5:メスガキは戦争と皇帝の事を考える

 銀色吸血鬼の英単語交じりの説明をまとめると――


 吸血鬼は戦争をしていて、その目的は聖地にある聖杯である。


 聖杯があれば皇帝<フルムーン>……あのアホ皇子のレベルドレインを止めることができる。


 そしてアホ皇子にダメージを与えられるのは、一度レベルドレインをくらった者だけである。つまり、アタシやコトネだ。


「聖杯を持たないと戦闘にすらならないし、一度レベルドレインイベントをこなさないとダメージも与えられない。うわなによこのギミック。分かるわけないじゃないの」


 特殊条件イベントとかよくあることだけど、一度負けてレベル1にならないといけないとか誰が分かるのよ。作ったやつ出てこーい!


「皇帝<フルムーン>を作ったのはアンジェラですから、おそらく彼女の考えなのでしょう。手の込みようはさすがと言えますね」

「あの病みカワ厨二悪魔め、次会ったら文句言ってやるわ」

「実際、次に会うときは皇帝<フルムーン>との戦いのときかもしれませんけどね」


 アタシの叫びに答えるコトネ。お風呂に入って髪を梳かしている。アタシも温まってほっこりしながら、用意されたベッドに座っていた。


 銀色吸血鬼から部屋を用意されたアタシ達。食事にお風呂にそしてベッド。至れり尽くせりである。約束の『ブラッドドレス』もらったし、一泊したらまたレベルアップの再開……とはいかない。


「でも100年は待てないわ」


 銀色吸血鬼の推測では、吸血鬼戦争の終結は100年かかるという。そんな長い間待てるかってーの。


「吸血鬼や悪魔の時間間隔からすれば、それほど長くはないのでしょうね」

「100年も戦争を続けるとか頭悪すぎよ。どんだけバーサーカーなの? 戦闘スキーなの?」

「規模にもよりますが、対立などの小競り合いを含めれば私達の世界も数十年単位で抗争しているケースもありますよ」

「歴史の勉強とかどうでもいいのよ。今は聖杯? アホ皇帝対策アイテムをどうやって手に入れるかなんだから」


 ふんす、と鼻息を鳴らすアタシ。あのアホ皇帝にもう一回挑んでまたレベル1に戻されるとか真っ平ゴメンよ。その聖杯とかを手に入れて、あのアホ顔を踏んずけてアタシにひれふてやるわ。


「そうですね。聖杯は皇帝<フルムーン>を倒すのに必須でしょう。そして私とトーカが一番倒せる可能性があります。

 ただ、その聖杯を手に入れるのに戦争を終結させないといけないというのが難点ですね」

「やっぱり城に乗り込んでボス3人倒すのが楽じゃない? ボス倒したら戦争終わらない?」

「むしろ止める人がいなくなって加速します。指導者を失って迷走する軍隊は制御ができません。良くて逃亡、最悪犯罪組織に力を貸して治安が悪化します」

「まあ、聖杯が手に入ればアタシ的にはOKだし。それでよくない?」

「トーカ」

「……はい」


 強い口調で名前を呼ばれ、アタシはそれ以上の言及をやめた。うん、まあ、さっきも否定されたし無理なんだろう。


「尻に敷かれてるトーカちゃんはともかくとちて」

「誰がコトネに逆らえないっていうのよ?」


 呆れたように言うかみちゃまに怒りの言葉をぶつけるアタシ。別に尻に敷かれてるんじゃないもん。コトネをこれ以上怒らせても話が進まないって判断しただけだもん。その……アタシが本気を出せば、コトネに言うこと聞かせることも……できる……はずだし……多分、きっと。


