8:メスガキはジョブレベルを上げる
【笑う】のレベル8アビリティ、【笑う門には福】。
効果はレアアイテムドロップ率の増加。【笑う】レベルに比例してドロップ率が増加し、レベル10になれば2倍になる。1%が2%になる程度と笑うことなかれ。100000体倒さないといけないのが50000体ですむのだ。
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★アビリティ
【笑う門には福】:楽しく笑うからこそ幸福か、あるいは幸福だから笑うのか。レア枠のアイテムドロップ率が【笑う】レベルに合わせて上昇。常時発動。
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労力が半分になるという事がどれだけ意味があると思っているのか。これはレアアイテムを狩ったことがある人間にしかわからないだろう。脳は真っ白になり、反射的に動作を繰り返し、動きも簡素化し、言葉も意味のない事ばかりを呟いて。
今回覚えるアリビティはこれだ。これでヴァンパイアのレアアイテムドロップを狙う。銀色吸血鬼にもらった『ブラッドドレス』と組みあえば【吸血】の効果がさらに増す相乗効果のあるレアアイテムがある。それを得るためだ。
ぶっちゃけ、運の要素が高い。【笑う門には福】があったとしても【笑う】がレベル8だとしてドロップ率4%が7%になる程度。しかもヴァンパイアは今のアタシ達には難敵だ。1体ずつならともかく、3体になると力で押されて負けてしまう。
逆に言えばその運要素をクリアすればどうにかなる。っていうかそれ以外だと勝ち筋なんてない。ホント、酷い話だ。詰み同然の状態から始まる戦国シミュレーションとか、どんな縛りゲームなのよ。
「じゃあサクッとスキルレベル上げていきましょ」
ステータスを開いてジョブレベルを上げる。慣れた手つきで虚空に浮かんだウィンドウを開いて指でフリックし――ようとした手をコトネに掴まれた。がしっと。力強い手で。
なによ、と口を開こうとして振り向いた瞬間にアタシの心臓は凍り付いた。あ、怒ってる。これ凄く怒ってる。そんなコトネの笑顔を見てアタシはひぃ、となる。
「こんなところでトーカのあんな声と姿を見せるわけにはいきません。
ブラムストーカー伯爵、失礼ですがしばらく寝室に戻ります」
そのままコトネに引っ張られるように部屋に移動するアタシ。い、いたい。ちょ、これ本気で怒ってるー!?
「ジョブレベルアップの仕様について今更何かを言うつもりはありませんが、かといって誰もが見ている場所でああいう事をするのは問題です」
「あ、はい」
椅子に座らされて、真正面から説教される。アタシは圧倒されるように頷くしかできなかった。
「でも、レベル上げないとどうにもならないのは事実だし。説明したけどヴァンパイアからのレアドロップ率を少しでも上げるために【笑う門には福】は必須だから」
怒りのボルテージが少し収まったのを見て、アタシはおずおずと意見をする。
「繰り返しますが、トーカの戦術には感服していますしジョブレベルアップが必須なのも理解しています。
ただ、あんな姿を私以外に見せたくないんです」
蘇る怒りの波。そこだけは絶対に譲らないというコトネの言葉。
「あの場にいたのはコトネとかみちゃまと銀色だけじゃない。あとメイドのレッサーヴァンパイア? たいしたことないって」
「……逆の立場を考えてください。私がああいう声をあげるのを、他の誰かに見られたとしたらトーカはどう思いますか?」
コトネに言われてアタシは逆のシーンを想像する。
『んあぁぁっ! やだっっ! やだぁっ! 恥ずかしいのにっ、止まらないっ! あっ……ああ……んあああぁ……!』
コトネがそう言う声を上げ、身もだえし、気持ちよさそうに顔を緩めている。それを他の人がじっと見ていて……。
「見てるやつをぶん殴る」
「暴力的なのは感心しませんが、そういう事です」
アタシの言葉にうなずくコトネ。うん、まあ、理解したわ。
「分かったわ。これからは誰も見てない所でするから」
「はい。分かってくれて助かります」
そして10秒ぐらい時間が止まる。コトネはこちらをじっと見て動かない。
……えーと?
