第36話【絡新婦の慈愛】




「なんか、味薄くあらへん?」


「……お前もそうか」


 昨日食ったムカデが美味すぎたのか、見た目は美味そうな今日の肉が、やけに薄味に感じる。


「《存在進化》のせいかも知れんなぁ」


「?」


 相棒曰く、最初の蜘蛛だった時に美味しい主食だった小虫たちは、《大毒蜘蛛》に進化した後は味がしなくなったらしい。


 今回、高位の魔物に進化し過ぎたため、低位の魔物が味気なくなったのかもしれない。


「……なるほど」


 それなら、経験値も同じだろう。実際、これだけ食っても何のスキルを覚える予感もしない。


 今さらこの辺りの魔物を狩っても、最初の《小魔鼠》と同様、食事にしかならない。


 次の《存在進化》が楽しみな俺としては、もっと北へ行きたいところだ。


 ……しかし、慎重でクールな相棒がどう思うか。




「ええでー」


 軽く二つ返事だった。


「反対されるかと思ってた」 


「んー。ウチもちょっと驚いてんねんけど、ここまで強くなったし《存在進化》で《傲慢》ってモンも手に入ったねん」


 その影響かも、と無い胸を張る。胸の代わりに腹が出ている。


 もったいない精神で、薄味だったが二人とも完食した。途中、明太子かご飯で〇よが欲しくなった。


 傲慢な幼女か。確かに幼女にはある意味、傲慢さがよく似合う。


 ……戯言はともかく《アルケニー(幼)》の特性かもしれない。


 前世の俺に学がなかったのか、知識にあるわけではないが、RPGのモンスターは神話とかから持ってくるイメージだ。


 アラクネには《傲慢》に関わる何かがあるのかもしれない。


 相棒の心境変化の理由はともかく、北へ行くことにした。


 食えはしても、二人とも腹が物理的に膨れすぎているのでいつもの飛行はせず、歩いて向かう。


 五つの頭の蛇と幼女の、お喋りしながら森のお散歩である。……何だこの絵面。


 歩いていると《小魔鼠》が進化したのだろう《魔鼠》や《魔性の大蛇》などを見かけたが、食欲はそそられなかった。


 胃袋ポケ〇ン図鑑を埋めるために一匹ずつ食ったけど。


「よぅ食うなぁ。今さら何も味せぇへんやろ?」


「しない。夜の魔物たちが夜にしか出ないのも、薄味のもの食いたくなかったからなのか」


 自分で言って、ハッと気づいた。


 相棒を見る。


「?」


 ……そういうことかと。昨日大ムカデを食った時の相棒の発言、それをようやく理解した。


 俺が生まれてから、ゴブリンに会うまでの森は、おそらく生物と魔物の狭間の地域だったのだ。


 蛇と《魔性の蛇》、蜘蛛と《大毒蜘蛛》の間には、それほど差はなかった。しかし、蛇と五つの頭を持つ蛇、蜘蛛と上半身幼女の蜘蛛は、まったくの別物だ。


 二人が出会うまで。相棒には、大蜘蛛として生きる道もあった。俺も蛇として生きることはできた。この姿になってからは、もう魔物としてしか、生きていけないのだ。


 大ムカデを食った時の相棒の言葉は、そういう意味だった。


 自分が食える弱い生物を食うだけの、弱肉強食の世界で生きるわけにはいかなくなった。


 弱い魔物は、動物を食うが、それ以上の中位の魔物たちは基本的に魔物を食う。


 魔物の本能なのか、強いほど上がるスキルLVのことを理解しているのか。知性が動物より少ないはずはないのに、強い魔物にも向かう。


 魔物は強い魔物にも積極的に挑む。強肉強食の混沌の世界。


 相棒をそんな世界に連れてきたのは、俺だ。


 相棒は俺を許してくれると言った。何もわからないまま、強くなったと単純に喜んでいる俺を。


 それは慈愛だ。与えてもらった俺が、切なくなるほどの。自分の生き方を大きく変えられたのに、許容してしまう。


 そう思うと、謝罪と感謝で、無い手を相棒に合わせたくなった。




   【蛇行せし王の神への復讐】の重要人物『絡新婦』が設定されました。

    【絡新婦の慈愛】の物語が解除されました。

     適性を判断します。

      『絡新婦』の《傲慢》が『復讐の魔人王』へ共有されます。

       《冒涜LV1》が《冒涜LV2》に上がりました。

      『復讐の魔人王』の《無限の度量》が『絡新婦』へ共有されます。

      『復讐の魔人王』の《大■母■の加■》が『絡新婦』へ共有されます。

      『復讐の魔人王』の《消化吸収能力LV1》が『絡新婦』へ共有されます。


 ……何これ。


 謝罪と感謝をしたら、その瞬間、もっと壮大な何かに巻き込んだ気がする。


 どうしよ。


「どうかしたん?」


 狼狽していると、幼女が不思議そうに訊ねてきた。


「今の天の声、聞こえなかったか?」


「んー? アンタの天の声は、ウチには聞こえんよ」


 今さら? と笑う。それは知っているのだが……。


 知るべきではないということか? 言って何かを自覚してしまえば、さらに何かに深く巻き込んでしまわないか。


 そういう迷いの中、言えなかった。


 ごめんと心の中で思いながら、


「そういやそうだったな」


と、相棒に笑いかけて歩き続ける。


 蛇は狡猾だから、こすいのだ。



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