第55話
谷川さんは二階へとコンピュータとにらめっこしに行く。前と同じだ。
勝手が解らず。中村・上村の後に続くと、最終目視検査の場所のB区へと歩きだしている。私たちはベルトコンベアーの前に立ち、作業を開始した。
作業はやはり、田戸葉がいた時の最終目視検査だった。
早速、作業とともに雑談開始だ。
「あ、そうだ。夏野菜。隣の家のババァからナスをまた貰ったんだ。いっぱい……」
中村は声の調子を弾ましている。
「またですか。俺、食いきれないな」
上村は中村からナスを貰っているようだ。
「それでさ。赤羽くん。貰ってくれないか」
私は混乱する頭で無理に考え事をしていたが、頭の片隅にニコニコと料理をしている安浦の顔が浮かび上がった。
「ええ。貰います。ありがとうございます」
「かなりの量だよ」
中村は真剣な顔になった。
「え……ええ……。貰います」
料理は安浦が担当だし、喜ぶかな?
私は死骸である汚れたペットボトルを洗浄機にいくつか入れると、何気なく後ろを向いた。節電の工場の明かりの広がりに、複数ある大型の機械類の間には、やはり誰もいない。私たちが歩ける安全通路にも行き交う人は誰もいない。何だかんだで、仕事が楽でその上、雑談が出来てとてもいい職場である。
けれど、今は一連の夢と夢の侵食で、その安楽な世界が崩壊してしまった。このような体験をしなければ、楽な人生を一生謳歌していけるのだろうに……。
私は嫌でも平安の世界を望むために南米に行くことに決心を固めるしかなかった。それは生まれて初めてその決心は頑ななものとなった。
12時から13時の休憩時間は、三人とも無口になりがちになる。
それのお陰で、午後からまた長時間の雑談と労働に耐えられるようになるのだ。
エコールの休憩所は、せせこましいところでもある。二階にあるのだが、何の変哲もないテーブルが2つに、イスがそれぞれ4つある。そこには電子レンジとお湯があり、前は私はカップラーメンかコンビニ弁当を食べていた。今では安浦が作ってくれたお弁当だが……。
私は急に心配する心が生じて、家の安浦に電話をしようかと思ったが、彼女もメイド喫茶で働いていることを思い出した。
作業も終わりに近づくと、
「なあ、それでさ。今度の日曜日にカラオケに行くんだが、お前さん来るか。俺の美声をたっぷりと聞かせてやるからさ」
作業中。大量のペットボトルをリサイクル機に入れながら、中村が上村に話している。
私は田戸葉はどこへと消えたのだろうと考えている最中だった。
「赤羽くんも来るか。カラオケでもしよう」
中村がこちらに話を向けてきた。
「ちんちんぷんぷん……。は?」
私は仕事から別の世界へと旅立っていたが、元の世界へと戻る。
「カラオケに行こうよ」
上村も私を誘った。私はカラオケに行ったことがないが、これ以上田戸葉やセレスのことを考えても無駄だろうと重い頭を振って頷いた。そして、今の混乱する頭が少しはよくなり、少しはスッキリするだろう。希望的観察だけれど…。
「女性を連れて行ってもいいですか」
私は安浦も連れて行ってあげようと思った。何故だか頬が熱くなった。
私たちは足台に乗って、早くなったベルトコンベアーからペットボトルを洗浄機に入れる作業になった。
中村・上村が驚いて、
「ふえ。彼女いたのか」
二人が異口同音する。
「ええ。何故か……。でも、可愛いっスよ」
私はとぼけた口調で言ったが、本当のことだ。
「じゃあ、日曜日の午後2時ね」
中村は不思議がった口調になる。
「場所はいつも中村さんと行っているところ。土浦のカラオケの『にゃんこにゃんこ』で……」
上村は何故かにこにこしていた。
私は安浦とこうして、生まれて初めてのカラオケに行くことになった。度重なる夢の侵食のせいで、頭が混乱して不安定な精神の気分転換は一つの安定剤となるはず。安浦は来るのかな。いや、きっと来てくれるはず。そして、これよりも悪い夢の侵食がなければと、私は心より願う。
翌日、土浦の改札口には、緑のフリフリフリルの服装の安浦が喜び勇んで来てくれた。
ラクダ色のシャツと黒のジーンズの私は多少ウキウキしている自分に驚いている。もうそろそろ2時。上村がやって来くる時間だ。中村は自動車で駅に向かっているはず。
「お待たせー」
ジャージ姿の上村が駅の階段からやって来た。
「中村さんの車で送ってもらったんだ。お、可愛い彼女だね」
上村は禿頭を安浦にぺこりと下げた。
「こんにちは。今日もいい天気」
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