36:メスガキはコピペ神の心を知る

 コピペ神の試練は、『勝つまで戦い続けろ。レベルアップ続けろ』だ。


 HP60000という<フルムーンケイオス>の仕様ではありえないHP量。おそらく防御力も相応にあるのだろう。殴って殴って経験点を溜め、300年ぐらいで勝てる計算。


 やってられないとアンカーを攻撃したら反撃されて、一撃死。でも試練モードということで即復活。そういう仕様なのだろう。


 そんなのはまっぴらごめんだ。300年も修行するとか少年漫画だけで十分よ。それに――


「え? あ、え? トーカ……今……」

「大丈夫。大丈夫だから。アタシ無事だから」

「はい。大丈夫。大丈夫……」


 顔を真っ青にしたコトネが、アタシのお腹とか体を触りながら大丈夫を続ける。目の前でアタシが殺されて、パニックに陥ったのだ。アタシも大丈夫を繰り返し、コトネを抱きしめ返した。


「分かってます。でも、でも」


 大事なものを手放さないようにぎゅっと抱きしめられる。死なないと分かっていても、精神衛生上よろしくない。アタシもコトネが目の前で肉片になったら、間違いなくブチ切れる。


「コトネ。アンカーが見えたわ」


 コトネだけに聞こえるように、耳元で囁く。アタシの言葉にコトネの動きが止まり、そして――コトネの声にいつもの強さが戻る。


「さっきのですか? それを受けて、リーズハルグ神の分体が怒って攻撃をしてきた?」

「そう言うこと。二つほど揺らしたらガチ怒った感じ」

「……そういうことをするときは一言相談してください。本当にどうにかなりそうだったんですから」

「その、ごめん」


 コトネの言葉に本気で謝るアタシ。


 言い訳させてもらえば、本当に殺されるとは思わなかったのだ。だってちょっと心の奥底を覗いて弄っただけだよ? 今までだって反撃されたことはないし。ショックは受けてたけど、それでいきなり殺しに来るなんて……。


「……あれ?」


 今までアンカーを弄った相手は、ショックを受けることはあったが反撃はしてこなかった。あんまり気にしたことなかったけど、そういうモノなんだと思ってた。


 最初のころはまるで時間が止まったかのような感覚だった。斧戦士ちゃんの村に出てきたメイスおててや、変態司祭色々はそんな感じだった。


 バグ神官は色々あって動けないけど、アンカーを弄るアタシと会話ができてた。


 吸血狗ボスは普通に会話していた。白女に至っては、アタシに攻撃すらしてきたのだ。


 これらの差は何かというと、すぐにわかる。レベルだ。変態神父よりもバグ神官の方がレベルが高く、吸血鬼の方が圧倒的に高い。高ければ高いほど、動けるし反撃もするのだ。


 あのコピペ神のレベルが256だから、速攻で反撃してくる。そしてその一撃で死ぬ。これを覆す手段はないわ。


 あの攻撃は早すぎて避けれないし防げない。あらかじめ【霧化】をかけても、回避できるのは一回だけ。連続で攻撃されれば耐えられない。


「ああもう、詰みってわかっただけじゃない!」


 アタシは頭を抱え、叫んだ。そもそもムリゲーなのよ、こんなの。大体アンカーを弄ったところで相手を怒らせるだけで、それで攻撃されて――


「……攻撃された?」


 アタシはさっきのコピペ神の怒り具合を思い出し、そして言葉にした。


 心の奥底のことを言われて怒るのはわかる。それで手が出ることだってあるだろう。


 だけど、明確に殺意を持って攻撃してくるのはおかしい。


 コピペ神はアタシがアンカーを攻撃するまでも相応に怒っていた。ズルしただの、卑怯だの。だけどそれを言葉以上に諫めはしなかった。この戦闘で性根を叩き直してやるとは言ったが、逆に言えばそれぐらいだ。ギミックをズル踏破されたゲーム制作者の言葉としては、まあ妥当な方。


 死なないとはいえ、あれだけで殺すのはどういうことなのだろうか? それまで熱血努力な体育会系ウザ兄さんが、チンピラもびっくりなぐらいにアタシを殺しに来たのだ。キャラ変わりすぎ。


 つまり、あのコピペ神にとってはアタシを攻撃しないといけないぐらいのことだったの? アンカーを二つ揺らしたことが?


