第38話 南の森の第三層




「ん?」


 北上の途中、《南の森の知恵LV1》が囁いた。


「どしたん相棒?」


 幼女が《消化吸収能力LV1》を獲得したのは《森の賢者》を食った後だ。


 だからこの声は、俺だけに聞こえている。



    【警告】 南の森第三層へと入ります。

          危険度:3~7



「ここから、ちょっとレベルが変わるみたいだ」


「ほぅ」


 相棒は、何のスキルかなど聞かない。


 きっと野暮なことなのだろう。だから俺も、相棒の《蜘蛛糸》や《毒牙》のレベルがどれくらいか、聞きたいけど聞かない。


 気になるけど聞かない。


 とても気になるけど聞かない。


 ……聞かない。


 聞かないんだから!


 今まで会った魔物の危険度は、1~2または0~3ってところだったんだろう。


「つまりは、少なくとも《ゴブリンエリート》以上が出てくるっちゅうことか?


 賢い相棒に伝えると、良い例を出してきた。が、少し違う。


「いや《ゴブリンリーダー》以上しか出てこないってことだ」


 俺は若干の訂正をする。


「えふっ」


「えふっ」


「ぎゃははははははははは!」


「きゃははははははははは!」


 蛇と幼女は気持ち悪い声で笑う。


 よっしゃよっしゃ、強いスキル持ってるやつをめっちゃ食うぜぇぇぇえ!


