第34話【蛇行せし王の神への復讐】
「……ん」
相棒が起きたようだ。
甲高い声が、今の姿ではしっくりくる。そういえば、相棒の前の表記は《智ある猛毒大蜘蛛♀》だった。
「おはよう」
「んー、おはよー」
相棒が両腕を伸ばして背伸びする。
平らな胸であるが、はっきりと人間の胸だった。ロングの黒髪が何か不思議な重力で固定され、首は見えなかった。
相棒は一つ伸びをすると、自分の両掌を見る。顔に触れる。
肩や胸、腹に触れていく。驚きが表情には現れないが、その動きを素早く繰り返していて、驚いていることは伝わった。
「な、なんやこれぇぇえ!?」
相棒は、人間の幼女の腹から下に蜘蛛の身体がくっついた姿になっていた。脚はヒトの腕の二本分減り、六本になっている。
人間の瞳の黒と白が真逆の構成の眼を大きく見開いて、自分の身体をあちこち見て触って確認している。
俺としては腕や脚が欲しいので、羨ましいのだが。
「えー、こんな生物見たことないで……。どないやって食ってくねん」
困惑の後にすぐ考えることが、食うこと。生物として相棒はまっとうだ。
「てか、あいぼーもけったいな姿になってんなぁ」
五つの頭を持つ俺を見て、言う。
「そうだな。相棒ほど変わってないとは思うが」
今回から二人とも、一気に生物から魔物よりの見た目になっていた。
後ろも確認してみると、尾は二本あった。五つの頭上の角は、今度こそ前を向いて尖っており武器として使えそうだ。
左右二つの顔で真ん中の顔を見てみたのだが、真ん中の眼は縦に裂けた大きい単眼が一つだけある。
だから、十あると思っていた眼は九つだ。《邪眼》もレベルが上がっていたが、真ん中の単眼でしか使えない感覚があった。
「まぁそんなんええわって思うぐらい腹減ったわ。約束通り頼むで」
そういって、六本の脚を折り畳んで相棒は座り込んだ。
食いやすいように分解しろということらしい。
改めて見るムカデ。キモい。それでも涎が出るくらいに、腹が減っている。
《噛み千切るLV8》が《噛み千切るLV9》に上がった!
《噛み千切るLV9》が《噛み千切るLV10》に上がった!
《噛み千切るLV10》が《握撃LV1》に進化した!
《空中戦LV3》が《空中戦LV4》に上がった!
ようやく全部をバラバラにした。
やはりキモくて見たくなかったので、目を瞑って分解していったら《空中戦》まで上がった。
ほな食うか、と立ち上がって相棒も食い始めたので、俺も本格的に食い始めた。
目を瞑ったら、普通に美味い。前のキモい姿はもう忘れた。
……忘れたい。
相棒は、何やこれめっちゃ美味いと言いながらガツガツと食っていた。
確実にモノを食うのが、美味くなっているとのことだ。やはり人間の姿になることで、舌などが発達しているらしい。
食いながら話をしていたが、どうやら相棒は《アルケニー(幼)》という魔物になったらしい。
前世の知識で《アラクネ》という蜘蛛のモンスターがいた気がする。語感も似ているし、おそらく同義のものだろう。
「……ウチ、自分の姿見たときは、ちょっとアレコレ考えてん」
「ん?」
「あいぼーを恨もうかとも思たけど、何やまぁ、今の姿での食事が美味すぎるから許したわ」
意味がわからなかったので、そうかそんなに美味いかと返した。
間があったが相棒は、美味いで、相棒も早くこの姿になりぃと笑ったので、あまりに美味い味覚のことだと思った。
「「ごちそうさま!」」
大量のコマギレムカデ肉を、二人で完食した。
強い魔物は美味い。その原則はムカデといえど外れなかった。最後まで目を開いては食えなかったけど。
相棒は人の姿になることで、食える量が増えたようだ。
幼女の体のどこに収まっているのか聞きたくなるが、あの大ムカデの半分を腹に収めた。
さすがに妊婦みたいなボテ腹になっているが。
俺にしてもこれだけの大物を食うのは初めてで《大食》のスキルを獲得した。
これまでの《
ムカデは明確に、動物ではないモンスターだった。
