23:メスガキは気づく
ムジークにある劇場の一つ。エンジェルナイト襲撃の避難所になっているこの場所には、多くの街の人がいる。突然のことに困惑してはいる人もいれば、落ち込んでいる人もいる。
「安心してください! 私たち音楽ギルドのアイドル達が街の人を救っています!」
そんな人たちを鼓舞するように、音楽ギルドの人達が元気づけている。見れば新しい人の受け入れや怪我人の治療なども行っているわ。聖女ちゃんはかみちゃまを抱いて『私はあっちで治療してきます!』って走っていった。
なんと言うか、音楽ギルドのギルド員たちは避難とかそういうのに手慣れるように見える。音楽の都だから音楽家がそういうことをするの?
「疲れた疲れた。とりあえず休憩だね。みんなテキパキ動いてるし、アミーちゃんも一休みしたらお手伝いお手伝い」
「ねえ。なんでアイドルが避難誘導とか防衛とかやってんのよ? こういうのって軍隊の仕事じゃないの?」
「当然当然。騎士団も動くけど、アイドルも動く! なにせこの町最大の戦力はこの音楽ギルドだからね! 歌って踊って戦って。人々に希望を与えて笑顔を振りまくのさ。キラキラッ!」
アイドルさんも避難を手伝うようなことを言ったので、アタシは気になって問いかけてみた。ポーズと共に帰ってきたのはそんな肯定。アイドルって楽じゃないのね。
「人々に希望を与えるのがアイドル。ならば困難な時に備えてあってもおかしくはないという事よ。歌と行動で光を示す。それがアイドル」
「はいはい、アイドルすごいわね」
「アイドル達には様々な伝説がある。それを語るには千夜が必要だろう。事、歴代ギルド長『
聞いてもない鬼ドクロの意見をスルーするアタシ。そう言えばなんかそんなことを言ってたわよね。初代のギルド長が天使と大合唱をしたんだっけ? なんかすんごい数のエンジェルナイトだよなとかそれしか覚えてないけど。
「…………んん?」
遠い昔に大量のエンジェルナイトが大合唱した。
現在、大量のエンジェルナイトが襲ってきてる。
「これって無関係なわけないじゃない」
鬼ドクロの語る厨二エピソードだと思ってスルーしてたけど、どう見ても符合する。っていうかそれ以外ありえないじゃないの。フラグ踏んだら即行動。RPGの基本とばかりにアタシはギルド長こと辛口メガネ女の所に向かう。
「避難状況の確認急いで! 周囲の街への連絡も忘れずに! 物資のリスト化と配分もよ!」
いろんなギルド員に聞きながら、メガネ女を見つけた。思いっきり忙しそうだ。叫ぶように指示を出して、チャット機能を使って遠方に連絡を取ってる。ちょっと話を聞きずらい雰囲気。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
まあ聞くんだけどね。アタシが遠慮なんかするわけないじゃない。
「こらこらがきんちょ。ギルド長は忙しいんだから後にして――」
「3分待って」
止めようとするアイドルさんに割り込むように、メガネ女が言葉を返す。
「え? いいの?」
「アミーさんは現段階でギルドの最大戦力です。それにアサギリ・トーカは幾多の魔物との戦闘経験があります。……部外者がいるのは気になりますが、いいでしょう」
問い返すアイドルさんにメガネ女は顔を向けずに言葉を返す。部外者っていうのは鬼ドクロの事ね。確かにこいつ何者って顔もしたくなるわ。
「それで何を聞きたいの?」
タイマーでもセットしてたんじゃない、ってぐらいにきっちり3分後にメガネ女はこちらに向きなおる。どこかのラノベにいる無能なギルド長とか思ってたけど、そうじゃないみたいね。デキル女って感じ。
「聞きたいのは初代ギルマスの話よ。なんか昔にエンジェルナイトが大合唱したって話」
「ふ、初代『
なんか鬼ドクロが後ろで偉そうにしているけど、無視。アンタ気付いてもなかったでしょうに。……逆に気づいてアタシにヒントを出した、とかそんなキャラだったら驚きだけど。
