第15話 蜘蛛の知恵
目を付けていた木の根の下穴に顔を突っ込むと、先客がいた。
『……』
『……』
見つめ合う蛇と蜘蛛。
『さっきの蛇ぃぃぃい?!』
甲高い声で叫ばれるのもやかましいので、息の根ごと止めようと近付く。
『いやぁぁあ!』
プシュ、と音がして蜘蛛糸を吐きかけられる。
マズい! と思ったが、意外にも簡単に動けた。
『え、え、えぇぇぇぇえ!?』
『あぁ、さっき取った粘着耐性か』
言う間に、プシュ、とまた音がする。今度は口だけに重点的に糸が纏わりつく。
『……この、蜘蛛ヤロウ』
『しゃべ、そうか喋っとったな』
動けるが、口が蜘蛛の糸で閉じられている。念話では口を動かしているわけではないが、食うにはこの糸を解かなければいけない。
口を精一杯に動かし、糸を取ろうとするが、口だけに重点的に蜘蛛糸をかけられたからか、なかなか取れない。
『耐性持ちかい。そのままでいいから聞いてや。ウチを殺すんは、あんたにとっても損やで!』
『……どういうことだ?』
口を開かずに話を続ける。
蜘蛛は、俺を正面から見据えて冷静に話しかける。最善策で言えば、このまま食えずにいる俺を蜘蛛糸で絡め取るのが最善だろうが、それをしない。
野性には無駄が無い。それをしないということは、しないことにメリットを見出しているのだろう。
『……今すぐ蜘蛛糸で絡め取るのが俺のすべきことや。それをせぇへんのは、共倒れになりそうやからや』
『…………』
少し考える。
確かに、イメージはつきやすい。
蜘蛛が俺を蜘蛛糸で絡めながら、動きを止めて攻撃する。ただしこの体格差では、何度も攻撃を繰り返さなければ俺は死なないだろう。
逆に俺は、一噛みでも出来れば殺せる確信がある。一日で俺は、サイズだけなら夜の強者たちにやや劣る、くらいまでになってしまったのだ。
ただし、素早さではこの蜘蛛に負けるだろう。蜘蛛が俺の生命力を削り切るか、俺が蜘蛛に《噛みつきLV4》を当てられるか。
狭い空間を、蜘蛛は動き回る。狭さは俺の動きを制限するが、蜘蛛にとっても逃げ場は少ない。出ればもっと強い捕食者がいる。
俺には《驚異の集中力》があるため、当てられる気もするが、蜘蛛も魔物にしてこれだけの提案が出来る知力があるなら、俺の知らないスキルを持っていそうだ。
相手の武器をお互いに知らない。つまりは、賭けになる。
蜘蛛は発言を続ける。
『アンタが俺の言っていることを理解できる知力を持っていないか、はたまた俺の提案を越える俺を食うプランを持っているなら、糸を取り』
『…………』
沈黙を保ったまま、蜘蛛を見る。なるほど、賢い。強い相手を無理に狩る必要はない。それは、サイズやレベルに限った話ではない。
『ただ取るなら戦闘開始や! 糸で絡め捕る! 戦わないなら口をそのままに、ここを共同で使おうや!』
今から他の寝床を探すことこそ、有り得ない。もう日は落ちる。強者たちは今に、森に出てくる。
この穴も完全に安心できるわけではない。見つかる可能性もある。その時はここを放棄して逃げなければならない。
蜘蛛に勝ったとしてその時、手負いで逃げれる可能性は……、絶望的だろう。
『……乗ろう』
蜘蛛の表情なんてわからないが、それでも安堵したのだとわかった。
『安心したで。それでも、口の糸は取らんどいてや! ウチにかけられる精一杯の保険やさかい』
なぜエセ関西弁なのかは謎だが、この賢い蜘蛛は、度胸にも目を瞠るものがある。
俺に、何倍も大きい相手に堂々と交渉できる胆力があるだろうか。そう思うと、少し悔しさと尊敬が混じる。
『なぁ蛇の兄ちゃん、アンタは何回星を見た?』
日が落ちて一層暗くなった森の中の、さらに暗い木の根の下。
突然のロマンチックな言い回しに『何言ってんだこいつ?』と思ったが、この世界の慣用句的表現なのか迷った。
わからなかったが、事実のままを言うことにした。
『一度だ』
蜘蛛は普通に納得したようで、どうやら生後何日目かを聞きたかったようだ。
『ほぇー、それでそんなデカいんかいな。魔性の蛇ってなぁ、もっと小さいもんと思っとったがなぁ』
甲高い声にも慣れた。表情豊かな声のこの蜘蛛と話すのを、何だかんだ楽しみ始めた俺がいる。
『お前は、星を何度見た?』
『ウチは二十回くらいやな! そう考えると、ウチの方が知識はあるんちゃう?』
『そうだと思うぞ。正直俺は、世界のことを何も知らん』
『ふーん? 案外素直に認めるもんやなぁ』
『おかしいか?』
『いいや? アンタくらいサイズの大きい魔物は、プライド高いんかと思うてたわ』
『よせ。夜に跋扈してる魔物たちから、身を隠すしかできんのにプライドなんて持てるかよ』
そんなプライドなんて持ってたら、すぐに死んでしまう。
『ハハハ、違いない。そろそろそのおっかない魔物たちがお出ますで。《念話》の対象をウチだけにしぃや』
『……それ、どうやるんだ?』
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