俺も相棒の姿も、もはや完全に動物ではないモンスターだ。
十メートルを越す蛇はいるだろう。巨大な蜘蛛もいるだろう。しかし五つの頭を持つ蛇や、幼女の上半身を持った蜘蛛は動物にはいないのだ。
一つ大きなハードルを越えたことを実感し、ムカデを含めた今まで喰ってきたモノたちに感謝した。
……でも、この喜びと充実感はそれだけなんだろうか? 自分で自分の感覚にひっかかる。自分と同格、同格以上の敵と戦うこと。そしてその相手に勝利すること。
それを、ずっと長い間求めていた気がする。生まれて数日のくせに、何言ってんだって感じだけど。
強くなるって素晴らしい。強くなって、強い相手と戦うことはさらに素晴らしい。
もっとだ。俺は大仰な成長スキルを与えられ《勇者適正》や《精力絶倫》《輝く英雄性》なんぞまで持っている。俺は強くなれる。俺が殺してきたモノたちは別に望んでないだろうが、殺してきた分、強くなろうと誓った。
俺は魔物だけど、勇者適正も持っている。勇者がいるなら魔王もいるでしょ。
《武器技能適正》があるなら剣技もあるでしょ。《魔術技能適正》があるなら魔法もあるでしょ。
勇者と魔王。剣と魔法。
そんなファンタジー世界。
きっとこの世界には、竜やオーガ、魔人や魔神、龍や吸血鬼たちの最高位の魔物がいて、聖獣や神獣なんかもいるのだろう。
そいつらが前世でのライオンだとすれば、今の俺はミジンコみたいなものなのだ。
この世界では、基本カエルの子はカエルの姿で生まれてくる。オタマジャクシからオタマジャクシが生まれる。
しかし《存在進化》という、オタマジャクシがカエルになってリヴァイアサンになる手段もある。
ミジンコの生からライオンの生まですべて味わえるのなら、きっと楽しい。
俺がどういう理由で《勇者適正》なんかを与えられ、何があって魔物として産み落とされたのかはわからないし、使命があるのかさえ知らない。
でもせっかく、この面白そうな世界にミジンコとして生まれてきたのだ。すべてを喰らって味わいたい。
とりあえず、上を向いていこう。目標は高い方が良い。
勇者か魔王を目指すことにしよう。いっそ、両方なっちゃったり!
なーんて、と軽い考えで笑ってみる。
『復讐の魔人王』は運命を選択しました。
《冒涜LV1》を獲得しました。
【蛇行せし王の神への復讐】の物語が解除されました。
えっと……。
冗談だよ?
冗談で言ったんだけど。
…………ぷ。
おい天の声テメェ今まで無意味な一文字とか発したことなかっただろ。
何なんだ。
…………。
いや何だよ。
意味ありげに沈黙してんじゃねぇ。何か言えやコラ。
【蛇行せし王の神への復讐】は開始されます笑
よかったですねw
笑ってんじゃねーよ! どんな落差で温度差だ。
【見ておるぞ。今は、楽しんでおけ】
…………!
…………。
どうやら天の声はもう話す気はないようで、変な話だが、気配さえ感じない。
生まれた時から、言われたような『見られている』という感じはなかったのだが、何かからの護りを持って生まれた確信はあった。
それを与えてくれた一人、いや一つなのだろう。
とりあえずいつも通り、理解できないことは放置するしかない。
相棒と二人とも膨れすぎた腹をこなれさせるために、相棒が昨晩捕まえ尽くした蜘蛛巣のある西へ、飛ばずに這って歩いて向かうことにした。
着いたらまた食うのだけれど。
しかし、あの渋めの重低音が本来の声で「てれれってってってー!」とか「ぱんぱかぱーん」とか裏声で言ってるのだとしたら、笑える。
そんなことを考えていたら、頭上の猿が枝から落ちて中心の頭を強打した。そして梟が間違ったように四羽俺の頭にぶつかってきて、猿が折ったのであろう太い枝が全ての頭に落下してきた。
ゴンゴンゴンゴンゴン、とリズミカルに鈍い音がする。
何だこの有り得ない不運。
どうやらアレは本当に見ているようで、敵に回してはいけないものらしい。
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