Bring back Memories

 僕とジェーンは、デート先で見つけた写真館と呼ばれるところにいた。

 一番の売りは、外国人観光客が日本の文化を着込んで記念撮影をするサービスなのだが、その他にもパスポートなどの身分証明に七五三、そしてウェディング関係の撮影サービスなど幅広く手掛けている店だった。


 ジェーンは、店の入り口に貼ってあった「プリンセス・プラン」という新キャンペーンに食いつき、僕に「お姫様になりたい!」と言い出してグイグイと店内に入ってしまったのだ。お姫様願望があったとは驚きだが、こんなに積極的になった彼女にも驚きだ。ちょっと珍しい反応だったので、興味本位で入ったのが運の尽きだった。


「私、このドレスにしようかなぁ」

「あぁ、いいんじゃない? 僕はこの色も似合うと思うけど」

「どれ? あ、可愛い! このヒラヒラがお姫様っぽいね」


 想像以上に本格的な「プリンセス・プラン」だった。ドレスの種類も豊富で、ティアラやネックレスなどの宝飾類も充実している。これらの中から気に入ったものをチョイスして決めていくのには、けっこう時間がかかりそうだ。それをサポートするための店員さんなのだが、担当してくれた人は少し頼りにならなそうな人だった。事あるごとに小首をかしげて「そうですねぇ」とか「それも素敵ですぅ」と、ジェーンと一緒になって決めかねている。ネームプレートには「悠木詩」と書かれてあった。珍しい名字だ。何という読み方なのだろう? 「ゆうきし」? 「ゆきし」?


 突然、僕の耳が引っ張られた。痛くはなかったが、条件反射で「いてて!」と言ってしまう……ジェーンが「どこみてるの?」と頬を膨らませていた。どうやら、悠木詩さんの胸ばかりを見ていると勘違いされたようだ。あらら、悠木詩さんも僕たちの会話に気づいて胸元を両手で隠しちゃったよ……違うのに、胸の立派さなら、ジェーンの方が上なのに。二人とも勘違いしちゃダメだ。そして、僕は胸の大きさに左右されているという勘違いも起こしちゃダメだ。


「ち、違うよ。ほら、なんて読むのかなぁって、名前が珍しいなってさ!」

「名前?」

「こちらの店員さん、珍しい名字だなって思ってね。ネームプレートを見ていただけだよ。ほら、なんて読むかわかるかい?」

「私に漢字がわかるわけないでしょ! まったくもう!」


 そうだった。ジェーンの日本語レベルでは、難しいを通り越して別の言語にも感じてしまうだろう。彼女が僕を呼ぶときに下の名前で呼ばないのも『二尋』という漢字が読めないからだ。僕の方から「フタヒロと呼んで」とは恥ずかしくて言いづらかったので、今になっても「関川君」という呼び名でまかり通っている。彼女が名前で呼びたいと言い出したら教えてあげればいいかと思っていたけど……やっぱり僕から言い出さないとダメかな?

 僕は「申し訳ない」と悠木詩さんに平謝りして「なんて読むのですか?」とネームプレートの読み仮名を聞いた。


「ゆうきうた、ですけど」

「ゆうきうたさん? やっぱり珍しい名字ですね。聞いたことがないです。下の名前は何というのでしょうか?」

「うたです」

「え? ゆううきうた、うたさん? それはまた……」

「名字がで、名前がです」

「…………」


 だそうです。

 ジェーンも悠木さんも「何だこいつ?」みたいた目で僕を見ている。たまれなくなってきたので、僕はトイレへ逃げ込むことにした。しばらくは、女同士でドレスの良し悪しを語らってもらうのが良さそうだ。


 トイレから出ると、ジェーンはドレスを決めたようで「今、ご試着中です」と悠木さんが言ってくれた。誤解も解けたようで、さっきのご機嫌斜めな様子は一切見られない。僕はホッと一安心してドレスの試着が終わるのを待とうとしたが、次いで悠木さんが「お客さまのご試着分も用意いたしました」と言い出し、僕を試着室へと連れて行こうとする。


「僕……のも、あるのですか?」

「はい。彼女さんのご希望で。是非にと」


 プリンセスに合わせた王子様用のタキシードとかがあるのかな? まぁ、男性用のフォーマルだと、それほど奇抜なデザインは無いだろうから、付き合いで着てあげようかと思った。しかし、試着室に入った瞬間、僕は固まった。


