第25話 環境による異常
耳が千切れるかと思うくらいの爆発音が響き渡っていた。
黒い煙は天空に。周りの障害物は跡形もなく吹き飛んでいる。
もしも爆発の中心地に人がいたのならば、無事では済まない。
それは異常を持つ者も例外ではないだろう。
中には無事だという者もいるのかもしれないが。
普通は無事ではない――大半がこれに入る。ただし、まともに爆発を喰らえばの話だ。爆発を遮るなにかで身を固めていたとしたのならば、異常を持つ者であろうと、一般人であろうと、その体を無傷にすることは容易い。
その状況が今の状態だった。
爆炎が晴れた時、爆発の中心地では、地面が盛り上がり、かまくらのように襲麻と花と巡を囲っていた。爆発の衝撃は全て受け流したのだろう。つまりは、全員が無事だということ。
皆殺しの一手は、たった一つの一手で防がれた。
「あららー。防がれちゃったのなら、仕方ないかなー」
「ちっ、もう確定ね。ここまでやられて、今更『敵』じゃないとか言われても信用できないわ」
花は舌打ちをしながら言う。敵――、黒マントは二つ目のライターを手に持っていた。くるくると弄ぶ。しかし、一度ライターを投げ込み、引火したことによって、今の爆発が起きたのだ。ということは、ガスは一度、無くなっているはずだ。
同じようにライターを投げて、火を出し、引火するとは思えない。
が、そんなことは分かっているとでも言いたげな顔――仮面で素顔は見えないが、仮面の上からでもそういう表情をしているのだろうということが分かった。
二撃目がくる。
それをおとなしく眺めているほど、襲麻たちは馬鹿じゃない。誰よりも早く動いたのは花だった。地面を盛り上がらせたのは花の超能力――、
物体を自由自在に操れるという
さっきも地面の土や岩を操ったことによって作り出したかまくらに潜むことで、爆発から身を守った。その防御のための過程は、攻撃にも変換できる。
「その高みの見物、さっさと終わらせてあげる。
あんたは地面に這いつくばっている方が似合ってるわよ」
塀が、がこがこと動き出す。足元の異変に気付いた黒マントが飛び降りようとしたが、一瞬、遅かった。バラバラに分解された塀が、空中で形を変えた。
――物体自身が形を変えたのではなく、大きな、一つの塊から小さな複数の塊へ。その集合体が、まるで人の手のように形作られていた。
新たに生まれた、元が塀だった手は、黒マントの足をがっしりと掴む。
そして振りかぶり、豪快に投げ飛ばした。
しかし、黒マントは空中で一回転。マントのおかげか、風の抵抗をもろに受けて、勢いを殺してくれたらしい。それよりも、元から持つ身体能力の功績の方が大きいのだろう。
黒マントは無事に地面に着地し、マントをばさっと引っ張り、すぐに閉じた。
「這いつくばることは叶わなかったようですけど、どうですか、今の心境は?」
明らかな挑発。黒マントによる、花への言葉の攻撃。
その言葉に言い返そうとした花の口を手で押さえて遮ったのは、襲麻だった。
「ここまで思いきり戦闘をしちまうと、こっちも戦う気にならなくちゃいけないが、その前に一つ、聞きたいことがある。お前は、どこの組織なんだ?」
襲麻の質問。答えないのならば、それはそれでいい。どうせ後で分かることだ。情報など簡単に集まってしまうのが今の世の中。脅して吐かせれば、痛めつけて拷問をすれば、それで答えなど出てきてしまう。
答えないならば別にいい。まあ、答えてくれれば手間がかからないだけだ。
それはそれで、助かるというだけである。
「……すいませんねぇ、さすがに取引先の組織名を言うわけにはいかないんですよ」
「へぇ……取引か。なら、お前はその組織の者じゃないってことか。
うんうん。意図的なのか偶然なのかは知らないけど、貴重な情報をどうもありがとう」
襲麻は笑顔で言った。
パァン! と銃声が響いた。誰も銃など持っていなかった、だから撃ってもいないはず。
それならば第三者が?