「あ、アタシがどこか行ったほうがいい? トイレとかの個室とかで」
「? 何の話です?」
「だからジョブレベルを上げる話だけど」
「ですよね。レベルを上げないんですか?」
あれ、話が噛み合ってるようで噛み合ってない? ちょっと整理したほうがいいかも?
「アタシはジョブレベルを上げてアビリティをあげないといけない。それはわかってくれてるよね?」
「はい。勝率をあげるために必要な事ですよね」
「で、コトネは人前でジョブレベルをあげないでほしい。だよね?」
「はい。他の人にトーカのあんな姿を見せたくありません」
「じゃあ誰にも見られない場所に行ってレベル上げてくるから……って話なんだけど」
うん、間違ってない。間違ってないよね。
「そうですね。ここならだれも見てませんよ」
アタシの言葉にコトネはそう言った。何を言っているんですか、と言いたげな顔で。
「コトネがいるじゃない!」
「ええ。それの何が問題なんです?」
「問題よ! コトネに見られると恥ずかしいじゃない!」
乙女の恥じらい全開の叫び。いや待って、今までの話は何だったの!?
「他の人には見られてもいいのに、なんで私だけ駄目なんですか……?」
「うぐ……! その、コトネは、なんというか意識するから……」
「つまり今までは恥じらいがなかったというわけではなく、他の人の目線は犬猫程度にしか思ってなかったわけですね……」
呆れた、とばかりにため息をつくコトネ。そのまま立ち上がる。あ、理解してくれたのかな。そのままアタシの後ろにある扉に向かって移動し、
「トーカ」
「はひゃ!?」
背後から肩を抱きしめられるような形でぎゅと抱き着かれて、耳元でささやかれた。間近に聞こえる声と吐息で心臓が跳ね上がる。
「これならトーカからは私が見えないですよね。私も目を閉じてあげますから」
「そ、そ、そ、そういう問題!?」
「そういう問題です。さ、早く」
肩で感じるコトネの体温と声で頭がグルグルする。確かにコトネに見られてるわけじゃないからいいよね。うん、そうそう。
「トーカ、好き」
「……っ」
「トーカ、可愛い」
「み、耳元でそう言うこと言うの、やめて……」
言われるたびに心臓が激しく動き、熱が高まる。足をもぞもぞさせながら必死に平常を保とうとするけど、コトネは容赦なく追撃してくる。アタシは翻弄される感情に耐えるようにコトネの腕をぎゅっと握った。
「照れてるトーカが可愛い。好き」
「…………っ!」
「トーカの反応、好き。全部好き」
「反則! そう言うこと言うの、反則!」
「ふふ、トーカの弱点知っちゃった。耳、弱いんだ。それとも言葉?
好きな人のいろんなところを知れて、幸せ」
だ、駄目だ。コトネはやめる気なんてないし、何か言えば言うほど深みにはまっていく。おめめがぐるぐるして、からだじゅうがほかほかしてくる。このままだと本当にまずい。早くレベルアップして、終わらないと……!
「トーカの体温、温かい」
ステータスウィンドウを出して……。
「トーカの体、いい匂い」
スキル項目を選択して……。
「トーカの頬っぺた、やわらかいね」
レベルを……あげて……。コトネに聞かれないように、声押さえないと。唇をぎゅっと結んで――
「トーカの恥ずかしい声、聞きたい。私に全部聞かせて」
ぞく……ッ! そ、そんなこと言われたらぁ……!
「好き、好き、好き、大好き。好きです、トーカ」
同時にジョブレベルアップでやってくるあの感覚が沸きあがる。コトネの腕と言葉が混ざり合い、もうわけがわからなくなってきた。理性は吹き飛び、コトネに応えたいという気持ちだけで一杯になる。そして――
「あ、あぁ……っ! そ、れ、やば……っ! アタ、シも……っ、すきっ! コト、ネ! すきっ、しゅきぃ! だ、だいしゅ……きいぃぃぃぃぃぃ!」
あふれる感情とお腹から脳裏に突き抜ける熱い感覚。アタシはそれに耐えきれず、大声で叫んでいた。
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