ループ①―5
しばらくの間、私たちの間には無言の時間が流れていた。
空気も重苦しく、今朝の浮かれていた時が懐かしく思えるほどだ。
チラリと上目遣いで祥真を見るも、彼も黙ってただ俯いている。
この様子では、祥真のほうから話しかけてくれることに期待できないかもしれない。
当然ではあるけど、やはり私がなんとかするしか、この状況を打開する手立てはないように思えた。
(でも、どうしたら…私が話したら、またさっきみたいなことを言っちゃうかも…)
本当は、祥真と話したいことがたくさんある。
だけど、自分から口を開くのが怖かった。今の私は、自分を信用することができないからだ。
長年の積み重ねによる拗れ切った関係は、無意識のうちに彼に冷たい言葉を投げかけるほどに悪化していた。
そのことに今更気付くなんて…まさに後の祭り、覆水盆に返らずだ。
後悔をしてももう遅く、放った言葉は取り返しがつかない。
(それを誰よりも私は理解していたはずじゃないの…!)
思わず歯ぎしりをしながら、私は強く床を蹴りつけた。
ドンッという振動音が、部屋中に短く木霊する。思ったより大きな音が出てしまい、前に立つ祥真の肩がビクリと跳ねた。
「あ、ごめ…そんなつもりじゃ…」
「い、いや、いいんだよ。僕が悪かったから…水希が起こるのも、無理はないよ…」
咄嗟に謝るのだけど、何故か祥真のほうも頭を下げてくる。
(なんでアンタが謝るのよ、祥真はなにも悪くないって、私ちゃんと言ってるじゃない…)
彼の卑屈な態度にイラっとするも、これではさっきの二の舞だと気付き、すぐに自分を戒めた。
(……これじゃ堂々巡りにしかならない。まずは話題を変えないと)
このままではらちがあかないのは目に見えて明らかだ。
とりあえず目先を変えないとどうにもならないだろう。
私は祥真を呼んだ目的を、ひとまず話すことにした。
「あ、あのね祥真。今日来てもらったのは理由があって…私、怖い夢を見たの」
「…………夢?」
訝しむように私を見る祥真。
どうやら興味を持ってくれたようだ。内心で安堵しながら、私は心情を吐露していく。
「そう。本当に、とても怖い夢…私にとって大切な人が、いなくなっちゃう夢だった…私ね、夢の中でその人に取り返しのつかないことを言っちゃって、それでその人を傷つけちゃって…本当はそんなこと、まるで思っていなかったのに…」
そこまで話し、一息つくと同時に、私は自分の体を抱きしめていた。
話している最中、全身を寒気が襲ったからだ。
本当にあれは、私にとって最悪の悪夢だった。トラウマなんてものじゃない。
心の底に祥真を失った時の悲しみと慟哭が、今もハッキリと焼き付いている。
こうして祥真と対面していても、この心の傷は癒えることはなかった。
(……慰めてくれないかな、祥真)
できれば彼に抱きしめてもらい、この寒さを払拭して欲しい…そんな微かな期待を抱いて祥真の顔を見上げたのだけど、何故か彼はなにかを考え込むように、眉を潜めていた。
「祥真…?」
「…………水希って、大切な人、いたんだ」
どうしたんだろうと思い声をかけるも、祥真が被せるように質問を投げかけてくる。
そのことに若干戸惑いを覚えたものの、ある意味これはチャンスかもしれない。
私は深く考える間もなく、口を開いた。
「え、ええ…実はね、その人って、その…祥真の、ことなの」
今この瞬間、私の顔はきっと真っ赤になっていただろう。
だってこれは、遠回しな告白だ。自分から言う日がくるなんて思ってもなかったけど、これで少しでも祥真に私の気持ちが伝われば…そんな期待を込めて、言葉を紡ぐ。
「祥真がいなくなっちゃう夢を見てね、本当に怖かったの。起きた瞬間もまだ悪夢の続きなんじゃないかって思うくらいに……とても、とても怖かった」
もう一度体を強く抱きしめる。やっぱりこの震えは、収まりそうにない。声もどこか震えている気がした。
「へ、え…」
「それで祥真の顔をどうしても見たくなって呼び出したの…あと、夢をみて自分の気持ちにも気付いたっていうか…その、これまでのこと、本当にごめんなさい!私、あんなこと言うつもりなんて本当はなくて…さっきのことも、その、誤解なの。体が勝手に口走っちゃったっていうか…」
そんな足元もおぼつかない状態だったから、後半はしどろもどろの勢い任せで話してしまった。
頭を下げるも、これで誠意を伝えることができたかは、正直いって自信がない。
だけど、それでもようやく祥真に謝ることができたという安心感が、胸のつかえをなくしてくれたようにも思う。
(謝れた…ようやく、素直になれた…)
まだ身体は震えているけど、この一点に関しては誇ってもいいんじゃないかな…頑張ったと、自分のことを褒めてあげたいくらいだった。
後は祥真がどう出るかだ。彼は、許してくれるだろうか…?
恐怖と不安がないまぜになりながら、私は彼の出方をひたすら待つしかなかった。
「…………ねぇ、水希」
「ひゃ、ひゃい!?」
数分、あるいは数十分。ううん、もしかしたら数十秒でしかなかったかもしれない。
時間の感覚が有耶無耶になるほどの沈黙が破られ、祥真に声をかけられた私は、反射的に情けない声をあげながら、バネのように顔をはね上げた。
「ありがとう。夢のことを僕に話してくれて。すごく嬉しかったよ」
「あ、あああ…」
すると、どうだろう。いつもの儚げな表情に薄い笑みをのせた祥真がいたのだ。
感謝の言葉を述べ、私を見つめるその眼差しは、とっても優しいもので…気付けば震えも止まっていた。
「水希にとって、僕は大事な存在だったんだね。今まで、そんなことないと思ってたから、僕嬉しいよ」
「そ、そうなの!本当に私、祥真のことが大切で、そ、その、だ、だい…」
そのまま今度こそ勢いに任せ、告白をしようと意気込んだところで、祥真が手で制してきた。
「水希、目が真っ赤だよ。ちょっと眠ったほうがいいんじゃないかな。きっとまだ疲れてるんだよ。僕もちょっと考えたいことができたし、今日は帰ってもいいかな?また明日会おうよ」
「え、ええ、そ、そうね。そのほうがいいかしら…」
「うん、そうしよう」
言われて気付く。そう言えば今の私、最悪のコンディションじゃない!
この状態で告白なんてしたら、それこそ一生後悔したに違いない。
(告白の時は、やっぱり一番綺麗な私を見て、記憶に残して欲しいもの…)
これは女の子としての矜持だ。理屈じゃないし、譲れるものでもない。
私は両手で顔を隠すようにしながら、部屋から出ていく祥真の背中を見送った。
「そ、それじゃ祥真、また明日」
「うん、また、明日」
そう言って祥真はゆっくりと部屋のドアを閉めていく。
ゆっくり、ゆっくりと―――
「あ、れ―――?」
最後にバタンと音を立て、ドアが閉まるも、その直後、妙なデジャヴに襲われる。
ドアが閉まる最後の瞬間、祥真が浮かべていた笑み。
あれを、私はいつか見た覚えが―――
心のどこかで引っ掛かりを覚えながらも、今更祥真を追うこともできず、私はただ首を傾げるのだった。
「―――そっか。水希は、僕のことが大切だったんだ」
「なら、僕がいなくなれば」
「水希はきっと、困るよね」
―――――因果はまだ、続いている
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