第11話 夏が来た、第二波も来た、夫も反抗期が来た。

 梅雨が明けてもまだマスク着用状態は続いていた。夫はすでにノーマスクを宣言していた。


「あんなのは無意味だ。だってウイルスは布の隙間から出ていくだろ?」


 私は反論した。


「飛沫感染のシミュレーション番組見たでしょ? ウイルスを含む飛沫を吸い込まない、飛ばさないために着けるもの。自分が不顕在感染者だったらどうするの。しかも発症二日前から感染させるとニュースや新聞にも……」


「俺、既存のメディアは信じない。国を傾けようとしている奴らの書く記事なんて読まない。だからこれからは新聞代払わないよ。ゴミ出しも新聞紙は自分でやってね」


 自分、サンドウィッチマンの「ちょっと何を言っているのかわからない」状態になって固まった。


 確かに新聞によってカラーが違う。立場上、政治的なことには言及できないからライトに例えれば、読売新聞は巨人推しだし、中日新聞は中日推し、デイリースポーツは何があろうと阪神推しだ。そこは自分の主義に合った新聞を取るわけだから読売派とデイリースポーツ派のように相いれない部分もある。

 でも、メディア全般を否定は乱暴すぎないか? 第二次世界大戦中の大本営発表じゃないのだから。


「で、ネットニュース番組やジャーナリストではないYouTuberの言うことを信じるの? マスクは飛沫を飛ばさない、吸いこまないのが目的だよ。それともマスク着けられない過敏症なの?」


「過敏症じゃないよ。前も言ったが、君はコロナコロナと騒ぎすぎなんだよ」


「は? 単なる肺炎じゃなく、サイトカインストームと言って免疫が暴走して血管などをズタズタにするのよ? 血栓ができて心筋梗塞や脳梗塞起こしたり、肺機能が落ちて人工呼吸器着けることもあるのよ?」


「そんなの年寄ばかりだけだよ」


「いや、君も肥満だから重症化リスク高いのだけど」


「俺は大丈夫だって、かからないよ」


 本当に訳が分からなかった。何をもって大丈夫なのか根拠を示さない。私が看護師のハマダさんから聞いたり、Twitterの医クラから知識を得たことや、NHKのダイヤモンドプリンセス号の検証番組を見たり、厚労省や分科会の尾身会長の発する情報などを集めて、飛沫感染の定義やマスク着用の根拠を提示しているのに信じない。


 これは夫に限ったことではなく自戒も込めるが、最近の傾向ではネットだけでは目についた記事、それも見出ししか読まない恐れがある。

 だから、夫からかさばると不評を買いながらも私は紙媒体の新聞を取り続けていた。社会的なニュースではなくても、知らないことに目が行って新たな知見を得るのも楽しいし、その時は意味が無くても創作する上ではひょんなことからそれが役に立って作品ができるという理由もあったが。


 私がまず真っ先に思いついたのは「夫は過剰に安全性バイアスがかかった状態である」ということだ。元々楽観主義ではあったが、さすがにおかしい。

 私は急いでパソコンに向かい、市の図書館から認知性バイアスに関する本を検索して予約をした。

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