第58話
私と安浦は本だらけのテントに招かれた。異臭がしなくて大助かりだ。まるで、つい最近浮浪者になった人のようだ。けれど、もう何年もここに住んでいる生活感があった。
「兄ちゃん。そして、お譲ちゃん。わしの知ってることが何か……知っているんだろう。いや違うな。体験しているんだね。わしも何度か夢の世界で死ぬ思いをしているんだ」
私はテントの中で腰掛けていたのだが、腰を浮かす。
「あなたもリアル過ぎる夢の体験をしたんですか」
「ああ。銭湯のようなところと、ビル。そして、船」
「え?」
「ああ。どうやら、お兄ちゃんたちはそこへは行ったことがないみたいだな」
浮浪者はそういうと、私と安浦にギラギラしている眼を向ける。
「お兄ちゃんとお譲ちゃんは夢の世界に行って無事、生還したようだな。そして、人によって体験することが違うところがあるようだな」
浮浪者は私が買ってやったサイダーの蓋を丁寧に開ける。
「頂くよ。それから、奢ってくれた君たちの今後のために、わしの体験したことで解ったところを話そう」
一口、サイダーを飲み。
「まず、夢の世界で死ぬと元の世界には決して戻れない。さっきも言ったな。わしの友人は夢の世界で死んでしまって、この世界には戻って来てない。もっとも、この世界(現実)は虚構なのかも知れないが」
「御友人がいたのですね」
「ああ」
「お察しします」
私は丁寧に頭を下げた。私も小さい時、同級生の死を体験している。確か何かの病気だったようで、悪いと思うがあまり悲しい気持ちはしなかった。あの時は何歳だったかな……。
「ああ」
浮浪者は遠い方に眼差しを向ける。しばらくすると、視線を戻して、
「君達はこの世界をどう思うかね」
「この世界ですか……」
私は考えた。
「夢に侵食された現実……? 」
「あたしもそう考える」
安浦も同意した。
浮浪者はあっという間に空になったサイダーを、名残惜しく近くのゴミ箱に捨てると、
「わしはこの世界(今の現実)を恐らくは虚構だと考える。心或いは精神が見せているのだ。現実でもあるのだが、我々人類は精神を歪められ、その身で見える世界を、その歪んだ精神で見るから。世界が歪んで見えるのだとわしは考える。つまり、夢のような現実なのだ」
浮浪者はふと湿っぽい顔をして、
「そして、その歪んだ精神で見る夢は勿論、恐ろしく偽りの重なりで精神が強引に歪んでしまって、恐ろしい悪夢となる。そこで、死んでしまうと。恐らく本当の現実の世界で、残酷過ぎる死。或いは廃人と言った方がよいか。どちらでもただでは済まない。何故ならそんな体験の中、死んでしまっては……精神が持たないからだ」
「……怖いですねその仮説は。あれ? では今の世界で出会う人達は?」
浮浪者はにっこりして、
「そうなんだ。例えば全人類が同じく精神をもともと歪ませられているとしたら、それならば、何かで共通した歪んだ虚構の中にいる……」
浮浪者は顎を触り、
「それは一人の夢であるが、全員の共通する夢。普遍的な夢の中にいる。その中で、皆んなと出会うのだとわしは考える。つまりは、一人ひとりの夢なのだが、みんな、同じ虚構の中にいるのだ。そのなかで、本当の現実は……」
「ちょっと、待って下さい!つまりは……」
私はかなり考えたが、霧画の話に似通っていることが解っただけだった。
「元々は一人ずつ夢を見ているのだけど、その夢の中でも一人で、でも、夢自体は共通していて……?つまり……?」
私はひどく混乱した。
「つまり、一人の夢(虚構)なんだけど、全員眠っているから、同じ大きな夢で出会う。ですよね? そして、その中で大きな夢自体が今は悪夢になっている。他の人たちも同じ条件で現実のベッドの中にいる……かな?」
安浦が大学の講義を受けているような対応をしている。……初めて見た。
「そうだ。結論は、みんなと同じ夢。虚構の世界にいる。が、本当は全員一人で寝て普遍的な夢を見ている」
ディオはゴミ箱から素早くサイダーを取り出し、
「わしは本当の現実の世界では今は眠っている。だが、今はこのサイダーをこの虚構の世界で手で持っている。はてさて、何故持った感触があるか、それは、現実の世界でも持っているからじゃ。わしの実物は眠っていながら、ベッドから起き上がり、君たちやコンビニの店員と夢遊病のように話したり会ったりしているのだ。答えは、この虚構の世界では全員眠っているのだが、眠りながら日常生活を送っているのじゃ」
私の頭はとても直視できないほどこんがらがった。けれど、不思議と解った感じがする。ここへ来て、小さなテントで苦手な勉強をするはめになるとは……。
「ふんふん」
安浦って、確か理数系だったはずじゃ……。
つまり、この老人は悪夢の世界を虚構と捉えているんだと思う。そして、夢の世界ではなくて、虚構の世界で人々が暮らしている。それも眠りながら。
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