第54話

 こんな小心者で生にしがみついているだけの私が、本当に世界を救えるのだろうか。今まで仕事でも人間関係でも負け犬の私が。けれど、今の私には何故か仲間や力、そして、呉林がいる。なんとか、ここまで来たので……必死に……最後まで……頑張るか……。



 私はルーダーの中にいる。そこは、薄暗いところである。


「生贄を捧げたがまだまだだな。二百年か……」


 カルダは息吹を持ったものを見上げた。


 ルーダーは嬉しく思うと同時に悲しくもあった。これで、現実というパズルはもう数少ない。




 私は眼を開けた。


 起きたら強い日差しの差し込む、自分のアパートだった。


「みんな帰ったのか? 夕食何だったっけ?」


 私は今日は安浦がいないアパートから仕事に出かける。時間は6時30分。快調だ。朝食はコンビニでパンを幾つか買うことにした。


 食べながら歩いていると、携帯が鳴りだした。


「もしもし、赤羽さん。姉さんが家にいないのよ。家で起きた形跡もなくて、外へ出た訳でもないようなのよ。昨日の夜から家に帰った記憶もないし、赤羽さんは?」


 呉林の声だ。血相変えていつもの冷静な呉林には珍しかった。


 私は少し緊張した。


「いや、俺も昨日の夜の記憶がない。それと、夕食は何だったかな、あ、そうか胡瓜だったと思う」


「私もそう思うけど、確か恵ちゃんが開けた赤羽さんの冷蔵庫には、胡瓜がいっぱい入っていたのよね。それからの記憶がないわ」


「俺もだ」


「お姉さんがいないのと、何か関係しているのかも知れない」


 いくらか落ち着いた声に戻った呉林は、


「ねえ、赤羽さんの家にお姉さんが泊まっているって事は」


 私は赤面して、


「そんなことは無いぞ。それより、この世界。夢の世界ってことは無いよな」


 呉林は少し考えて、


「解らないわ。あとで、恵ちゃんや角田さんたちに連絡してみて、情報を集めてみるけど、何も感じないし、この世界は夢じゃないと思う」


「じゃあ、霧画さんはきっと、朝早くにどこかへ行ったのだろう」


「そんな……」


 呉林は家の中の、恐らく周囲を見回して、


「さっきも言ったけど、外出した感じは全然ないの。でも、どうしていないのかな?あ、そうか現実が歪んでいるからキラーも送って来たことだし……」


 呉林は最後の言葉を低く呟く。


「え、なんだって?」

「赤羽さん。私、ちょっと調べたいことがあるの。悪いけど、じゃ、またね」


 呉林は何かに気を取られた口調だった。一方的に電話を切った。


 藤代まで電車で、約十分。あれから二週間、一連の夢が起きたらと極度に緊張する日が続いていた。担当が谷川さんでないのでバイトが休めない。その凹み具合は尋常ではなかった。そして、南米に行くために労働時間を少し増やすために残業の毎日。


 何度か呉林たちに連絡をしているが、呉林は何かを調べていると取り合わない。渡部は全治三週間で入院している。角田はスーパーの店長。なかなか、話せなかった。


 けれど、安浦だけが私の家にあがり込んでは、料理や洗濯などの身の周りの世話をしてくれていた。安浦も霧画の居場所や、あの時の夕食は何だったのか知らなかった。作ったはずの本人が知らないなんて。何かあるのだろうか?


 それでも、私は今日も小銭稼ぎの仕事をした。


「いっぱい頑張るねー」


「ええ。ちんちんぷんぷん。はっ?」


 私は朦朧とした頭を振った。


 声をかけてきたのは中村だった。


「頑張りすぎだよ。たまには休んで、どこか遠いところで羽を伸ばしたほうがいい」


「解りましたよ」


 私は冗談半分で受け答える。


 時に早さが緩慢になるベルトコンベアーからペットボトルを多数拾った。


「ちんちんぷんぷん」


「駄目だな。働き過ぎだ」


 中村は上村に向き頭を垂れた。


 翌朝、株式会社セレスの前の駐車上で、中村・上村と待機というより雑談をしていた。向こうからやってきたのは、何故か谷川さんだった。


「お早う」


 谷川さんのいつもの挨拶に、私は混乱した。


「え、どうして?」


 私の混乱ぶりを見た中村は、


「やっぱり働き過ぎだよ。もう少し労働時間を減らしてみたら」


 上村も心配してくれているが、私は中村に、


「あの。田戸葉さんは?」


「田戸葉……。そんな名前は知らないけど」


 と、首を傾げる。


「田戸葉。知らない名だなー。うちの者なのかい」


 谷川さんは真面目な顔で首を傾げる。


 私は混乱している頭の片隅で、(これも夢の侵食や歪みなのでは)と考えるが、心と体は付いていけない。


 看板の方を見ると、確かに株式会社セレスとある。私は頭を抱えながら、大型機械の間を、谷川さんに続いて歩き出した。

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