第74話 VSヒジカ




 翌々日。武道場で向き合っただけで、予感の的中を知った。ヒジカを練習ででも、倒すべき相手と認知した時。


「オオォォオ! オ、オ!!」


「がァァアア!!」


 横で見ていたイッサさんとソージ君の話では、互いに目を剥いた物凄い形相で叫ぶと同時に死闘が始まったらしい。


 らしい、というのは、僕にもヒジカにも、叫んだ直後からの記憶がないからだ。


 互いが持っていた木剣を打ち合った一撃目から、木剣二本が折れた。飛んでいった剣先を気にもせず、ささくれ立った木剣の折れた部分を互いの喉に突きに行った。ヒジカは首を振って避け、僕はヒジカの木剣だったものを噛んだ。


 噛んで固定された僕の頭へヒジカが握りを離した右拳を振りかぶる中、僕はヒジカが左手で握る木剣がミシリと音がするほどに噛む力を強め、全身を振り回してヒジカを宙に投げた。ヒジカはすぐに握っていた木剣を自ら手放した。そして僕が体勢を立て直せないうちにヒジカは踏み込んで、僕の木剣だったものを蹴りつけた。


 そこからは、互いに素手での殴り合いだった。互いが互いの親の仇のように。絶対に許せない相手であるように。唯一の世界の悪が目の前の友一人であるかのように。拳の一つ、蹴りの一つ一つに憎悪を込めて叩きつけていた、らしい。


 SPDの高さからか、避けながら拳を当てていた数は僕の方が多く。ATKの高さからか僕のDEFの低さからか、一発で大きくのけぞらせたのはヒジカだったらしい。


 足を止めて打ち合い、時折避けたり外した隙に蹴りが入り、その時だけ立ち位置が変わる。そこからはまた真正面からの殴り合いだった。僕の方が小さいから、ヒジカの拳は打ち下ろし気味に刺さる。僕の拳はアゴを打ち上げ、頬を真横から突き刺して殴り抜ける。


 何度か立ち位置が変わったあたりで、呆然としていたイッサさんとソージ君が止めに入ったらしい。


 イッサさんはヒジカを後ろから羽交い絞めにし、ソージ君は僕の腰へ突進して脚を脚に絡めた。しかし、それでも止まらなかった。


 ヒジカはイッサさんの巨体を引きずりながら徐々に前進し、僕はソージ君に脚を絡められたままわずかずつ前進した。


 どれだけ叫んで説得しようとしても、二人とも聞こえてもいないようでそのまま動かない体で打ち合った。イッサさんに羽交い絞めにされていたヒジカは蹴り、脚を止められた僕は殴り、どうにもならないところでイッサさんが完全に獣化した。


 大猩々は僕とヒジカの間に立って、二人の攻撃を受け続けた。僕もヒジカも怒り、なのか何なのか通常以上の攻撃力になっていたらしい。




 僕から蹴り飛ばされて、傍観者になっていたソージ君によると、


「二人とも途中から、阻んでいたイッサさんを次第に優先して、協力してでも倒そうとしたみたいです」


「そうなんだ」


「まァ、争っテイル獣も間に入ラレタラ、ソイツを協力して先二倒すしナ」


 二人とも「悪カッタ」「ごめん」と謝る。それを受けてソージ君は続ける。ヒジカの顔はところどころ腫れていて、腹にも胸にも腕にも痣ができている。僕も同じように全身が痛い。痣は二人とも内出血して紫色だ。僕の顔もひどいことになっているだろう。


「二人ともいつも以上に攻撃も強くて速いし、このままじゃイッサさんが殺されると思いました。怖かったです、イッサさんが死ぬのが」


 そこが、幸いに悪い予感を越えていた。ステータスを減らされ、ヒジカの獣化をはじめとしたスキルを二人とも使っていなかったとしても。全力を越えた力で攻める僕とヒジカから、イッサさんが自分の命を守り切ったということが。今は別室で、お父さんである武道場の主に見守られながら寝ている。


 ヒジカのお父さんにも診てもらったが、骨折などの大きな怪我はなく、打ち身の薬を患部であるほぼ全身に当てたようだ。トージス家の薬は、特に打ち身や外傷に効くらしい。


「その結果ガ――、この道場の有様カ」


 三人で、上を見上げる。天井はなく、空があった。屋根には大穴が開いていた。


「信じられないね。イッサさんが獣化してゴリ、大猩々になった姿からさらに、その十倍くらいの大きさになったって?」


 超サ〇ヤ人か?


 実は……イッサさんはサイ〇人だったのだよ! な、なんだって――――?!


 駄目だ。我がいないから誰も前世のネタに突っ込んでもくれない。


「ダガ実際、俺達はそのおかげで助けラレタミタイだしナ」


「それで、屋根を突き破るくらい大きくなったイッサさんが、二人を握って止めました。今度は二人が握り潰されないかが怖かったです」


 手の中でジタバタ暴れていたようだったので、死んでいなかったようですが、とソージ君は加えた。


 掌に閉じ込められて握られて、その中で暴れて体力が奪われたのか、イッサさんが僕達を地に下ろした時には全身で呼吸していた。その時からは、僕もヒジカもぼんやりと記憶がある。立ち上がった時にはすでに村の人が集まっていて、穴が開いた天井と床があった。


 ヒジカと戦おうとしたら、何故急に疲労困憊で倒れているのか不思議に思った。


「結局、アレは何ダっタンダ?」


 わからないことは、二つ。僕とヒジカが、何故組手をしようとして我を忘れて殺そうとしたのか。イッサさんの巨大化は何だったのか。


 ガラ、と扉が開く音がした。


「儂が答えよう」


 その言葉とともに、道場の主が現れた。



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