第37話 心が折れる音を聞く

 出勤した時は夫は寝ていたから恐らく深夜二時か三時まで就任式観てたと思われる。フルで観ると日本時間四時までだ。

 私はササッと支度して、起こさないように出勤した。

 ……正確にはADHDの私は空間というか距離の把握が下手なので何かにぶつかったり、目測を誤りやすい。この日も避けたつもりが夫の足を踏んだような気がする。まあ、気のせいかな、「イテッ」と聞こえた気がするが。


 職場に着いてから、鍋のおでんに手を付けるなとメモしなかったことを思い出した。

 時刻は八時半。多分まだ寝ている。私はすっかり使いこなしていたLINEにて「鍋のおでんに手を付けるな。夕食用だ」と入力した。


 残業が終わり「これから帰る、疲れた」とLINEしたら帰ってきた返事は確かこうだった。


「ごめん、LINEに気づかずに朝におでんを食べちゃった」


 ……心が折れる音が聞こえた。実は折れるのは二回目だ。一度目はキーマカレーがシャバシャバになったのを「君は料理のセンスが無い」とバッサリ斬られた時だった。ちなみにキーマカレーはパターンが何種類かあり、シャバシャバも正しいらしい。レシピ通りに作っていたし、成功していた(味は美味しかった)のに、その言い方は無いだろうとムキになった私は夫に一切そのキーマカレーを食べさせなかった。


 今回は多分、Twitterや録画した就任式を見ながら朝ごはんを『なんの疑問も無く』食べ、その後にLINEチェックして気づいたらしい。


「疲れました」


「もう何もかもどうでもいいです」


「夜更かししてまで世界情勢を追うのは結構だが、目の前にある家庭のハッキリした伝言をないがしろにする人だと分かりました。

 おでん? 沢山作ったから残ってるでしょ? 好きに食べて。私はもうどうでもいいから要りません」


 夫の返事は「ごめん」と狼狽えるスタンプばかりだったと記憶している。


 その夜は食事抜きはなんだからメイバランスを飲んで寝た。


 ちなみに就任式は何事もなく終えてバイデン氏がちゃんと大統領になった。彼の言ってたことは外れた訳だ。


(あー、コロナ避難準備すっかなー。でも、通勤手当変えると届出しないと処分くらうし、職場婚だから職員課に別居がバレるのやだな。しかし、アパートの借主は私なのに、私が出ていくのか。マンスリーマンション借りたら二重の家賃かキツイな。コロナに感染してしんどい思いや後遺症になるよりはマシだろうけど。治療は無料でも後遺症には治療費かかるらしいし)


 心は折れながらも冷静にあれこれ考えながらふて寝していた。通勤手当もバス停の違いで数十円多く貰ってしまう届出をしたら会計課にガッツリ怒られ、払い戻しの手続きやら、戒告処分され、注意喚起の文書が回されるという公開処刑が待ち受けている。安定しているが公務員は厳しい。ちなみに自腹で足が出るのは不問である。


(通勤手当の変わらない範囲でマンスリーマンション借りるかなあ。あー、もう何もかもどうでもいいや。寝よ)


 ……本当に公務員は面倒くさくて厳しい。安定の代償とはいえ。


 ちなみに〇ノ〇ニュースは「今までは二十一日までに何か起きるとしてましたが、これからは『二十一日過ぎても何かが起きると言うスタンスで……』」とアナウンス。


 出た! お約束の外れた時の言い訳。カルト教団なら「教祖の祈り(徳)のおかげ 」やら「新たな啓示で回避された」とか言うやつだ。

 そして、しばらくは米大統領選の疑惑とやらをやるだろうが新たなネタができたらまた派手な見出しを付けた動画なりニュースを流す。

 典型的なデマパターンなのに、この期に及んでもまだネットニュースを熱心に観ている。やはりカルト信者と同様だ。今度クリニックへ行く時に先生に相談しようと思った。




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