「ええ。エンジェルナイトが街に降臨して初代ギルド長と歌いあったという話ね。
関連性は考慮したけど、その時は歌を競い合ったという話。今みたいに明らかに襲い掛かったという事はなかったみたいよ」
そしてメガネ女はさすがに気にはしていたみたい。でもさすがに状況が違いすぎるという事で頭の片隅に置いている程度。って言うか優先してやらないといけないことが多すぎて、そこまで考えが回らないって所ね。
「どんな天使だったのよ、それ?」
「当時……250年前の
ただ――
「エンジェルナイトを使役して戦わせることができる司祭は一握り。その一握りでも多くて2体が限度。
なのにその司祭は十万の天使を扱えたみたい。一説では天に愛されていたと言われているわ」
司祭のアビリティ【天使兵召喚】は8レベルと高レベル。MP消費も大きく、レベル90の司祭でもポーション飲みまくって2体が限界。召喚している間も秒単位でMPが減るので、3体目は現実的じゃないわ。
ようするに、10万を超える数を召喚して歌わせたり戦わせたりできたっていうのは嘘臭い。それこそ神とか悪魔がステータスを弄ったとか? それにしてもこの数は異常だ。
「ふーん。で、その司祭なんて名前なの?」
どちらかというとそういう伝承を持ってるNPCの可能性があるわね。そう思って聞いてみる。アタシは<フルムーンケイオス>のNPCは大体知ってる。名前を聞いたら何か思い出すかもしれない。
「分からないわ」
だけど帰ってきた答えは予想外だった。
「は? 分からないってどういう事よ」
「記録に残ってないの。どの神に仕えていて、どういう人物で、性別さえもわからない。ただエンジェルナイトを131769体召喚して、一斉に聖歌を奏でさせたという記録だけが残ってるわ。
そして音楽ギルドをその場所に建てて、アイドル戦線はその偉業に感涙した人たちが始めたという伝承があるぐらいね」
「そんだけの事をしたのに、名前も何もわかってないっておかしくない?」
「そうね。でもどの記録を探ってもそうなのよ」
眉を顰めるアタシに、同調するように頷くメガネ女。アイドルさんの方を見ると、そうなんだよねぇ、とばかりにため息をついていた。どうやらこの界隈では有名な話らしい。
「『バン! バン! バン! 撃てよ響けよ高らかに!
カバンに一杯物詰め込んで、走れや走れ西東!
8歩走って一杯飲んで、8歩走ってはまた飲んで!
星と角度と天の気紛れ。ほどよい場所を探れや探れ!
いずる天使は
司祭はいった「世界は私を認めない」!
全部消えて、サヨウナラ!』」
童話みたいテンポで歌うアイドルさん。いきなり何よ。
「ほらほら、前に天使が来た時の話したじゃん。その歌が残ってるって話。それがこの歌だよ。意味とか全然分からないけどね。童謡ってそんなもんそんなもん」
アタシの視線に応じるアイドルさん。そう言えばそんな話してたわね。
「何よその謎行動。わけわかんない――」
歌の内容を反芻するアタシ。無駄な時間だったわと思いながらも、童謡独特のリズムとアイドルさんの声質のおかげで脳に残ってしまった。
撃てよ響けよ。
カバンに一杯物詰め込んで。
8歩走って一杯飲んで、8歩走ってはまた飲んで。
程よい場所を探れや探れ。
世界は私を認めない。
全部消えて、サヨウナラ!
「…………あ。
いやでも、マジで?」
アタシはその謎行動の意味に気づいてしまった。正確に言えばアタシの世界の<フルムーンケイオス>での過去の事件だ。
「ふ、どうやら真理の扉を開いたか。我が語るまでもない。敢えて貴様に手柄を譲ろう」
「あー。うーん。ええと、あくまでそういうのがあったってことで話を聞いて」
どうせ気付いてなかったのに偉そうな態度をとる鬼ドクロを無視して、自分でも歯切れ悪いと理解しながら慎重にそれを告げた。
「これ、バグ技よ」
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