10:メスガキは塔を攻める
ドマンタワー。
アタシ達がいる城から延びる道は真っ直ぐその塔に繋がっていて、交通の要所だという。つまりそこを押さえられればまっとうな道を通って移動することはできず、城は干上がる形になるとか。
要所の塔という事もあって、守りは固めに作られている。レンガ(に見える魔法的な鉱物)で壁を作り、高い塔からは周囲を見渡せて動きをよく観察できる。開けた平原は身を隠す場所もないので、迂闊に近づけば飛び道具のいい的だ。
ただ周囲に急こう配の山がある。そこに生えた木々に紛れれば気付かれずに近づけるが、あまりに急こう配過ぎるため進軍速度も遅くなり、気付かれてしまうという。あの銀色も何度か試したらしいが、諦めたとか。
アタシの策は、この急こう配の山を一人で強引に突っ切ることだ。軍隊とかではないので見つかる心配は少ない。見つからないわけではないだろうけど、それよりも気になる囮があるのでそっちに集中しているはずだ。
レッサーヴァンパイアの部隊が200名。ヴァンパイアの指揮官が2名。銀色吸血鬼の配下で戦える戦力の8割近くが、塔から見える場所に布陣しているのだ。
『大砲などの砲撃兵器がない時代では、砦を攻めるのは約3倍の兵力が必要です。
いくつか例外はありますが、攻める側の兵力が多くなければ勝ち目はないでしょう』
コトネがそんなことを言っていた。数はそれだけで優位だ。しかも塔にいる方は壁やら塔やらで守りがある。遮蔽物越しに攻撃もできるし、圧倒的有利だ。それを真正面から打ち破るには、それだけの差が必要だという。
あちらの数はレッサーヴァンパイア300体とヴァンパイア5体。数でも負けているわ。コトネの言い分が正しいなら、負け確定。向こうからすれば、トチ狂って突撃してくるのかとしか思えないだろう。
追い込まれて破れかぶれの突撃。それでも無視はできない兵力。ゆえにそちらに意識が向き、山を進むアタシが見つかる可能性は低い。それでも時間をかければ見つかる可能性があるんで、一気に進む必要がある。
「行けるかもとは思ったけど、本当に行けるとはね」
アタシは急こう配の山道を、舗装された道路を歩くように平然と歩いていた。別に山道歩きの訓練を受けたわけではない。【天衣無縫】を使って自分に『不利な状態』を無効化したのだ。この場合、山道を進むことによる移動力低下だ。
何そのズル。自分でも思うけど、沼地も行けるんだから山道もいけるのだ。<フルムーンケイオス>でもできたしいけるかなぁ、程度の試しだったがうまくいった。アタシはひょいひょいと塔の近くまでやってくる。
でもさすがに間近に迫れば気づく吸血鬼も出てくる。塔の上からアタシの方を怪訝な目で見る吸血鬼。アタシはそれに手を振りながら山道を降り、塔に近づいていく。壁の高さは2mぐらい。さすがに【天衣無縫】でも超えられそうにない。壁抜けできるアビリティではないのだ。
「何者だ! それ以上近づくと攻撃するぞ!」
壁越しに叫ぶレッサーヴァンパイア兵士。魔法を撃つぞと手のひらをこちらに向け、同時に動きを止めろというポーズだ。警告通りこれ以上近づけば撃ってくるだろう。アタシは足を止めて相手を見た。
相手はアタシの素性を知らない。異国風の服を着たかわいい女の子(アタシの事よ!)が一人でやってきているだけだ。アタシが銀色の仲間だと分かっていたのなら問答無用で攻撃してくるだろう。
続々集まってくるレッサーヴァンパイアの兵士達。その数は10近く。そして――
「このドマンタワーに近づいてくる不審者と聞きましたが、何者ザマスか?」
他の兵士とは違いを感じる服を着ている吸血鬼。ヴァンパイアだ。語尾がザマスとか割と普通に感じるわ。……銀色吸血鬼が濃ゆいせいね。あれに比べれば可愛い個性だわ。
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名前:ヴァンパイア
種族:アンデッド
Lv:89
HP:306
解説:吸血鬼。血を吸い、眷属を増やす闇の貴族。数多の能力を持つアンデッド。
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ヴァンパイア。レベル相応のHPもさることながら、前も言ったHPMPを吸収する【精吸血】、コウモリになって多段攻撃する【コウモリ乱舞】、クリティカル攻撃すら回避する【霧化】をもっているわ。