「平和的に解決できるならそれに越したことはありまちぇん。

 ただ戦争状態なので、ある程度は相手の気勢を削がないといけまちぇんが」

「気勢?」

「この場合は相手側の兵力ですね。強さを示して『これ以上戦争を続けても損するだけだ』と思わせることです」

「結局力押しじゃないの。ボス倒すのと何が違うの?」


 アタシの言葉にコトネは手を広げて説明を続けた。


「個人の戦いと違って、戦争は軍隊やそこに住む人全ての意思が関わってきます。そしてそれらは洗脳でもしない限り統一はされません。

 こちらの強さを示して軍や民に『勝てない』と思わせれば。たとえ指令する側がやる気でも内部から崩壊します」

「あー、うん。トップが馬鹿でもそれに気づいた人たちはそうじゃないってことね」

「指導者を倒すことで力を示すことができるかもしれませんが、確実ではありません。……もちろん状況次第ではそちらの方が戦争が収まることもあります。桶狭間の戦いなどは好例でしょう」


 言ってため息をつくコトネ。桶狭間の戦い。それぐらいならアタシも知ってる。


「織田信長が何とかって武将を不意打ちで殺して、なんやかんやあってそこの国を取った話?」

「はい。ですがこのケースは戦国時代でも稀です。基本は相手に負けを認めさせるか、相手を滅ぼすまで攻めるか。後々の事を考えれば、条約による和平締結が一番効率がいいんです」

「楽なんだけどなー。ボス倒すの……でもないか」


 吸血鬼ボスのデータを思い出しながら、アタシとコトネでは全員倒すのは難しいと判断する。レベル不足もあるが、スキルレベル10のアビリティが厄介すぎる。銀色の持つ料理人の【満漢全席】も周囲のヴァンパイアを強烈に回復するのだ。攻撃が追い付かない。


「でも100年は待てないわよ」


 堂々巡りになるけど、結論はそれだ。皇帝<フルムーン>を倒すのに聖杯が要るけど、その聖杯ができるのはこのままだと100年後。吸血鬼になるのは論外。どうしろと?


「困った時のかみちゃまだより! タイムマシーンとかでアタシ達を100年後に飛ばせない?」

「無理言わないでほしいでち。できるとしてもデミナルト空間で時間凍結して100年過ごすぐらいでちよ。その間に皇帝が攻めて人類が終わってるかも知れまちぇんよ」

「その可能性は……高いですね」


 コトネは昨今の世界事情を思い出したのか、沈痛な表情を浮かべる。世界マップが赤く染まり、それがあのアホ皇帝の領地だという。じわじわと赤色も広がっている。カルパチアまではまだ届かないが、それも時間の問題だ。


「面倒ね、あのアホ皇帝。椅子にふんぞり返って待つっていうラスボス様式美とかないのかしら」

「様式美はともかく、もとより野心の高い人でしたから……」


 言って唇を紡ぐコトネ。……あのアホ皇帝にされたことを思い出したのだろう。洗脳されて、いいように使われた日々。暴力で逆らえなかった過去。


「あー、もう。アタシがいるから大丈夫!」


 考えるより先に、アタシはコトネを抱きしめていた。震えを押さえるようにぎゅっと抱きしめ、自身も根拠もないけど大丈夫だっていう。


「……はい」


 コトネがアタシの背中に手を伸ばす。そのまましばらく抱きしめ合って……そして軽く唇を重ねた。


「ん……」

「ふ、ぁ……」


 唇を離し、コトネの顔を見る。蕩けたような赤い顔。不安なんかないコトネの顔。それを見て、アタシの心も安堵する。そして――


「ふふ、トーカにキスされました」

「……うん、その。そう言われると照れる……」

「照れてるトーカもかわいいです」

「……っ、その、あの、うにゃあああ!」


 そのまま抱きしめ合ったまま、ベッドに押し倒される。ぎゅーっと力を込められて、アタシも為すがままに抱きしめる。


「好きです、トーカ」


 その一言でアタシの心と脳がショートする。幸せな感覚と、コトネの手の動きと触れ合う体温で限界になって……。


 そのままアタシ達は抱き合ったまま、眠りにつくのであった。


 ……っていうか、アタシがいろいろ耐えきれなかった。も、も、もー、むりー!

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