第12話 VS蛇




「サイズは同じくらいか」


 同属殺しをやるのは、昨日の夜から決めていた。


 いつまでもネズミを食っても埒が明かないのだ。昨日の強者たちの祭りの理由に、思い当たることがあった。


 いくら小魔鼠を効率的に狩れるようになったとしても、それは食事が上手くなっただけに過ぎない。いわば、ナイフとフォークを使えるようになったのと同じだ。


 レベル差の暴力は、種族差の暴力に及ばない。


 自分と同サイズ以上の敵の狩り方は、ネズミを殺していてもわからない。


 俺に今必要なのは、バターナイフの扱い方ではなく、サバイバルナイフの扱い方だ。


 初めての、狩りではない戦闘。食事ではない戦争。


 同属ではあるが、名前も知らぬ未知数の敵。


 今まで隙を突いて一撃必殺で殺してきた。俺の一撃で殺せる相手だけを狩ってきた。


 だからこそ。


 視界に入った蛇と、間合いを維持しながらぐるりと回る。


 正面へ。


 正面に来る前には、あちらも俺に気付いた。


「キシャ―」


 口を開けて威嚇してくる。向き合った。


 俺は威嚇を知らないので《眼力LV2》で睨みつける。


 相手は怯まない。レベル2ではこんなものだろう。


「さぁ、やろうか」


 正々堂々。


 蛇は頭を前後に揺らす。《突進》でもしそうだが、しない。


 相手も《突進》と《噛みつき》は持っているだろう。俺も持っているからこそわかるが、相手の正面に突っ込むのはおっかないのだ。


 口を開いてタイミングよく閉じるだけで、一撃必殺のカウンターが成立する。


 だから俺は、徐々に前進する。一応、いつでも口は開けるように。


 相手も前後に揺れながら、俺に近づいてくる。


 一定の間合いに入ると、お互い近づかなくなった。


 前に行かず、右に回る。示し合わせたわけでもないが、二匹とも右に回った。二匹で同じ円をなぞるように。


 回りながら、俺のプランは立った。後は相手次第。


《驚異の集中力》が発動しているのを感じる。あぁ、もう来るだろ


 シッ。



    《突進》



 風を感じる前に、俺は円から外れた。相手に向かってではなく自分の右に向かって突進する。


 相手は《噛みつき》で俺のいた位置に牙を立てたのだろう。俺には相手が見えていない。



    《三角蹴り》



 背を向けて俺は離れていた。そして三角を描くというより、ほぼ同じ進路で元の位置に戻る。



    《噛みつき》



 俺は相手の腹に噛みついた。牙を強く突き立てる。理想としては、首に食らい付きたかったが。


 相手は痛みによって身体をのけぞる。しかしそれで終わらない。


「ぐぅっ」


 のけぞった身体を持ち直し、俺に噛みついてきた。


 ……俺に分がある!


 俺は自由な体勢で噛みついた。しかし相手は、俺に噛まれて怯み、不自由なまま噛みついている。


 冷静に状況を観る。俺の方が深く身体に噛みついている。相手は浅い。このまま噛みついていれば、相手の方が早く絶命するはずだ。


 森の中。二匹の蛇がお互いに噛みついている。お互いがより深く牙を喰い込ませようと、全身をのたうち回らせている。


「キシィ」


 鳴き声なのかダメージで息が漏れただけなのか、相手は弱弱しい音を口から出し、身を捩った。


「――!」


 戦慄する。


 相手は身を捩ったのではなく、俺の身体に巻きついてきた。


 巻きついた相手は自分の身体を使って梃子の原理を作用させ、俺の牙を外す。


 そして自身の牙を外し、俺を深く噛みつきなおした。


「がっ」


 今度は俺が痛みでのけぞる番だった。


 俺も急ぎ噛みつきなおす。今度は俺の《噛みつき》が浅い。


「ィ……」




 もう牙は食い込んでこなかった。


 ……運が良かったとしか言えない。俺の浅い《噛みつき》で絶命するほど、相手の体力は少なくなっていた。




   てれれってってってー!

   レベルが上がった!

    各基礎能力が向上した!

    《噛みつきLV1》が《噛みつきLV2》に上がった!

    スキル《巻きつき》を獲得した!




 遅いよ、と、誰にともなく文句を言う。


《巻きつき》を認識していれば、命の危険を感じることもなかったのだ。


「怖かったー!」


 ずいぶん独り言が多くなっている気がするが、気にしない。本当に怖かった。


 能力は拮抗していただろう。《巻きつき》を持っていたから、あちらの方がレベルとしては高かったのかもしれない。


 そういえば、蛇が噛みついて即巻きついている動画が、知識としてある気がする。ちゃんと気づいていればよかった。それこそ遅いよ。


 結果としては《三角蹴り》を持っていた俺の、スキルとプラン勝ちと言えるだろう。普通に噛み合って巻きつかれていたら、俺の負けだった。


《巻きつき》から、俺の牙を外してくるとは予想もできなかったし《巻きつき》にもテクニックが要るのだろう。俺もあれを習得すべきだ。


 命を失った蛇の牙を、身を捩って外しながら反省を終える。さてさて。


「……いただきます」


 頭からいただく。


 自分と同サイズのものをいただくのは初めてで、飲み込めるか不安だった。結局、時間はかかったが呑みこめた。


 自分より大きくても呑み込むらしいしね。


 しかし、身体は今までにないほど重かった。


 雨も降っていないのに点在する水たまりを探して、重い体でずるずると蛇行する。


 腹の力を入れて、ネズミのアバラよろしく折ろうとしているが、なかなか手ごたえがない。骨の形状もあるのだろう。なんか肉を胃で揉んでる気になってくる。


 警戒のために第三の目で周囲を感じ、舌も出す。


 チロ。


 チロチロ。


 チロリチロ。


 よし。


 水たまりを見つけた。


 ちゃぷちゃぷと、恒例の水浴びをする。体は大きくなったが、まだ浸かれる程度には水たまりは深かった。


 勝利の美酒とまで言えないが、水は今日も美味い。


 チョロチョロ。


 チョロチョロ。


「ぷはぁ」


 さすがに満腹だが、水は別腹。


 チョロチョロ。


 チョロチョロ。


 腹の蛇のせいで体が膨らんでいるからだろう。脱皮は水でふやかすと、勝手に裂けた。毎回ちょっと窮屈なのが厭である。


 脱皮を終えて爽☆快☆感☆を味わった後。腹の蛇を消化するのと、夜はまた眠れないかもしれないので、木の根で少し眠ることにした。


 満腹になると眠くなるのは、人間と同じらしい。


 涼やかで静謐な森の緑の中で、眠りに落ちる。



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