いきなりやってきたのは予想外だけど、ここでビビって逃げるわけにはいかない。アタシは息を吸い、兵士達を指さして口を開いた。
「アタシの名前はアサギリ・トーカ。悪いけど、聖杯が欲しいんでとっととやられてくれない?」
アタシは端的に用事を告げる。聖杯をゲットしてアホ皇帝を殴りに行く。なんで此処にいる吸血鬼は全部倒す。そう言う宣言だ。
「はぁ? 何言ってるんだこのガキ」
「おいおい、何考えてるんだよ最近の人間は」
「ジョブは……遊び人かよ。聖職者系じゃないのに吸血鬼に挑むとか頭悪いんじゃないか?」
「しかもレベルはまだ62かよ。レッサーヴァンパイア一人倒すのも難儀するレベルじゃないか。やめとけやめとけ!」
アタシのレベルとジョブを確認したのだろう。兵士達は大笑いする。……結構久しぶりかも。こういうの。
「お嬢ちゃん、今なら見逃してあげるザマスよ。家に帰ってママンに抱かれて眠るがいいザマス」
「うっさいわね、ザマス野郎。悪いけどこっちはアンタを見逃さないからね。アンタだけは絶対にアタシの手で倒してやるんだから」
アタシはザマス野郎を指さし、宣言する。そう、コイツだけはアタシが倒さないといけないのだ。
「は? お嬢ちゃんに憎まれる覚えはないザマスよ? まさか滅ぼした村の生き残りザマスか? ああ、それは可哀そうなことをしたザマスね。血を吸って眷属にしないといけないザマスよ」
「うわぁ。吸血鬼的価値観。上から目線でマジウザすぎ。人間より吸血鬼の方が幸せだって考えに凝り固まった哀れなおじさんね」
「おじさん言うな! こう見えても29歳で年齢を止めて不老不死になってるからオジサンじゃないザマス!」
「29はオジサンじゃん」
「ぐっはぁ! 子供の純粋な言葉が突き刺さるザマス……!」
え? なんか勝手にダメージ受けてるけど29歳だよ? 十分オジサンだよね?
「んなモンはどうでもいいのよ。アンタが持つブラッド系武器。ヴァンパイアのレアアイテムが欲しいのよ。アタシが倒せば【笑う門には福】の効果で7%でドロップできるんだからね」
「な、何を言ってるザマスかこの子供!? 恨みとかそう言う事じゃないザマスか!」
「レアアイテム狩りの辛みはそんなどうでもいい恨みに勝るのよ!」
ゲーマーの血の叫びに、何言ってるのかわからないという顔をする吸血鬼たち。むぅ、価値観の違い。
「どうします隊長?」
「聖杯の事を知っているのならブラムストーカー軍の斥候の可能性もあるザマスね。捕えて吐かせるザマス」
「はっ!」
ザマス野郎の命令でこちらに魔法を放とうとするレッサーヴァンパイア。壁の向こう側から攻撃。アタシは壁の向こうに攻撃する術はない。このままだとやられてしまうだろう。
でも、そうはならない。アタシはコトネの姿を思い浮かべながら、アビリティを発動させる。結婚アビリティの【おかえりなさい】だ。
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★アビリティ
【おかえりなさい】:愛し合う二人よ、いつでもそばに。結婚相手を自分の元に呼び寄せる。MP25消費
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世界中のどこにいても、相手を自分の元に呼び寄せるアビリティだ。城に待機していたコトネは、一瞬でアタシの元にやってくる。当然戦う準備は終わってる。戦闘の装備に着替え済み!
「
展開するのは今使える最強の【聖魔法】。アンデッドのHPを削り、攻撃力防御力を下げる範囲魔法。
「
コトネの言葉と同時に広範囲に聖なる力が展開される。壁の向こうに居ようが範囲内。アタシが注意を引いて集めたレッサーヴァンパイアはそれに巻き込まれ、大打撃を受ける。
「があああああ!」
「何処に隠れていた!? いや、何処から現れた!?」
アンデッドの天敵である聖女。そのレベル8アビリティ。その不意打ちに大きく動揺する塔の吸血鬼達。そして――
「ブラムストーカー軍が動き出したぞ!」
申し合わせたタイミングで動き出す銀色吸血鬼の兵士達。
戦いの火ぶたは、今切って落とされたのである。
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