7:メスガキはキャンプ場を目指す
「おのれ浄化の炎すら効かぬ深き業だったとは!
だがまだ負けてはおらぬ! さらなる力を得て麗しの聖女を魔の呪縛から解き放つのだ! それまでお待ちくださいませ、我が姫、コトネ!」
言ってじじいはぐったりした溶岩ワニを抱えて去っていったわ。止める理由もないし早くどこかに行って欲しかったんで、そのまま見送った。
「傷を癒す時間もありませんでしたね」
「あのじいさんのワニ、癒したかったの?」
「怪我人に貴賤はありませんよ。悪人だから傷ついたままでいいというのは差別です」
残念そうに言う聖女ちゃん。まあ、この子の性格ならそういうわよね。
「また来るとか言ってたわよね。……うざったいからもう移動しようか」
「もう黄金のサイはいいんですか?」
「金策としては十分よ。それよりもあのじじいに絡まれるのがイヤなの」
ムカムカしながら言うアタシ。何が麗しの聖女で何が我が姫よ。何から何まで気に入らない。ボケたじじいが子供に求愛するとか世間体とかそういうのを考えろっての。まあそういうのがないから帝国とかウソを平気で言えるんだろうけど。
「そうですね。ここにいたらガドフリーさんがまた来るでしょうし」
アタシの言葉にうなずく聖女ちゃん。そうと決まれば移動開始だ。キャンプをたたんで最寄りの集落に移動する。
「さらなる力を得て、とか言ってましたよね。あのワニさんはもう少し強くなるんですか?」
移動の途中でそんなことを聞いてくる聖女ちゃん。
「そうね。テイマーの【動物教育】レベルが上がればレベルもHPも上がるし、それで覚えるアビリティがあれば使役動物が使う戦術も増えるわ。8レベルで【動物進化】を覚えて、10で【神獣】を覚えるわ」
テイマー系の真価はスキルレベル6からと言われている。そこからレベルを上げる度に使役しているモノのパワーアップは半端なくなる。使役するモノによっては花型アタッカーにもなるし、名支援役にもなるのだ。
「でもまあ、レベル上げるのも時間かかるでしょうし。ワニ以外に何か動物をテイムして連れてくるのが関の山でしょ。40レベルのワニが最強っぽいからそれ以下のヤツ。サブアタッカーでラヴァフロッグ連れてくるか、支援役でシャドウキャットかな?」
どっちに来られたとしても、そんなに強さ的には変わらない。むしろ予想通り過ぎて対策も簡単に取れるわ。
「っていうか、溶岩ワニは火属性対策とれば一発よ。むしろそれをしなかったアタシの優しさに感謝してほしいわね」
あの強さの溶岩ワニなら【天使の盾】+火属性耐性の服で完封できるわ。それをしなかったのは、店がないから買い物ができなかったにすぎない。【デリバリー】があったら即買い物していたわよ。
「その火属性耐性はもう少し言った先にあるキャンプで買えるし。これで余裕って感じ? ま、なくても余裕だけど完全勝利すればもう二度と付きまとったりしないでしょ」
ここから向かう先にある場所で売ってる『雨乞いクモの衣』。火属性に対する耐性があるうえに【雨乞い】と呼ばれる回復アビリティがあるドレスだ。それを買ってしまえばもう溶岩ワニなど怖れるに足らない。
「いいんですか? しばらく節約しないといけないとか言ってましたけど。安くはない買い物なんじゃないですか?」
「必要経費よ。あのじじいとはもう二度と会うつもりはないけど、もし出会ったら完膚なきまでに追い返すのよ」
敵対するなら徹底的に。対策するなら完璧に。それがアタシのポリシーよ。相手に何もさせずに完封し、無様に足搔く様を見ながら罵る。最高じゃない。
「大人げないでちが、大事な人を守るためでちゅから本気になるのもやむなしでちゅね」
「別に大事じゃないわよ。あのじじいが嫌いなだけ」
「……大事じゃないんですか?」
かみちゃまの言葉に手を振ってこたえるアタシ。その言葉に反応したのは聖女ちゃんだった。どこか冷たく、どこか悲しそうな、その動作がアタシの心臓をぎゅっと掴む。そうよ大事じゃないわ。そんな言葉を返そうという気力が霧散した。
