第21話 この保険医、結構ヤバいらしい

「アレ?ここどこだっけ?」


 目を開くとそこは見慣れない天井だった。周りを見ればカーテンで仕切られていて外の様子は分からない。

 身体を起こそうとしたが、頭が痛くてすぐにベッドに倒れ込んでしまう。


「ん~?起きたかなぁ?」


 カーテンがシャーっと音を立てて開き、そこから顔を覗かせたのはよく知った顔の先生だった。


「あ、佐々岡先生でしたか・・・。ってことはここ保健室なんですね」

「そうよ、折角気持ちよく日光浴していたのに君が担ぎ込まれてきて大変だったわよ」


 佐々岡七菜ササオカナナ先生は五月丘高校の保険医だ。そして数少ない俺たちの事情を知る人でもある。

 優里さんのお母さんの大学の後輩らしい。


「それ保険医が言う台詞ですか?」

「相馬君に聞いたわよ。倒れたら保健室に運べって言ったそうね。まさに確信犯じゃない」

「違いますよ。倒れそうな気がしたんで保険をかけておいただけですよ」


 何が違うのか、と言いたそうにわざとらしいため息を吐く佐々岡先生。

 ため息を吐きたいのはこっちだというのに。


「それで何で倒れたわけ?朝から調子が悪かったとか?」

「昼飯を食いそびれました。そして地獄の耐久マラソンで意識が飛びました」

「まったくもぅ・・・。まぁ良いわ。気分が良くなるまで寝てなさい。それまではベッドかしといてあげるから」


 そう言って先生はカーテンを閉めてしまう。

 それにしても結局は空腹が原因なわけで、腹が減っているといつまで経っても良くなる気がしない。

 どうしようか。寝ていれば忘れるだろうか?いや起きたとき地獄を見るだけだろう。下手したら家に帰る体力すら残っていないかもしれない。


「先生、教室に戻っても良いですか」

「駄目に決まってるでしょ。また倒れられても困るし」

「でも腹が減って死にそうなんです。下手したらこのままここで餓死ですよ」

「それは困るわね」


 そこまで深刻そうにしていない、空返事みたいなものだけが返ってくる。


「あ、先生が取りに行ってあげる。教室にある?」

「いいんですか?じゃぁお願いします。左から2列目の後ろから2番目の席にあります」

「じゃぁ行ってくるわね。大人しく待ってる事」


 そう言って保健室から出て行く。にしても本当に保険医なのか疑いたくなるような塩対応かと思えば、急に優しくなるよく分からない人だと思った。

 まぁ俺達の状況に親身になってくれているのだから良い人なのだとは思っている。

 しばらくして保健室の扉が開く。わりと時間がかかったな。


「お帰りなさい、遅かったですね。場所が分かりませんでしたか?」

「お帰りなさい?それよりも私だって保健室の場所くらい分かりますよ!」


 思っていた返事ではなかった。と言うか、先生の声ですらない。


「って優里さんでしたか」

「はい、相馬君が信春君を支えながらグラウンドを出て行くのが見えまして、心配で仮病を使って様子を見に来てしまいました」


 そう言いながら俺が寝ているベッドを仕切っていたカーテンを開き、顔だけを覗かせる。

 さっき先生にも同じ事をされたのに、今の状況の方がドキドキしている自分がいる。ごめんね先生。


「あぁ大丈夫ですよ。ちょっと立ちくらみがしただけですから」

「全然大丈夫じゃないじゃないですか。私のことはいいですからちゃんと寝ていてください」


 無理に身体を起こしていたのがバレたらしい。優しく身体を支えながらベッドへ横たわしてくれた。

 っていうか至近距離になって気がついた。優里さんの首筋の汗がやけにエロい。空腹で思考がおかしくなってしまったのだろうか。

 余計なものが視界に入らないように俺はソッと目を瞑る。


「授業が終わるまでは私もここにいますので、安心して眠ってください」

「それは嬉しいですね。これなら安心して」


 寝れる。そう言おうとしたとき、凄い勢いで保健室の扉が開いた。


「はぁ~ヤバかった。やっぱ男子が更衣室代わりに使っているだけあって、男子成分かなり補給できた気がするわ~」


 やばい発言をしながら入ってきたのは、訂正。帰ってきた佐々岡先生だった。


「先生、携帯持ってます?」

「あるけどなんで?あ、早退?」


 まだカーテン越しで優里さんの存在に気がついていない。


「警察に電話しようと思って」

「ヒドいっ!」


 そう言ってカーテンの中に顔を覗かせてきた。


「っと一色さんも来ていたんですね」

「取り繕っても遅いです、先生」

「一色さん!聞いてしまったのか」


 顔を優里さんの間近まで寄せ、必死に事実確認を行う先生。


「えーっと、お母様には何も言いませんよ?」

「感謝!いゃ~一色先輩に知られたらどうなってしまうのやら」


 この教師、外面をよくしすぎてストレスを溜めまくっているのだ。さらに大学時代、一色さんのお母さんによくして貰ったらしく未だに頭が上がらないのだそうだ。失言中の失言。優里さんがこんな性格でなければ、親子2代に頭が上がらなかったであろう。


「あ、これ弁当な。事情が事情だから保険室内での飲食を許可する。ちゃんと換気しながら食べること」

「ありがとうございます」


 俺は弁当を開く。そこで重大なことに気がついた。


「箸がねぇ・・・」

「お前は本当に世話が焼けるな!」


 先生に言われたくないが今は甘んじてその言葉受け入れよう。実際取ってきて貰わないとどうしようもない。


「はぁ、待ってろ」


 そう言って先生はまた保健室を出て行った。

 そして優里さんはまた俺のことを心配そうに見ている。


「もしかしてお昼食べていなかったのですか?私があんな場所で引き留めたばっかりに・・・」

「いや、違いますよ?あの後も色々あって、っていうか原因は秀翔なんだから優里さんが気にすることないです」

「そうですか?ですが私にも責任があったのは事実です。今日の晩ご飯は私が作ります。信春君は大人しく休んでいてください」


 ビシッとでもいいそうなほどの勢いで指をさされる。にしても優里さんが1人でご飯を作るのはこれが初めて。

 本当は隣で見ていたいのだが、きっとそれを許してくれないだろう。


「ではお願いします。優里さんの作ってくれるご飯楽しみにしていますね」

「はい!頑張ります」


 このときの俺は知らなかった。まさか晩ご飯があんなことになるなんて・・・。

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