11:メスガキは戦場を走る

 アタシが単独先行し、コトネを結婚アビリティで召喚。聖魔法を撃つと同時に本陣が進軍。


 これがこの作戦の先制パンチだ。ヴァンパイアたちからすればコトネの聖魔法は強烈な一撃で、これが不意打ちで放たれたのだからたまったものじゃない。壁越しとはいえ広範囲攻撃。多くのレッサーヴァンパイアに痛烈な打撃を与えたわ。


 銀色吸血鬼の話では、コトネのような聖職者アビリティが戦争に関与することは稀だった。当然と言えば当然で、ヴァンパイア達からすれば聖魔法を使う者は天敵で、警戒して真っ先に潰す存在だ。最優先で狙うべき相手なので、すぐに戦場からいなくなったとか。


「【主、憐れめよ】だと!?」

「聖女!? しかもいきなり戦場に現れただと!」

「人数は一人だけ? なら一気に潰せ!」


 そんな声が壁の向こうから聞こえてくる。だけどその間にアタシ達は動いていた。一か所にずっと突っ立っていれば狙われておしまい。コトネが一発目の【主、憐れめよ】を撃ったと同時に、アタシとコトネは走り出していた。


「やーいやーい、ばーかばーか!」

「わざわざそんなこと言わなくてもいいじゃないですか」


 アタシは塔の裏門の方に。コトネは銀色が攻めている正面の方に。コトネは銀色吸血鬼の軍に合流し、正面突破を促すように動く。高レベル高魔力広範囲の一撃は大砲のようなものだ。建物こそ壊さないが、ヴァンパイア兵士はかなりダメージを負う。合流されれば厄介なことになる。


「聖女がブラムストーカー軍に向かっています!」

「合流などさせるか! 弓兵狙え!」

「物理防御は低そうだ。一気に射抜け!」


 と、向こうは判断するだろう。それ以前の問題で、単独で動く自分達の天敵を放置するわけがない。むしろ好機と見るに決まっている。物理攻撃に長けたレッサーヴァンパイア兵士が壁越しに弓をつがえ、コトネを狙う。


「報告にあった子供がこっちにいるぞ!」

「無視しろ! 遊び人如きに何ができるというんだ!」

「聖女とブラムストーカー軍に集中しろ。あんなクズ職に兵を割いている余裕はない!」


 アタシはコトネからのチャット越しにその様子を知る。その間にアタシは壁をぐるっと迂回するように裏側に向かって走っていた。アタシに対する注目は薄い。攻撃自体は飛んでくるが、けん制程度。金糸服があれば十分耐えられる。


「聖女の方を警戒するのは当然よね」


 何もできない遊び人と、聖魔法を使う聖女。


 どちらを警戒するかと言われれば当然聖女だ。一人いれば戦場の流れを大きく変えるのがレアジョブ。ましてやヴァンパイアのようなアンデッドからすれば聖属性攻撃を使うジョブは最も警戒すべき存在だ。真っ先に潰したいのは間違いない。


「でも遊び人を甘く見たら痛い目見るわよ!」


 警戒度が低い遊び人と、吸血鬼の天敵ともいえる聖女。この認識があるからこそ、この作戦は成立する。


「コトネ!」

「はい!」


 アタシは結婚アビリティ【おかえりなさい】を使い、コトネを自分の隣に呼び寄せる。さっきまでコトネを狙っていた者からすればいきなり目標が消え、そしてアタシを見ていた者からすればいきなり警戒すべき相手が現れたのだ。


「なにぃ!? 聖女だと!」

「どどどど、どういうことだ!?」

「結婚アビリティだ! あの二人、それを使って戦場を移動しているのか!」

「遊び人関係ねえええええ!?」


 驚くヴァンパイア兵士達。さすがに二回もやればネタバレもするけど、それでも現状を覆すには至らない。コトネの放つ聖魔法が多くのヴァンパイア兵士を吹き飛ばす。


「ぎゃあああああ!」

「報告! 遊び人と聖女が連携している!」

「結婚アビリティによる移動でこちらを攪乱してくるぞ!」


 何とか生き延びた……アンデッドだから元々死んでるんだけど、ニュアンス的に生き延びたヴァンパイアが報告する。その間にアタシ達はまた二手に分かれ、塔の周りを走る。


「何度も同じ手に引っかかるか! 遊び人の方を狙え!」

「兵を集めろ! 聖女の方は囮だ!」


 コトネを囮にして、アタシの方に召喚して不意を突く。それがアタシ達の戦略。


 と、ヴァンパイア兵士。


「結婚アビリティは呼び寄せるだけじゃないわ。ばいばーい!」


 アタシを狙うヴァンパイア兵士が集まってきたのを見計らい、別の結婚アビリティの【ただいま】を使ってコトネのいる場所に移動するアタシ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