「…………あ」
答えようとして、言葉が浮かばない。大事じゃない、なんて言えない。だけど大事だなんてのも言えない。言うと何かを認めちゃいそうな気がする。アタシにとってこの子がどういう存在なのか。それを暴露しそうで――
大事。うん、いまのパーティは二人パーティ。役割分担ははっきりしている。そういう意味では大事。そう言えばいい。それでこの場は収まる。パーティ的に大事なのは間違いないし、嘘じゃない。
「トーカさんにとって、私は大事な存在じゃないんですか?」
再度問いかけられる。内容は同じ。だけど今度はより深く踏み込んでくる。アタシにとって。その一言が付いただけで逃げ道を封鎖された気がした。パーティ云々の問いではなく、アタシという個人の話に持っていかれて。
「アタシは……」
心臓が激しく鼓動している。何も言わずに目をそらして無視すればいいのに、それもできない。いつも通りに『知った事じゃないわよ』と言って何もかもを不意にして。きっとこの子も『いつものこと』と納得してくれる、はず。
「アンタの事が……」
出会ってずっと一緒に旅してきて。そんな相手に情が浮かばないわけがない。一緒に笑って、時々けんかして。魔王との戦いでとある事情で別れてしまってワンワン泣いたことだってある。
「大事とかそういうんじゃなくて……」
自覚はある。一緒に旅する友人だと思ってた気持ちがいつこの感情に切り替わったかなんて覚えがない。もしかしたらずっとそんな気持ちだったのかもしれない。この子の事をどう思ってるか。そんなの考えるまでもない。
「だいす――」
その感情が唇からこぼれそうになるのと同時に、
コオオオオオオオ!
高い雄たけびと共に金色に光る差異がこちらに向かって突撃してきた。
「大スルーするつもりだったけど、ここで出会ったが百年目! お金のために頑張るわよー! ほら、戦闘態勢!」
アタシはいろいろ感情をリセットして叫ぶ。いやマジで初動大事だし。【天使の盾】もらわないと黄金サイの攻撃で結構痛手を追うから!
「はい。行きますね」
存外冷静に戦闘体制に移行する聖女ちゃん。なんかいろいろ焦ってドキドキバクバクしていたアタシが馬鹿みたいじゃないの。いやまあ、その、別にいいんだけどさ!
「惜しかったでちゅね。あと一歩だったでちけど」
「全然大丈夫ですよ。ずっと一緒にいますから」
後ろでかみちゃまと聖女ちゃんがそんな会話をしていた。あ、こいつら結託してたのね。後で問い詰め……たら、また同じ目に合いそうだからヤメ。今のは気の迷い。ちょっとアレでソレだっただけ。アタシは常にクールで人を罵るカワイイ子なの。
黄金サイを慣れたコンビネーションで倒し、黄金の角を手に入れる。ついでに何かの詫びなのか、レアアイテムを落とした。
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★アイテム
アイテム名:ゴールドナイフ
属性:ナイフ
装備条件:なし
筋力:+2
解説:金のナイフ。武器としては使いずらい。装飾品か?
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誰でも装備できるナイフ。高く売れるので基本売るアイテムね。でも『か?』とあるように、隠された能力があるわ。そのために売らずにとっておく。
「さあ、行くわよ。売る物を売って、とっとと別の場所に行かなくちゃ!」
さっきまでの会話を誤魔化すように、アタシは大声をあげて遠くに見えてきたキャンプ場を目指すのであった。
「うれしそうでちゅね」
「えへへ。トーカさんがあそこまでドキドキしてくれるなんて。こっちもすごく緊張しました。まだ胸がきゅんきゅんしてます」
……誤魔化せてるって、信じたい。
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