「いきなりわけわからないことを聞くけど、あのコピペ神は何で攻撃してきたと思う?」


 落ち着いたのを確認して、コトネに問いかけるアタシ。


「アンカーを攻撃したから、ですよね」

「アンカーを攻撃されて、相手を殺さないといけないと思うって普通と思う?」


 質問を整理して問い直すアタシ。その言葉にコトネは、


「わたしはとーかがころされたらあいてをころしますけど」

「あ、うん。ごめん。おちついて」


 闇落ちしそうなコトネを落ち着かせるアタシ。遠慮も理性もなくそんなことを言うコトネに背筋が凍る。こっわぁ……ではなく。


「実際に殺されるとかじゃなく、口で言っただけで相手を殺すとか異常じゃない?」

「逆なんでしょうね。あの分体にとっては、殺さないといけないぐらいの事だったんです。

 私達に倒されることを目的としている神が、それをされては困るぐらいにアンカーを攻撃されることが赦せなかった」

「つまりあのコピペ神をどうにかするのに、アンカーを攻撃するという方向性自体は間違ってなかったのね」


 300年戦うなんて真っ平御免よ。アタシは活路を見出して笑みを浮かべた。


 契約したモンスターがアンカーを破壊したら消えるように、あのコピペ神もアンカーを攻撃されたらどうにかなるのだろう。殺されると思ったのなら、相手を殺そうとする。そんな所かな。それじゃあ――


「だめです」


 そんなアタシにストップをかけるコトネ。悲壮な表情が、アタシの心に突き刺さる。

 

「復活するとはいえ、トーカが死ぬのを見るのはイヤです」

「……う」


 アタシの手を握って首を振るコトネ。さっきの復活が堪えているのだろう。呼吸も一定しない。心配させている、とわかってアタシは思考を止めてしまう。300年間頑張ったほうがいいかも、なんて思ってしまう。


 冷静に考えれば悪くない話だ。時間はかかるがレベルアップ。あのアホ皇帝を倒せるだけの力は得られる。対アホ皇帝用のアイテムも手に入る。しかも現実に戻れば1日しか経っていない。ムジークで歌唱力をあげたのと同じことだ。


 ――でもそれは。


「ごめん。ダメ」


 300年かけてアタシとコトネが強くなって、アホ皇帝に対抗する力を得る。その方がいい事なんてわかってる。アホ皇帝をどうにかするためにも、悪魔に対抗するためにも、アタシ達が現実時間で短時間で強くなった方がいいのは間違いない。


 アホ皇帝に負ける(つもりはないけど!)にせよ、そのレベルなどの指標が図れるのはプラスになる。ここまでやっても勝てなかった、はデータとして有効だ。


 だけどそんなことはどうでもいい。だめな理由はただ一つ。


「そんなの、!」


 そうだ、面白くない。


 自分で考えて考えて考え抜いて、攻略サイトを調べて調べて調べ尽くして、その結果突破するからゲームは面白いのだ。他人が与えた試練とかで強くなっての脳筋突破。そんなの面白みがないわ。


「……はい。トーカはワガママですから」


 アタシの言葉に、色々何かを飲み込んだコトネ。……ごめんね、いつも振り回して。ずっとずっとアタシはコトネを振り回してその優しさに甘えてきた。でも、アタシがアタシであるために、譲れないことはあるの。


「そうよ。アタシはワガママなの! やりたいようにやって、好きなように強くなる。ワガママが似合うキュートで小悪魔な魅力的ガールなのよ!」


 そこまで行って、アタシは気づいた。


 隠されていたコピペ神のアンカー。最後の文字が見えてくる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


アンカー

矜持:神

主義:努力

禁忌:ニセモノと言われる


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 コピペと言われて怒った神のような存在。自分が本物の神じゃないと否定されること。


 これまで見えなかったのは、よほど隠しておきたかった心の在り方だという事なのだろう。


 そして今見えるようになったのは、アタシがアタシであることを貫いたたことでコピペ神に何かしらの動揺をあたえたからか。


「可哀そうね、アンタ。徹底的にこき下ろしてあげるから」


 コピペ神は何も言わない。アンカーを揺らされない限りは、自分から攻撃しない。努力の神であろうとすることを貫いている。アンカーのままに。努力を重んじる神のコピーとしてあり続けようとしていた。

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