第61話 仲間たち(3)




 草原を歩き続けて、木々が並び始めるのが見えてきた。


「俺達はイつも通リヤルカラ、トリアエズ見てみてクレ」


 そういうヒジカに、僕はうなずいた。


 まずは狩れる魔物を全員で探す。危険なのでひと塊になって動く。見つけたら周囲を警戒しつつ散開、狩りの開始だ。


 ……この辺りは、木が細いんだね。それにずいぶんと低い。


 陽光も普通に枝葉の間から入って来る。僕が生まれた場所よりさらに、弱肉強食は穏やかなのだろう。


 意外に三人の身のこなしは悪くはない。イッサさんは巨デブの割に動きは静かで、ガリのソージ君も息を切らさない。しかし、悪くない止まり。


 危険を察知しようとする警戒心と、獲物を探す目線のバランスは良い。ただし、能力がどちらもまだ半端だ。


 一時の方向に70メートル先、一頭の鹿らしき気配がある。十時の方向には犬、三時の方向に馬が二頭。狩りの対象じゃないだろうけど、七時の方向には鳥が低空飛行している。


 認められなければ恩返しもできないし、ヒジカの勇者一行には入れてもらえないだろう。ただ、能力を全部見せて魔物だとバレるのは最悪だ。


 悩んだ結果。


 前世の知識から、見た目は子どもな彼を引っ張り出した。


「あれれぇー? 左前の方で、何か動かなかったぁー?」


 ……うん。辛い。


 気をしっかり持つんだ、僕。


 きっとコ〇ン君は、アイちゃんに見られながらこういうことをやってきたんだから……!


「何……?」


 反応する三人。察知能力が高いのはヒジカのようだった。


「確かに……。あれは、角犬ですな」


 鹿や馬は、攻撃性は低そうだった。なら最初に狩るべきは、犬だ。角もあるらしいし、当然噛みつきもあるだろう。


「始めようカ、イツモ通リ」


 そう言って、ヒジカは右に、ソジ君は左に分かれた。


「拙者の後ろについて来いてくだされ。この中じゃ、拙者が一番守りに強いのです」


 声がデカいイッサさんも、狩りの最中は小声で僕に言った。二人が歩を進めるのに対し、イッサさんはその場に留まった。


 ……なるほど。追い立てての、挟み撃ちかな。


 両脇に進んだ二匹は、歩きながら徐々に獣になっていった。比喩じゃない。人型から巨体の銀狼と、小柄な金の狐へ。獣の姿に近くなっていく。


 見えなくなる直前には、完全な狼と狐になっていた。派手な色なだけに、知っていれば見つけやすい。ってかソージ君、狐になると不健康そうに美しい。


 獣度が上がれば、戦闘力も上がるのだろう。ヒジカは、今まで見た《魔狼》のどれよりも大きく、強そうだった。


 ソージ君も、狐にしては体が大きく爪と牙は殺すのに適した形をしている。ちゃんともっと食べてほしい。でも正直、二人を低く見積もっていたと反省する。


 タイミングを見計らって、獣度の低いままイッサさんは前進する。


 僕はその後ろをついていく。


 にしても、この人本当デカいな。


 僕の姿は、イッサさんの身体ですんなり隠れて余りある。背中に背負った大剣は僕の身体くらいありそうだ。それなのに、大きすぎるイッサさんに隠れて存在感が薄かった。痩せろ。


「行きますぞ」


 独り言のように呟いて、イッサさんは走り出した。ガサガサと草の音が鳴るのも気にしない。


 巨デブの割には、速い。あくまで巨体の割にはで、ヒジカやソージ君に比べるとずっと遅いだろうが。


「獣化ァ……!」


 押し殺したようだが圧のある声でイッサさんが言うと、身体が膨張したように太くなる。脂肪はそのままに、バンプアップのように筋肉が膨れて大きくなった。徐々に腰から曲がっていくとともに、圧が大きくなる。


