第62話 デリカシーのないことを言ったらしい

「で、練習いつから参加したらいいんだ?」

「あ~・・・明日から」


 思った以上に急だった。優里さんと一緒に暮らしだしてからはかなり運動する機会が減った気がする。まぁあの一等地から自転車通学する予定だったのが、巨額の支援金により電車通学に変わったし、極力一緒に帰ることを心がけた結果部活の助っ人を断ることも多かった。

 もちろんそれとなーく断ってきた。変な言い方をすると恨まれることもあるからだ。


「・・・はぁ、わかった。じゃぁ明日な。何か用意する物ある?」

「スパイクとグローブ、あとは帽子な。ドリンクはこっちで用意するし、練習着もサイズは一式部室にそろってっから問題ないだろ」

「りょーかい。あと余計なこと言うなよ」

「わかってるって。それによけなこと言うなよはお互い様だろ?」


 野球部は恋愛禁止らしい。男子バレー部はマネージャーと選手間で何又だぁ~のもめ事が起きて女子マネージャーを入れないことになったというのだから、他の部も気が気でないだろう。

 ちなみにその問題を起こした張本人はすでに卒業済みで、後輩からは相当恨まれているとか。まぁしょうが無いわな、それは。


「そうだな。って言うか2年生のマネージャーって言うと赤井さんだっけ?あの隠れ巨乳って有名な」


 突然グーが顔をめがけて飛んできた。まぁ今のは文句を言えないレベルでデリカシーのないことを言った自覚はある。俺だって優里さんのことをそんな風に言われたら投げ飛ばす自信があるし。


「悪い、今のは失言だった。お互い余計なことは言わずに不干渉で行こう」

「そういうことだ。じゃぁ俺部活だから」


 そう言って田谷も教室を出て行った。野球部のスケジュール的にはあと1ヶ月ほどで抽選会が行われて、7月になれば各都道府県で予選が始まるのだ。俺もかつては野球を熱心にやっていたこともある。

 プロ野球も高校野球もテレビにかじりつくようにしてみていた。

 でもだからといって今も野球に熱い気持ちがあるかと聞かれれば別だ。いつもと同じように頼まれたから助っ人になる。それだけ。


「さて、帰るか。じゃぁなぁ、英語反省文頑張れよ」

「ちょっ、待てって」

「鷹司ぁ~」

「助けてくれぇ~」


 かつてのグループの奴らから悲痛な叫びが聞こえてくるが、今日は無視だ。明日の用意がある。さすがにいきなり運動すれば大怪我をしかねない。


「・・・また今度な」

「今度じゃ間にあわねーんだよ!」


 秀翔の叫びを聞き流して教室をあとにした。玄関についたからさっき用意しておいた手紙を優里さんの下駄箱に入れておく。これ端から見れば間違いなくラブレターを入れているところと思われるだろう。

 俺からすればただの連絡事項の書き置きなんだけどな。


「どうすっかなぁ~。一回帰ってから走りに行くか、走って帰るか・・・。いや鞄が邪魔か。やっぱ一度帰るか」


 今から走って駅まで行けばいつもより一本早い電車に乗ることが出来る。その分早く走り出せるし、早く帰ることも可能だろう。

 というわけで俺は玄関口から猛ダッシュした。駅に着くとどうにかギリギリ一本分早く乗れた。そして雲雀駅に着いてそこからまた走った。

 家に帰った頃には既に汗だくだが、体操服のまま走りに行くわけにもいかず身体を動かせる服へ着替える。脱衣所にあるカゴに脱いだ体操服を放り込んでマンションから出る。

 腕時計を一度確認して、スマホのアプリで様々な情報を記録してくれるものを起動する。

 用意は万端だ。軽くストレッチをして身体を解す。

 身体も温まってきた。さてどのくらい走れるかな。俺は自分の体力の限界を見極めるべく走り出した。

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