 相棒は、美味い食事に喜んでいるのだろう。


 より高位に進化したのは相棒で、味覚は上がっても、今までの魔物は薄味に感じていたはずだ。


「確かに、雰囲気からして違う感じするわ」


 木々でさえも『強い者が勝つ』という法則に則っている。高く幹も太い木が、後方より多くなっている。弱い木は伸びることさえ許されない。


 強い木々は枝葉も多いのか、木漏れ日さえ少なくなっている。木の本数は少ないが、森が深くなっている。


 その木々だけでも、異様な雰囲気を作り出している。


「警戒しているのか、いや面白がってるのかもな。視線をひしひし感じる」


 木の陰から、木の上から、森の奥からさえ見られている気がした。


 恐怖ゆえの過剰反応もあるかもしれない。あの大ムカデはさすがに例外だろうが、奥に行けばあのレベルにもいずれは会うのだろう。


「まぁ確かに、この異様な雰囲気に浅い層から向かっていくウチらは、マレやろなぁ。これまでは弱肉強食の世界やったし」


 弱肉強食。強者が弱者を食う、自然を描写しただけではない。弱者は強者を狙うな、という警告でもあるのだ。


 だが、それを覆してこそ成長があり、進化があり、さらなる美味がある。


 ざっ、という足音とともに《ゴブリンエリート》が一匹現れた。


 それに勇気づけられたのか、はたまた食い分を奪われまいとしたのか、木々に隠れていた数匹が現れる。


「今までより、デカいな」


 それぞれのサイズが、今までより大きい。そしてすべてが棍棒や何かの角などの、武器を持っている。


 遅れて一匹が、躊躇いがちに出て来た。


《解析LV7》で見ても、それぞれのHPは平均で、今まで喰ってきたヤツらの1.2倍ほどの多さだ。


 体感の身長でいえば、180センチのものもいる。腕と脚は戦うことに向いていて、それぞれ長い。


 躊躇いがちな一匹は、サイズもHPも大きく高い。棍棒も大きなもので、一匹だけコシミノまで巻いてやがる。


「……あいつは後回しやな」


 リーダーを倒せば、戦況はこちらに傾く。逃げるゴブもいるだろうが、それでは困る。


「応。俺は遠い距離にいる奴らから追い込んでいくわ」


「ウチが中心にいるヤツと、相棒が追い込んで来た奴らを《蜘蛛巣》で回収やな」


 賢い幼女に説明はいらない。遠くに行きすぎひんようになぁ、と心配までしてくる始末だ。


「それじゃあ?」


「一、二の?」


「「散!!」」


 相棒はゴブたちの中心に飛び込み、俺は右に疾走して円を描き始める。


 当然、無理はしない。


 一番俺たちから離れている、外周のゴブリンたちは一匹ずつ見逃がしてやる

 今の俺に、ニョロニョロなんてノロノロな擬音は似合わない。ゴブの眼だと、大きな何かが通り過ぎたとしか思えないだろう。


 五頭二尾のこの姿になって、バランスが悪くなるかと思ったが、そんなことはなかった。


 二本の尾でバランスを調整できるし、片方の尾で《薙ぎ払うLV2》も使える。


 五頭の扱いも慣れてきた。頭が5つあるのではなく、真ん中の頭は頭でもあり中指で、全体は掌だ。


 五指を動かす感覚で頭と首を動かす。指なんて無い俺が《器用な指先》を生かせている。


 右回りに、右掌の小指で外周のゴブリンを《威嚇LV8》、薬指と中指で《破砕牙LV2》《握撃LV1》し、円の内側の――親指側の方へと放り投げる。


 人差し指と親指で、円の内側を食い散らかしていく。


 大の大人サイズのゴブエリたちでも、五頭の頭の高速で襲い掛かる体長16メートルの蛇には、恐慌を来す。


 外側のゴブエリは俺が描く円から離れていく。内側のゴブは円の中心に逃げていく。


 そうやって円を一周して、ちらりと内側を見ると、円の外に逃げ出そうとしているが《蜘蛛糸》から逃げられないゴブエリが数匹見えた。


 一匹は、踵だけ蜘蛛糸が引っかかって、何とかようやく逃れることができたのに《大蜘蛛》の一匹が巣の中に連れ戻した。


「……哀れ」


 同情しながらも同じ円をもう一周する。


 俺から逃げた結果、内側へ行きもっとやべぇ相棒ヤツがいるのを見て、再び外へ逃げようとするゴブエリのお掃除。


 俺が箒、相棒がちり取りのお掃除だ。


 二周もすれば、お掃除は終了。腹は少し満ちる。


「先にいただいてんで~」


 俺が這い走って出来た円の中に入ろうとすると、相棒は《大蜘蛛》や《大毒蜘蛛》とすでに食事を始めていた。


 俺は基本的に《丸呑みLV4》だが、相棒や蜘蛛はよく噛んでモソモソ食ってるので、人型のゴブ系だとグロい。


「ま、俺も先にちょっと食ったしな。外側のもらうわ」


 ピリ、と味がする。相棒が《蜘蛛巣》に《毒液付与》をしている。


 下僕蜘蛛たちも、相棒の《蜘蛛巣》に捕らわれたゴブエリ達を食っている。


 相棒の毒は強い。《毒耐性LV8》の俺でも、巣の外側の毒が薄いゴブエリだけを食っている。中心の毒に耐えられるかはわからない。


 実際中心に近い蜘蛛のほとんどは、相棒の毒が濃く残ったゴブエリを食って、ひっくり返って死んでいる。


 下僕蜘蛛は、相棒の《統率力》と何かのスキルによって、相棒を手伝っている。その過程で、一匹ではとても狩れない強くて美味い餌という報酬も得られる。


 しかし《毒耐性》が高い者か、知恵が高く俺のように外側のゴブエリを食う者でなければ、生き残れない。


 相棒は、下僕蜘蛛が死んだ下僕蜘蛛を共食いすることは止めない。日本人以上に、野性はもったいない精神で溢れている。


《毒耐性》が強い者ほど、相棒の近くで餌を食える。賢い者は、外の弱い毒や死んだ蜘蛛を食って《毒耐性》を上げる。


 蜘蛛達は相棒の巣という壺の中、強い者だけが生き残る。


 もちろん相棒の毒も成長していく。それに耐えられる者は、さらに強い蜘蛛だ。


 ……これも、蟲毒かな。


「ほぅ。お主は強いのぅ」


 相棒は気まぐれに、幼女の白く細い腕を伸ばして、近くで餌を食う蜘蛛を撫でてやる。


 撫でられた蜘蛛は歓喜に震えている。それ以外の蜘蛛達は、嫉妬と羨望を込めて八つの目を光らせる。


 賢い相棒ようじょのことだ。間違いなく分かっていてやっている。


 相棒は、女王の風格を纏い始めていた。



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