★アビリティ

【ただいま】:愛する者に、最高の挨拶を。結婚相手の元に移動する。MP25消費


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 こっちは【おかえりなさい】の逆バージョン。アタシがコトネの元に向かうアビリティだ。移動した先でもそこそこ注目されていたのか、相応の兵士がこちらを狙っている。コトネはそれを【主、憐れめよ】で一掃し、そしてまたアタシ達は二手に分かれる。


「また分かれたぞ! 狙え!」

「狙えってどっちをだ!」

「遊び人……いや、聖女だ!」

「狙ってもまた移動させられるぞ!」

「両方同時に狙え!」

「そんな余裕はありません! ブラムストーカー軍もいますし……また移動しました!」


 壁越しに聞こえるそんな声。アタシとコトネの動きに翻弄されるレッサーヴァンパイアの兵士達。


『キモは相手に短時間で選択を強要することです。もう少し突き詰めれば熟考する時間を奪う事です』


 アタシの作戦を銀色吸血鬼に説明する時に、コトネはそう言った。


『私を狙うかトーカを狙うか。戦場という短時間で目まぐるしく有利不利が変わる環境下で正しい選択ができる者はそう居ません。事前にマニュアルなどの対策がなされているなら混乱は少ないでしょうが、初見では効果があります』


 あ、そうなんだ。自分で提案しておいてなんだけど、そんな効果があるとか全然考えてなかった。とりあえずそれっぽくドヤ顔しておいたけど、内心はコトネの説明に感心していたのである。


 ともあれ【ただいま】と【おかえりなさい】を駆使して戦場を引っ掻き回すアタシ達。敵からすれば不意に現れる聖魔法の攻撃に警戒しながら、同時に攻めてくる軍勢を相手しているのだ。


 だからと言って、これで勝てるかというと無理だろう。


 コトネの【主、憐れめよ】は壁の向こうまでは届くが塔の中までは届かない。ゲーム的に言えば別フィールド的な扱いだからか、そう言う素材なのか。ともあれ魔法が届くのはあくまで外にいるヴァンパイア兵士だけ。相手の兵力は塔内に集中している。


「ここまでザマス。遊び人」


 そしてアタシとコトネが別れている以上、各個撃破しようとするのは当然だ。アタシの目の雨に現れたザマス吸血鬼と10数名のレッサーヴァンパイア兵士。


「結婚アビリティはお互いの場所に移動するアビリティザマス。貴様を襲って聖女のも元に移動させて、再び別れる前に同時に討つ。それでおしまいザマス!」


 壁から出てきてアタシを包囲するヴァンパイア。わざわざ出てきたのはこの瞬間にコトネを呼び寄せてもすぐに攻撃できるようにだろう。ヴァンパイアの強力な攻撃アビリティは近接距離だ。


「のこのこ壁から出てきて大丈夫なのぉ? オジサンたち壁に隠れてる臆病な性格のに無理しちゃだめだよぉ? さ、ニートは汚い部屋に籠って世間から隔絶されてないとだめだめぇ」

「よくわからないことを言って誤魔化そうとしても無駄ザマス! これが現状の最適解。二人同時に片付けるザマス! 最悪、この遊び人だけでも押さえておけばひっかきまわされないザマス!」


 ち、ニートはわからなかったか。いや、それはどうでもいいか。


 最大火力でアタシとコトネを一気に押さえる。壁越しという優位性を捨てても移動する聖女を押さえておくべきと考えたのだろう。移動の起点となるアタシを押さえれば、この作戦は崩壊する。


 コトネも同じように注目されているのだろう。アタシがそっちに向かうか、或いはコトネがこっちに飛んでくるか。どちらでも対応できるように。


「あは。オジサン頭悪ーい」


 アタシは口元に指をあて、笑みを浮かべて言い放つ。


「だってそれ、ムリだし」


 さあ、ここが正念場。ここでザマス吸血鬼を倒してレアアイテムをドロップできるかどうかが作戦の分かれ目よ。

 

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