2:メスガキは音楽の都に向かう

 アホ皇子が皇帝<フルムーン>になって、いろいろゴタゴタした。


 オルストシュタイン――<フルムーンケイオス>スタート地点の街近くは完全に赤い水に沈み、その辺りには強力なモンスターが跋扈しているという。ブラッドエレメンタルとかブラッドゴーレムとかブラッドナイトとか。そういった血で作られた人造系魔物だ。


「人望ないもんね、あのアホ皇子。部下も自分で作らないといけないとか、かわいそー」


 とは言うものの、初期レベルで倒せる魔物はもういないというのはアタシにとっては結構致命的だ。事、遊び人は初期ステータスが幸運に極振りしてるので、どうしようもない。山賊みたいに【微笑み返し】耐性ゼロの相手がいれば楽してレベルアップできるんだけど。


 高レベルの人間――四男オジサンとか斧戦士ちゃんを盾にしてのパワーレベリングも考えたけど、倒すにしてもクリティカル頼り。しかもやっている間に他の敵から攻撃されたら一撃で死んじゃうのだからリスキーだ。


 多少のリスクはアタシ的にOKだけど、多少の枠を超えているのはダメ。それぐらいに成功する目が見えない。


 四男オジサンと斧戦士ちゃんはそれぞれの故郷の為に動きたいということもあって、パーティ解散の流れになったわ。


「吾輩はオルストシュタインの民を導かねばなりませぬ。幸いトーカ殿の活躍もあって、ヤーシャとの交渉はうまく行きそうです」


 四男オジサンはかみちゃまが転移させた人たちが生活する場所を作るために頑張るという。ヤーシャの土地の一部を使って、新たな街を作るとか。よくわからないけど、それってものすごい事じゃない?


「ものすごい事ですよ。他国の人間を受け入れ、しかも開墾許可を与えるなんて前代未聞です。土地もそれほど悪い場所ではありませんし。

 形式上は国を救った英雄のトーカさんが領主となってそこを治めるという形ですが、ヘルトリングさんを始めとした元オルスト国の貴族達が摂政に就く形になります」


 とは聖女ちゃんの説明ね。うへぇ、SLGとか追放領主系とか真っ平御免よ。勝手にやってちょうだい。


「ダーはアウタナに帰ルゾ。悪魔が動いたことヲ、報告しないト!」


 斧戦士ちゃんもアウタナの故郷に帰るという。山の聖地を守るのがこの子の部族の在り方。むしろ遠いところまで来てくれたのがありがたいぐらいだ。


「ダーはもっともっと強くなル!」

「アンタは単純でいいわよね。ま、確かに強くなる余地はあるし」

「ウン! トーカもコトネもガンバレ!」


 レベル1になったアタシ達にはっぱをかける斧戦士ちゃん。実際、この子はレベル1から数日で50を突破した。気楽に言うのもその経緯があるからだ。


「なんなら、ダーが強くなるまで一緒にいてもいいゾ!」

「要らないわよ。アンタ、指導とか向かない性格だし。敵見つけたらとりあえず突撃、とかでしょう?」

「そんな事ないゾ。見つける前に予測もするシ。突撃する方角も大事だからナ!」

「突撃するのは変わらないんだ……」


 皮肉で言ったことを真面目に返されて、反論する気を削がれるアタシ。ある程度の実力があるから間違いではないけど、今のアタシには向かないのは確かだ。


 ともあれ二人と別れて元通りの二人旅……にはならなかった。一人、同行者が増えている。


「迷惑をかけるでち」


 赤ちゃん姿で聖女ちゃんに抱かれたかみちゃまだ。アタシや聖女ちゃんを含めた多くの人達を救った神の奇跡。それを行使したんだからもうここには用がないはずである。なのに、未だにここにいた。


「なによ、まだ帰らないの? もしかしてまた迷子?」

「それだったらよかったんでちが……城に帰るだけの力が無いでち」

「力ですか?」

「あい。強引な神格化、その状態での大規模転移。今までため込んだ力のほとんどを使い切りまちた」


 かみちゃま曰く、あの時アタシ達を助けたのはかなり無茶な行為だったという。馬鹿みたいにエネルギーを使い、メチャクチャ疲れたのだ。かみちゃま自身が赤ちゃん状態で抱かれてるのもそのためだとか。