しかし、この場には四人しかいない。――伏兵など、いるわけがない。
「な……、に」
銃弾は黒マントの腹部に正確に当たっていた。中になにか、防弾服でも着ているわけではなく、裸とあまり変わらない柔らかい素材の服のみ――、
そんなものは簡単に突き破れる。
その下の肉も抉り、破り、灼熱の痛みが噴火してきた。
だが、それでも黒マントが倒れることはない。
細い、ちょっとした衝撃で折れてしまいそうな足で、なんとか踏ん張る。
痛みに堪えながら、黒マントは視界の先の一点を見た。
微かな煙が上がっていた。
それは拳銃から銃弾が飛び出た後に起こる現象。
煙は、襲麻のパーカーの、左ポケットから舞い上がっていた。
ということは、だ。
襲麻はポケットの中で銃口を黒マントに向け、会話をしながら照準を定め、相手の視線や意識をポケットに向けさせず、警戒をさせずに撃った、ということだ。
それも、銃弾は正確に腹部に当たっていた。見事、と言うしかない技術だった。
襲麻はびくびくと痙攣のような動きをする黒マントに向かって近づいていく。今度は拳銃をポケットから出し、相手の顔面に突き立てた。
引き金を引けば、それで全て終わる。
見たくもない光景が目の前に広がることになるのだが、襲麻はそれを望んでいるように見えた。いつもと同じ、決まりごとのように――殺そうとしていた。
「っ、待って!」
襲麻の腕を掴み、拳銃の向きを無理やりに逸らしたのは巡だった。今までは唐突過ぎてどうにもついていけていなかったが、やっと感覚が追いついた。
今の状況は理解できる。
襲麻が越えてはいけない一線を越えてしまいそうだということは分かった。
相手は敵だ。だからと言って、殺す必要などまったくない。
「それ以上は必要ない! 手傷を負わせてるんだから、あとで色々と事情を聞けばいいじゃない。殺す必要なんてのは――」
だが、襲麻は無邪気に聞いた。
「え? なんで?」
――と。
その顔に、表情に、巡は言葉を失う。
まるで小さな子供だ。興味のある物に向けて片っ端から、『あれなにこれなに?』と聞くような子供と同じだ。本当に分からない疑問への質問。
答えなど当たり前のようにあるのに。襲麻には、それが見えていなかった。
「なんでって……そんなの! そんなのはっっ」
人を殺してしまうのはいけないことだというのは分かり切っていることだ。しかしそれはそう教育されてきた環境があったから分かること。
でも、襲麻にはそれがなかっただけだ。
例えば、いま人間は両手である程度のことをするのが普通になっている。もしもこれが昔から両足でやってきたのだとすれば? だとしたら今、ごはんを食べるのも、なにかをするのも、全て両足がメインになっていたはずだ。
それは知識ではなく、経験、体験から学んだことなのだ。
巡は『殺してはいけない』という経験を積んだ。
けれど、襲麻はまったくの逆だった。
ドラゴン・ファミリーという環境は、襲麻に『殺し』とは日常だということを強く植え付ける結果になった。歯磨きと同じ。毎日するのが当たり前。襲麻にとってはその認識だった。
作られたわけではない異常。
環境が生んだ、自然と植え付けられた異常。
それが、襲麻だった。
「…………」
襲麻が巡の言葉に本気で疑問を抱いている頃、巡が襲麻の言葉に本気で驚き、唖然としている頃、花が二人を見てどうしようか、と一歩を踏み出せないでいる頃――、
黒マントが動きを見せた。
しゅうー……、と噴き出す音が漏れている。
気づけば辺りに、真っ白な煙が充満していた。
煙幕。くだらないと思うかもしれないが、これはこれで厄介な手だった。
煙が晴れた頃、黒マントはどこにもいなかった。
傷から流れ出る血は、逃げた道を追うように地面に落ちてはいなかった。たった一か所に少し溜まっただけ。
これでは追いかけることなどできないし、手がかりがない。完全にお手上げ状態だった。
「ふう、ちょうど良いな。あのまま戦っていたら、たぶん巡が怪我をしてた……、
そうならないならそれが一番良いんだし――」
「襲麻!」
襲麻の言葉を無理やり断ち切り、巡は叫ぶ。
襲麻は流そうとしているが、話はまだ終わっていない。
『殺す』と『殺さない』――、巡の中では、はっきりさせておきたいことだ。
だが、
「巡、俺たちがいる世界は、こういう世界なんだよ。
先に言っておくと、お前の理想は、叶うことはない」
そのセリフは、巡の心を、ぎゅっと圧縮するように握った。理想は理想であって、現実に適応されることはない。それを宣告された巡は、なにも言えなかった。
ただ帰路につく襲麻の後に、ついていくだけ。
今更だが、思った。
巡は異常を持っている。
でも、襲麻たちとは根本的に、住む世界がまったく違うのだということに。
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