「す、すいません!」

「はい?」

「こ……これを着るのですか?」

「はい。是非にと。私も見るのを楽しみにしていますよ」


 そう言って、露骨に悪戯な目つきを見せる悠木さん。やられた……女同士の企みは恐ろしい。僕にまでを着せようとしているのだ。前にジェーンから「関川君は顔立ちも整っているから、女の子の姿になってもキレイよ」と言われたことがある。背丈もあるので、モデルさんのように見えるかもと褒められたっけ。

 半ば聞き流していたけど、まさかここにきてお姫様の姿にさせられるとは思わなかった。反論したいが……さっきの二人に対する無礼が許されるのなら、二択は許されないだろう。やるしかない。


「似合う! 似合うよ、関川君!!」

「ぷっ! くふふっ、お似合いですよ。とっても」


 こらえることなく笑う悠木さん。

 目をキラキラさせて「似合う!」と連呼するジェーン。

 完全にハマった。もう、どうすることもできない。二人の成すがままにアクセサリーなどを着けさせられた。あれもいい、これもいい……あぁ、そっちも可愛い。そうですか、僕は可愛いですか? できれば男前な一面を見せたいのですが、すっかりお姫様にされてしまいましたとさ。


「これ着て一緒に写真撮ろうよっ!」

「えっ!? それは……いやっ、ちょっと待って」

「さぁさぁ、こちらの壇上にお上がり下さい。はい、もっとくっついて! いいですねぇ! 二人とも姉妹みたいですよ。ぷっ、ぷははっ!」


 悠木さんはノリノリでシャッターを切っていく。しかも、ジェーンからスマホを借り出して、そっちで撮影まで始めてしまった。撮影は十数枚ほど続いたけど、きっと僕の顔は一つも笑ってないだろう。


「あー、楽しかった! ありがとう、悠木さん」

「こちらこそ、滅多に拝めないお姫様を撮影できて光栄ですわ」

「けっこう、似合ってたでしょ?」

「そうですねぇ、イケメンは何を着てもお似合いですね。それに、ジェーンさんも綺麗ですよ。もう、二人ともぜろって感じ!」

「関川君、って何?」

「うん、ジェーンは知らなくていいよ」


 僕は疲れ切った表情で試着室へと戻った。後ろから「えー? 私にも教えてー」というジェーンの声が聞こえる。悠木さん、代わりにぜろの意味を彼女に教えてやって下さい。

 試着室の中でバタバタとアクセサリーを取っていると、扉越しに「関川君、もう一つお願いがあるんだけど」と、ジェーンの甘えた声が聞こえた。無言で扉を開け、わざとムスっとした表情で「何?」と言ってみる。それでも彼女はひるまずに、両手で持った衣装をかかげて「これも着て欲しいな」と微笑みながら渡してきた。

 それを広げてみれば、純白の生地に金の刺繍が絢爛けんらんに施された王族服だった。ボトムもベルトも全て真っ白に装飾されている。今度は王子様になれということだろう。


「これを着て、また撮影かい?」

「ダメ?」

「うーん……じゃあ、こうしよう。さっきのお姫様写真は無かったことにしてくれるかい? 記念に買う写真は、これから撮る王子様とお姫様のツーショットだけ。いいね?」

「えー!」

「いいね?」

「……うん。わかった」


 交渉が成立したところで、僕はお姫様から王子様へと生まれ変わり、ジェーンの望む通りのポーズを決めて撮影に応じた。今度は二人とも満面の笑みで、仲の良い夫婦のように寄り添った写真ができあがった。

 ボツとなった写真は、もちろん悠木さんにも一言入れてデータを破棄するよう依頼した。悠木さんは僕たちが店を出た後、すぐにホームページのトップ画面に宣伝として載せようとしていたが、それもプライバシーを理由に却下した。これで良し、僕の黒歴史は闇に葬られた。


 しかし、数日後。

 何故かが外事課の中で……いや、警視庁全体に拡散された。犯人は上司の目黒さんだった。あまりに面白いネタだということで、外事課内だけでも拡げようとしたのが終わりの始まりだった。

 ネタ元は、ジェーンのスマホである。ジェーンが都梨子とりこと女子トークをしていた中で、この写真が登場したのだ。都梨子とりこから目黒さんへ……その後の拡散スピードは、推して知るべしである――。


 僕は「ふぅ」とため息を吐いて、回想を断ち切った。

 振り返れば、あれもこれも良い思い出だ。フォトスタンドの中で笑うお姫様のジェーンは、本当に幸せそうだった。どうせだったら、僕がお姫様になったバージョンでも笑って撮影に応じてやれば良かったなと、今さらながら思えてくる。


 残された今の僕には、思い出さえも後悔にしか変えられなかった――。

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