「省エネということでしばらくこの姿になっているでち」

「しばらくってどのくらいよ」

「何もなければ50年ほどでち」

「長いわよ」


 神とか悪魔とか、なんでここまでのんびりなのよ。年単位で回復とか、どんだけか。


「こうちて誰かに抱かれているだけでも回復ちまちゅから」

「50年も抱きっぱなしとかいいわけないでしょ。なんか他に回復手段ないの?」


 アタシも聖女ちゃんもオバサンになってるわよ。


「そうでちね、信仰や祭の場所が近いと回復も早いでち」

「しんこうやまつり?」

「あたちを信仰している教会や神殿、あとはお祭りでみんなが楽しんでいる場所。そういう空気や気持ちがあたちの神としての力の源でち。それが多ければ多いほど、回復も早いでち」

「うーん……となるとムジークかなぁ」

「ムジーク?」


 聖女ちゃんが小首をかしげる。この子はゲーム知識は皆無だから、説明役がいつもと逆転してる。ちょっと優越感。


「ムジークっていうのは街の名前よ。この<フルムーンケイオス>では音楽の都って言われていて、ダンサーとかシンガーとかその辺の装備が充実してるわ」

「なるほど、ドイツ語のMusik音楽ですね」

「そうなの?」

「はい。夜曲ナハトムジークとかは有名だと思いますけど」


 聖女ちゃんがハミングしたのは、アタシも聞いたことのあるリズムだった。ナハト何とかとかは知らなかったけど。


「話を戻しますけど、そこはシュトレイン様の神殿があるのですか?」

「うん。でっかい神殿があるわ。

 そう言えばそこでいろいろ音楽系クエストもできるわね。それをこなせばトロフィー稼いでスキルポイントもらえるわ」


 ムジークのクエストは音楽関係が主で、戦闘系はあまりなかった。つまり戦闘力がなくてもクエストが完了し、それによってトロフィーを得れば戦わずともスキルポイントがもらえる。


 戦闘力の低い生産系ジョブ用のクエストをいくつかこなし、ため込んだスキルポイントで一気にアビリティ獲得。そのアビリティを使って高レベルの敵を倒し、一気にレベルアップする。


「いけるわね。クエストもちょろっと歌ったり楽器叩いたりすればいいんだし、楽勝よ」


 アタシの頭の中で勝利への方程式が組み立てられる。やっぱりアタシって天才ね。レベルドレインされてもすぐに復活できるとか。


「はあ……。音楽の都と名前がついている場所で、素人の歌や演奏が受け入れられるとは思えませんけど」

「大丈夫よ。ゲームだと全然問題なかったんだし」


 聖女ちゃんの心配に、軽く手を振ってこたえるアタシ。


<フルムーンケイオス>でもこの手のイベントは楽勝だった。適当にボタン押してるだけで成功判定だったわ。ガチで演奏している動画を見たことあるけど、別に成功報酬が変わるわけでもない。


「あり得るとしたら、何処かの異世界ラノベみたいに受付がアタシの才能と可憐さに嫉妬して新人イジメするとか、トップがありえないルールを作ってハブられるとかね。その時は口で言い負かして気持ちよく勝ってやるわ」

「それがありえそうな可能性というのはどうなんですか?」

「人間なんてそんなもんよ。派閥ができれば差別ができるの。ま、アタシには関係ないけどね。

 よし、行先決定ね。ムジーク行ってクエストこなしてざまあしてくるわ」


 そうと決まれば話は早い。ヤーシャか輸送船が出ているので、それに乗ってムジークまで移動よ。


 ちなみに船賃を始めとしたムジークの滞在費用は四男オジサンに借りた。お金も全部あのアホ皇子に取られたから、すっからかんなのよ。


「この程度の金額なら普通にお出ししますが。今まで助けてもらった恩義を考えれば安いものですぞ」

「駄目。お金の貸し借りはきっちりしないと」

「ずぼらに見えてこういう所はしっかりしてるんですよね、トーカさんは」


 お金はゲームのリソースなんだから疎かにしちゃいけないの。ゲーマーの常識よ。


 ともあれ、アタシと聖女ちゃんそしてかみちゃまは、音楽の街ムジークにたどり着くのであった。


 

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