 ゴリラのように腰が曲がっていなければ、木の高さに並ぶかもしれない。ここまで来ると、巨大化と言っていい。とても美味しそうで、思わずヨダレが出た。


 じゅるり。いっけねいっけね。


 視界に入る段になって、犬はこちらに気づいた。


「動くな……ですぞ!」


 イッサさんは殺気を放った。瞬時に逃げようとするはずの犬が、一瞬背筋を伸ばして動けなくなる。


 声は聞こえるはずもない。それでも伝わるものがある。てか普通の話し方できるんじゃん。


《威圧》だろう。持続はしない。我に返った犬はこちらを正面から見て、離れようと周囲の様子をまず探る。そこで、一瞬身体が強張った。


 右から狼が、左から狐が迫っているのを感じたのだろう。巨大ブタゴリラを含めた三点が成す三角形の中心に、自分がいることも把握したはずだ。


 一瞬立ち止まり、ゴリラと狐の間から逃げようとしているようだった。


 理想的な逃げ道だったろう。素早い狐から少し遠ざかり、ブタゴリラの足の遅さを考慮したような進路。


 イッサさんとソージ君の位置を結んでできる線を通る時、犬は最大速度に乗った。


 僕が跳んだ。イッサさんを跳び越えて、一っ跳びで犬の元まで。首輪についた鎖がガチャと鳴る。


 最大速度に乗ったということは、自分の身体のコントロールがしにくいということだ。犬は横からそっと押すだけで、派手に転んだ。


 あれ? ちょっと弱い? 違和感はあったが、間に合った。そこに狐が追い付いて、転んだ犬の前足に噛みつき、勢いで折った。


 ずっと走ってきていたのだろう。そのタイミングで到着した銀狼が首を骨ごと噛み千切った。


 ……ちょっと驚いている。


 僕の蛇としてのの《突貫LV4》は速い。第六層の魔物たちでさえ、避けられないほどに。


 僕より近かったとはいえ、跳んで倒した瞬間には追いつき噛みついたソージ君。速すぎる。相棒のSPDにはさすがに劣るけど、他の魔物とは比べられない。


「ひー、ひー、はぁぁああー」


 ……ただし、息は絶え絶えだ。ガリガリ過ぎて体にエネルギーが足りないんだろう。よくその力の無さで犬の脚を折ったものだ。


 刃物で斬ったように、一噛みで頭と体を分断したヒジカ。そのATKだけでなく、距離からすればSPDも高いだろう。


 ゴブリンを倒せるかどうかくらいの強さと見積もっていたけど、二人とも得意分野は第六層の魔物たちにも匹敵しそうだ。


「おぉ、捕まえたみたいですなぁ! しっかし速過ぎですぞ!」


 獣化を解いたイッサさんが、ドシドシと巨体を震わせながらやって来た。さっきイッサさんの背中から、前に跳び出た瞬間に感じたものには驚いたが。


 殺気と、覚悟の圧。《威圧》じゃなかった。僕の知らない何かのスキルを持っていることは間違いない。きっと高位のもので、勇者を護るためのものだ。


「本当、ビックリしたぜ……。速イんだナ」


 とはいえ、僕以上に三人の方が驚いているようだった。拾った褐色白髪の蛇亜人の小さな子どもが、高い戦闘力を持つと自負する自分たちより速いのだ。


「僕もびっくりした……。なんか転ばせるくらいはできそうだと思ったから動いちゃったけど」


 とりあえずとぼけておこう。探知能力があって、戦闘に関してはパワーは無い短距離のスピードだけの男と思ってもらうくらいが、ちょうどよさそうだった。



    《あざといLV1》が《あざといLV2》に上がった!



 ……うるさいなぁ。


「はぁ、は、ボクより、速、い人……、初めて、はぁ、見ま、した。おぇ」


 息を切らせながら、ソージ君が言う。吐きそうですけど大丈夫ですか。しかし、僕が唯一敵わないものを持ちそうなのはソージ君だ。


 ヒジカのように一噛みで千切ることはできないが、殺すだけなら《破砕牙LV4》で僕も出来る。


 イッサさんのような特別な圧は持たないが、止めるだけなら《恐怖の邪眼LV2》でも《麻痺の邪眼LV2》でも出来る。


 ただ、蛇たる僕は走るのが遅い。飛びつく速さなら自信はあるが、狐の姿で駆けるソージ君に中距離走では負けるだろう。体力さえ普通にあれば。


 しかも、僕の《突貫LV4》に比べても、そこまで遜色ない走りなのだ。早く走るスキルを持っているのかも。


 飛びつくのを繰り返す《稲妻蹴り》も、三回しか方向転換できないし、実はアレすごい疲れるから繰り返しには向かない。


 思うにソージ君はSPDだけでなく、身体の使い方に才能があるのだろう。追いついた時の噛みつきにも、速度を攻撃力に変えた良い攻撃だった。枝のように細い腕は見るからにATKが低そうだ。それからしたら、天才的と言っていい。筋肉はないが。


 僕は浅い森の中でほくそ笑む。二人を見て、苛つくくらいにむらむらと沸いてきた感情を、ようやく理解できた。


 このパーティは面白いし、間違いなく強くなる。



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