこーい!」


 僕の制止も聞かず、都梨子とりこは検索欄に「関川二尋」と入力してしまった。ルナも余計なことを言わないで欲しい……そんなワクワクするような目で見られても困る。


 ほどなくして、検索結果が出た。

 僕の一般的な個人情報から始まり、補導を含めた犯罪歴、そして警視庁外事課時代の検挙率、さらには過去の学歴や職歴から派生したサイドストーリーまで、ずらずらと出てきた。調書なんて存在しないはずなのに、何で僕の初恋の相手が幼稚園の園長先生だったことまでわかるんだ?


「ほぅほぅ、フタヒロさんの初恋の相手って園長先生だったんですか?」

「園長先生、ウケるー! 担任の先生じゃなくて、園長先生だってぇ!」

「だ、誰だっていいじゃないかっ!」


 あの時の園長先生は、母親よりも若く、そして綺麗に見えたんだよ。しかも、僕だけに優しかったんだ……たぶん。

 そんなことより、ルナの開発したLUNAは、そこらのシステムとは比べるに値しないほど優秀だった。これだけ膨大な検索結果を瞬時に引っ張り出せる処理の速さも凄いが、それ以上に文字データで蓄積された情報とはが結果として出せるパフォーマンスが脅威だった。


「その気になれば……何でもわかっちゃうわね」

「これは凄いよ。というよりも怖いくらいだ」

「園長先生……今は沖縄で静かに一人暮らしをしてるみたいだよ。ぷぷぷ」

「ルナ、止めてくれ」


 国家が欲しがるのは、思念を声に出して発声できる技術ではなく、こっちかもしれない。人をべるための切り札とも成り得るこのシステムは、己の手に入らなければ抹殺した方が良いほどの魅力がある。

 しかし、これだけのパフォーマンスを、僕のノートパソコン一台で賄っているのは信じ難い。いくら新調したものとはいえ、そのスペックは玄人には物足りないと思えるレベルだ。


「これだけの処理をすると、フリーズとか煙が出たりとかしないのかい?」

「大丈夫、大丈夫! 私の作ったオリジナルのクラウドサーバを経由してるから。フタヒロさんのパソコンには、必要なデータしか反映されてないわ。もちろん、セキュリティはバッチリよ」


 検索結果が消え、画面中央からブイサインのイラストが迫りながら広がった。僕の過去を見て笑ってる都梨子とりこは良しとして、目黒さんだったら犯罪捜査の要として欲しがりそうな代物だ。


都梨子とりこ。この件、目黒さんには報告しないでくれるか」

「え? どうしてですか?」

「僕から直接言おうと思う。それまでは、黙ってて欲しい」

「うーん。フタヒロさんがそう言うなら……」

「さぁ、これで餃子も完成だ! あとは、焼いて食べるだけだぞ!」


 ルナにはパソコンをシャットダウンしてもらい、都梨子とりこには皿を並べてもらい、そして僕は餃子を焼き始めた。フライパンの上で円状に敷き詰められた餃子が、パチパチと音を立てて水分を飛ばしている。

 ここだ! というタイミングで油を鍋肌から回し入れ、フライ返しを使いながら軽く揺すって餃子の接地面を浮かす。これで焼き色もバッチリだろう。


「いよっと!」

「わぁ! フタヒロさん、うまーい! 綺麗に焼けてる!」

「…………! (すごーい!)」


 皿へ返すタイミングも完璧だった。味見しなくても色と匂いだけでわかる、これは間違いなく美味い「フタヒロ餃子」の完成だ。僕は二人に「先に食べててくれ。残りの餃子も焼いちゃうから」と言って、都梨子とりこに出来上がった餃子を食卓へと持ってってもらった。

 背後で「美味しーい!」とか「なにこれ!? 上海でも食べたこと無い味!」とか騒いでいる。三人で作った特別な餃子だ、一人で食べるだけでは味わえないだってあるというものだ。


 全ての餃子を焼き終えた僕は、事前に仕込んでおいたものを冷蔵庫から出し、余った餃子の皮を使ってを作り始めた。

 皮を十秒ほど湯通ししてから氷水で締め、仕込んでおいた具材(ネギトロ、たくあん)をそれに乗せて巾着状に包んでいく。そして、巾着の上に少量のイクラを乗せて終わりだ。焼かず、蒸さず、それでも立派な餃子の一種だった。


「これも食べてみてよ。美味しいよ」

「何ですか? 可愛いー!」

「お刺身餃子ってやつだ。醤油で食べるのも良いけど、こっちのタレも合うよ」


 お刺身餃子は、一般的な餃子と違って、具材それぞれの異なる触感と皮のモチモチ感を楽しんでもらうものだ。マグロとイクラには醤油だろうと思われがちだが、レモン汁と五香粉(山椒、クローブ、シナモン、スターアニス、フェンネルからなるミックススパイス)で仕上げた特製のタレだって美味しい。ホットな焼き餃子とクールなお刺身餃子、全く趣向の違う餃子でも、このタレは万能なんだと二人に知ってもらいたかった。


「わぁ! 爽やかです! これ、クセになるかも!」

「…………! (やるじゃん、フタヒロさん!)」


 美味しいものを食べている時って、本当に幸せな時間だなと思う。

 そして、これが団欒というものなのだろう。ルナのおかげで、うの昔に忘れていたものを思いだした――。

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